9-6
手を後ろで組み、俺を見上げるトウカは歯を見せて笑う。
そしてその背後には力なく横たわる2人の軍人と、その脇でキャリーケースを手に持った秘書の女がいた。
「なんでここに……っ!!」
そう呟いた瞬間、俺の背後にいる軍人達が突然発砲した。
発砲したと同時。いや、軍人達の後ろで通信機器に向かって「撃て」と小さく言った所長に気付いた俺は、発砲されるよりも先に振り返り、ベルトに忍ばせたナイフを抜く。
さすがは軍人、その上これだけの機密事項に関わるだけはある。
発砲された弾丸はそのほぼ全てが狂いなく俺とトウカ、そしてアフロの秘書の右足に飛んできていた。
弾道が低い……。
俺は深く一歩を踏み出しながら、あとコンマ数秒で俺達に被弾する弾丸にナイフを振る。
わざわざ力を込めて弾丸を斬る必要はない、少し当てて弾道を逸らすだけでいい。より正確に、より無駄なく、より効果的に。
1つ、2つ、3つ、と弾いた弾丸は俺達の足に向かっていた弾道が逸れていく。
「所長!!」
そんなアフロの声が所長に届いたのは1200発近い弾丸が発砲されたあとだ。
あの弾倉の装弾数は95発。それを約40人が発砲し、総弾数は3800発。あの小銃だと弾倉1つ打ち切るまで10秒弱だろう。
つまりたったの3800発の弾丸を10秒もかけて弾けばいい。
そんなもの、隕石を砕くより簡単だ。
銃が撃た始めてれてからもう数秒、でもたった数秒の時間が進んでいくたびに、装備の下に白衣を着た謎の軍人達からは焦りが見え始めた。
理由は考えずとも分かる。ユウマ先輩が人間の反応時間を超えた動きで、数百もの弾をナイフ一本で弾いていくからだ。
軍人達が常に狙っている私達の右足も、普通なら今頃消し飛んでいるだろう。
ユウマ先輩は目に見えないほどの速度で飛び跳ねたり、バトミントンのバックショットのような動きで軍人達に背を向けたりして左右に動き、それよりも速い速度で腕を振り続けて弾を弾いていく。
そして10秒たったかたってないかという頃についに銃の連射が止まった。
恐らく弾切れなのだろう。軍人達は腹部に付いた装備から弾倉を取り出す。
よりも早く。ユウマ先輩は弾よりも速いと錯覚するほど……いやもしかしたら本当に弾よりも速いかもしれない速度で、盾を持った軍人に守られた誰かの元へと跳んでいった。
「どけ。」
そう言って左手で掴んだ盾をずらしたユウマ先輩は、その先にいたおじいちゃんとおじちゃんの間くらいの年齢の男の首元に黒い刀身のナイフを突きつける。
ナイフを止めてから数秒して、やっと弾を込めた軍人達は慌ててユウマ先輩に銃口を向けた。
「お前らが撃つよりも早く、俺は所長を殺せるぞ。」
そう言ったユウマ先輩に怯んだ軍人達が銃を発砲できるわけもなく、どうしようもない状況に軍人達は固まっていた。
「なぜ撃った。」
所長と呼ばれた男にユウマ先輩が問いかけると所長は怯むことなく答える。
「警備2人を攻撃したからだぁ。」
私の後ろで倒れている2人の軍人の事か……。
その次の瞬間、ユウマ先輩に押さえられていた盾を持った軍人が盾を捨て、拳銃をユウマ先輩の頭に向けた。
「ど」
パァン!
