2話 疾走
本文短くてもきっと需要がどこかに…あるはずだと信じたい……
その少年は僕の目の前にいつの間にやら立っていて、首をゴキゴキと鳴らしていた。
僕はその人とは少し距離を置いて立っていたが、それでも鼓膜がビリビリと震えてくるのが分かる。一般的な成人男性が首を回転させただけとは考えられない様な音で…正直気持ち悪かった。
「ん?あぁ、俺の首の事についてなら…これ生まれつき持ってる体質だからさ、あんま気にしないでくれると助かる。」
自分でも煩い自覚はあったんだろう。少し申し訳ない風に言ってくるが、それでも首を鳴らす事は止めなかった。最も、生まれつきどうしようもない事を心の中でとは言え、侮辱してしまったと思っている豊成は何も言わなかったが。
人には誰だって触れてほしくない部分があるし、それは豊成だって同じ事である。足を踏み入れていい部分と悪い部分はあるのに、自分にはそんなことも分からなかったのかと、己を恥じていた。特に豊成は、生まれつき自分の意志とは関係無く持っているモノに対して、恐ろしく敏感であった。
生まれつき持った体質の事については、今までの人生の中でも幾度となく感謝してきた事もあったが、それ以上に憎んでいるのだ。
だから、目の前の少年本人にとっては大して重要ではなく、何気ない会話の1ピースに過ぎない事など、
『体質』
というキーワードにトラウマを抱えている豊成にとっては知りもしない事であった…
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「なぁ、何で俺はお前にそんな憐れむ様な目で見られているんだ?俺ら初対面だよな?」
困惑した様子の少年が問いてくる。
青年に声をかけられたことで、意識の波から脱した豊成は、ようやく自分の置かれた状況を思い出した。
教えるとこの少年は言ったのだ。今も自分の隣でうずくまっているこの男について。
「うん、いや、何でもないんで大丈夫ですよ。ところであなたはこの黒ずくめの人と知り合いですか?だとしたらこの人は誰なんですか?何故僕の方へ」
「ちょっと待て、ちょっと待ってくれよ。確かに教えてやろうかとは言ったが、あまり自分のペースで話を進めないでくれ。付いていけないから……1個ずつ、な?」
「あっ、そうですよね…すいません……」
予想以上に自分が落ち着きを失っている事に気づいた豊成は、素直に頭を下げ、謝罪した。
「あとさぁ、俺とお前って多分同じ学校の人間だろうし、同学年だろうし、敬語は必要ないと思うぞ。」
「?」
そこまで聞いて初めて、豊成は自分が目の前の少年をあまり良く見ていない事に気が付いた。
話はしたが、豊成にとって今は情報を求めているのであって、そこにいる彼がどんな人間だったかに興味が無かったからだ。
しかし会話をするのにそれは失礼だ。
豊成は再び顔を上げる。
そこには特に特徴のない、一度人込みに紛れれば再度見つけるのは間違いなく困難になる様な、平凡を固めたイメージの男がいた。
身長も日本人男性の平均より少し高いくらいだったし、体も、最近のゲームやスマホに染まっているそこらへんの学生よりは良いぐらい。
唯一特徴を上げるとすれば、両の目が魚の様に死んでいるってだけ。それと、豊成と同じデザインの制服を着ている。これは南梟高校の制服だ。まぁシンプルな学ランだが。
豊成の第一印象は、「5分後には忘れそうな人」というものになった。
と、気づけば目の前の少年が1枚の紙をメモ帳から千切って渡してくる。
「これ俺の名前だ。名前を2度も確認されるのはなんか嫌だからな。渡しておく。」
あぁ、その気持ちは良くわかるなぁ。僕も一度自己紹介した隣の席のA君、教科書借りに話しかけてくる度に「誰だっけ?」って言ってくるのな。本人に悪気はないんだろうが、わざとやっているんじゃあないかと疑心暗鬼になっていた時期もあった…おやおや話が脱線してしまった。
「ん~と…西倉……いしーー……なんて読むの?」
「ざくろだ。西倉石榴。ま、初対面で一発で読み当ててきた人間はそうそういないけどな。…これだから嫌いなんだ…」
ボソッと何か聞こえた気がしたが、気のせいだろう。多分。
「じゃあ次僕の番…だね。敬語も一応止めとくね。遠藤豊成でs…だよ。よろしく。」
「あぁ、よろしく豊成。じゃあ歩きながら…いや、走りながらにしよう。」
「?…う。うん。」
走りながらって何でだ?急ぐ用事なんてあったっけ?
疑問に思いながらも豊成はこの場を去ろうとしている石榴に付いていこうと背筋を伸ばす。しかし豊成は昔から疑問は放置するほど後で自分が苦しむ事を知っている。勉強然り、日常生活然り。
「ねぇ、何で走るの?そんなに急ぐ必要あるの?」
と、石榴の背中に話しかけると石榴は驚いた様にこちらに振り向き、
「うん?俺ら同じ遅刻組だろ?ここら辺もう最後のバス走っちゃったし……っておい、待てよ!置いてくなってー!!」
瞬間、豊成が全力疾走し始めた事は言うまでもない。