何か言おうとしたユウマ先輩を無視して放たれたその弾は、ユウマ先輩が頭を引く事で避けられた。
「ちらが速いか試すか?と聞こうとしていたんだが。お前の勝ちだったな。」
小さく笑みを浮かべたユウマ先輩を見て、その軍人は驚きや焦りを通り越して嫌悪を抱き始めた。
「ユウマ先輩!あの2人は寝ているだけです!あと数分もすれば、少し睡眠不足が解消されて目覚めます!」
そう言って声を上げた私は、ユウマ先輩達に銃口を向けていた軍人達の半数に銃口を向けられ、急いで両手を上げる。
この軍人は一言で言えば〈ヤバイ!〉、人に向かってあれだけ銃を撃っておいて、後ろめたさや罪悪感といった感情が1つもなかった。
つまりこの人達は仕事に私情を持ち込まず、人を殺せるタイプの人間だ。
「ということだ。誰一人殺しちゃいないし、傷つけてもいない。」
すると所長は1人の軍人に顎で指図した。
その軍人は常に私とアフロの秘書さんに銃口向けながら隣を通り過ぎ、眠っている2人の軍人へと近づいていく。そしてそのすぐ隣で膝をつくと、首元に手を当てて脈を測った。
少しすると生存を確認できたのか、所長に向かって小さく頷いた。
「下げろぉ。」
所長が言ったその一言でその数十の銃口は下げられた。
私やアフロの秘書さんが安堵のため息を漏らしていると、所長のさらに奥で縦に守られていたアフロが出てきた。
「何でここに!?」
そう言って駆け寄ってきたアフロの後ろから、ナイフを腰の鞘に刺したユウマ先輩とクミ先輩も近づいてくる。
「久しぶりですね!」
そう言って私はアフロを通り越してユウマ先輩に駆け寄る。
「久しぶり。でも何でここに?」
首を傾げたユウマ先輩に、私は背後で首を竦めていたアフロを指差す。
「アフロ先輩に呼ばれて………。」
するとユウマ先輩とクミ先輩、そして所長などの視線がアフロに集まった。
「………え!?俺は呼んでないぞ!?」
ん?
「だってアフロ先輩の秘書さんもそう言ってましたよ?」
そう言うと今度はアフロの秘書さんにに視線が集まった。
すると秘書さんは表情一つ変えずに歩いてくると、スマホの画面を見せた。
「こちらを通じて。」
それはCG調のアフロが映されたアフロ2、略してツーのアプリ画面だった。
今度視線を集めたアフロは、「マジか………。」と額を手で覆う。
「アフロ先輩。」
ユウマ先輩が威圧的に名前を呼ぶと、アフロはその場に正座した。
「詳しく教えてもらえますか?」
「はい………。」
それから一通りアフロ2の説明をしたアフロ先輩は、私の持つスマホに目を向けた。
「多分ユウマ君に連絡した時に、こいつが勝手に思考して、トウカちゃんををここに呼ぶ手筈をしたんだと思う。」
自立思考させすぎです。
「そのAIについてはまた聞かせてもらいますが、そのせいでトウカちゃんやアフロ先輩の秘書さんを危険にさらしたことは忘れないでください。」
ユウマ先輩に怒られたアフロは「あぁ。」と深く答えた。
「さてぇ。約束通り尋問を受けてもらうぞぉ。」
ユウマ先輩達との再会を喜ぶ間もなく所長に呼ばれた私と秘書さんは、所長の前に立つ。
「持っている電子機器を全てここに入れろぉ。」
そう渡された布の袋に私達は言われた通りに電子機器を入れていく。私はアフロ2のアプリを開いたままのスマホとアフロに貰ったノートパソコンを、元から荷物の少なかった秘書さんはスマホだけを入れた。
「後は自由にしていろぉ。」
すると所長はそう言って私達に背を向けて歩いて行った。
アレ?
「もう終わりですか?」
あまりに呆気なく尋問を終わらせた所長に問いかけると、所長は片足だけを動かして振り返る。
「他にも持っているのかぁ?」
「いえ……。」
質問に答えると所長は「ならいい……ヒヒッ。」と不気味に笑うと、また私達に背を向けて歩いて行った。
「なんだか変な人です。」
所長の背中を見ながら誰にでもなくそう呟くと、いつの間にか背後に立っていたユウマ先輩が答えた。
「自分の名前も覚えていないらしいし。」
「マジですか!」
そう振り返ると、ついさっき見たにもかかわらず久しぶりに感じる顔ぶれがあった。
ユウマ先輩にクミ先輩……まあ、アフロ先輩はアプリで見てたから久しぶりに感じないけど。
でも、嬉しい感情が溢れてくる。
「トウカちゃん?」
するとユウマ先輩が顔を覗き込んできた。
あぁ、イケメンだ。いつもイケメンだったけど久しぶりに会うとさらにイケメンだ………。
「ユウマ先輩………。」
「何?」
「キスしていいですか?」
「少し所長のところに行ってきます。」
するとユウマ先輩は私に背を向けて、所長を追いかけて行ってしまった。
「やっぱり2人きりじゃないとダメか………。」
そう反省していると、後ろで「なんか久しぶりだな。」とアフロが呟いた。