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霧崎UMAの優真譚  作者: 尾高 太陽
File.6
72/73

9-5

「っ!」

 爆音の方に目を向けると、今は動いていない掘削機が、爆風に激しく揺られている。すると掘削機の下、恐らく穴がある場所の周囲に立っていた研究員達が走って逃げてきた。

「おい!」

 アフロが所長に攻め寄ると所長は「ヒヒッ。」と笑い、逃げる研究員達の波に逆らって爆音の方へと進んでいく。

「ワイヤーを引き上げろぉ。」

 すると近くにいた研究員に指示を出した所長は、未だ砂埃の治らない、穴があるであろう場所で立ち止まった。


「クミ先輩。無事ですね?」

 頭を下げて怯えていたアフロとは違い、爆発の様子を眺めていた俺は、少し後ろに立っていたはずのクミカに問いかける。

「大丈夫だよー。」

 振り返ると、クミカも怯える事なく笑みを浮かべていた。

「クミ先輩は怪我人がいないか見てきてください。」

「オッケー。」

 軽く返事をしたクミカは足早で歩いて行った。

「アフロ先輩は自分と一緒に。」

 クミカから視線をアフロに向けると、アフロは低くしていた姿勢を戻して「あぁ……。」と返事をした。


「あーあー。」

 所長の元へ向かう俺の後ろをついてくるアフロは、立ち止まると砂埃のかかった観測用のノートパソコンを拾った。

「観測機もやられちまった。」

 砂を払いながらそう呟いたアフロはノートパソコンを閉じて地面に置く。

「アフロ先輩は次の観測機の準備をお願いします。」

「分かった。おい!誰か予備の分持ってきてくれ!」

 誰にでもなくアフロは叫ぶと、少し離れた場所にいた研究員がどこかに走って行く。

「けが人はいなかったよー。」

 するとほぼ同時に、走ってきたクミカが息を切らす事なくそう報告した。

「では行きますか。」

 もとより向かっていたが、アフロとクミカが戻り、俺の左右斜め後ろに2人が続いた状態で、俺達は研究員達を避けさせながら穴へと向かった。


「やっと穴を見れるよー。」

 そう笑うクミカを背に、俺は溜息を吐く。

「まさか初めて見るのが爆発後とは思っていませんでしたが。」

「だねー。」


 何本ものワイヤーやコードの入った20センチ程の穴。俺とクミカは、初めて見る穴を覗き込んでいた所長の後ろに立つ。そして頭一つ程小さい所長を見下し、俺は嫌味を込めてこう言った。

「なあ?所長?」

 しかし所長は俺達に目を向ける事なく、ただまっすぐ穴を見つめたまま返事をした。

「観測は重要だが時間が惜しぃ。君達がいる間に作業を終わらせなければねぇ……ヒヒッ。」

 俺の皮肉に所長が笑いで返している間に、ワイヤーを巻き上げていたウインチの速度は落ちていき、終わりが見え始めた。

「そろそろかぁ……。」

 覗き込んでいた所長はさらに一歩前に進んでそう言うと、穴から何かの機具が現れた。

 電話の受話器のようなシルエットのそれは、掬う部分を球体にした2つのレードルを片方は逆さまにし、柄の部分を重ねて結んだような銀色の機具だった。

「さすがに丈夫だぁ。穴が塞がっていないか観測しろぉ。」

 所長が誰にでもなくそう言うと、あらかじめアフロが用意させた観測機器がすでに準備されていた。

 そして、素早く観測作業に移るのを確認した所長は振り返ると、俺達に向かって肩をすくめた。

「観測が終わるまでの時間が勿体なぃ。」

「心配しなくても、途中で帰ったりはしない。」

 そう言って俺達は、研究員達に視線を移した所長と一緒に、作業の様子を眺めていた。



「ん?」

「どうかした?」

 俺の異変に気付いたクミカの声を聞き流しながら、俺はここに入ってきた時に通った厳重なロックのされた扉に目を向ける。

「いえ………。クミ先輩はアフロ先輩と一緒にいてください。」

 クミカの返事は聞かずに、俺は扉のある方向へと進む。

「おい、警備員はどこにいる?」

 そして数歩進んだところで通りすがりの研究員の肩を叩いてそう問うと、研究員は「さぁ?」と首を傾げた。

「いつもランダムに歩いているから、今どこにいるかは分からないよ。」

「そうか、助かった。」


「所長。」

 所長の元へと戻り、背後から俺は所長の耳に口を寄せる。

「警備員を扉に集めろ。誰かが入ってきている。」

 そう伝えると所長は表情1つ変えずに頷き、白衣の内側、左胸に着いた通信機器を触った。

 すると次の瞬間、この掘削坑にいた全ての研究員が突然作業を中断し、建物の左右の壁面に並んだロッカーへ向かって走り出した。

「随分と早い伝達だな。」

「緊急用の物だぁ。」

 研究員達はロッカーを開くと中から防弾ベストやヘルメット、タクティカルベストなどを取り出し、白衣の上から装着していく。そして大半の奴は最後に小銃を取り出し、残りの少数は分厚い盾を取り出した。

 その様子を俺と眺めていた所長は、通信機器から伸ばしたイヤホンを片耳につけた。

「外に警備員は?」

「もう手配済みだぁ。そろそろ包囲が完了するぅ。」

 状況が状況故か、ついさっきまでのように笑うも事もない所長は、準備を終えて建物のロッカーの前に並ぶ研究員もとい軍人を順に見ていった。

「所長。中はどうなっている?」

「あの二重扉は片方が閉じなければ片方は開かずぅ、出る時は内側の機器を使わなければならなぃ。2つ目の扉が開いていないという事は、恐らく1つ目の扉を通って閉じ込められたのだろぅ。」

「1つ目を通れたということは関係者か?」

「いいやぁ、関係者なら2つ目の扉の存在とその開き方も知っているはずだぁ。入れないと知っていて侵入しようとは考えないだろぅ?」

 ならば相手は部外者。パスコードとカードキーは関係者なりから奪えるとして、あの軍人を無力化できるということはそれなりの実力者という訳だ。

「中に監視カメラは付いていないのか?」

 すると所長は俺の質問には答えず、イヤホンに手を当てた。

「包囲が完了したようだぁ。………行けぇ。」

 所長が人差し指と中指で扉を指差して指示すると、軍人は隊列を組んで扉へと前進していった。

「で、監視カメラだったかぁ。ここは監視含め、そういった内側の情報の観測は極力制限しているぅ。」

 そこまで機密性を必要とするとは……。

「なら俺達は下がらせて貰う。」

 そう言って俺も万が一に備え、クミカとアフロの元へと戻る。

 すると盾を持った軍人の内の数人が俺達を守るように構える。その軍人達は小銃を持たず、両手で1つの盾を持ち、腰に拳銃だけを装備していた。

 そんな目の前の軍人を含め、徐々に陣形を整えていく軍人達と、俺達と同じく盾に守られながら軍人達を眺める所長を眺めていると、クミカに肩を叩かれた。

「ねえユウマ君。アフロ君の秘書の人知らない?」

 秘書?

「次の仕事があるからと、どこかに行ったのでは?」

 するとクミカは顔をしかめてアフロに目を向けた。

「俺はそんな仕事頼んでないんだよ。それに生体認証は登録されてないから、入るためには顔見知りかつ登録されている俺か所長がいねえと入れねえ。そんな所から俺に報告もせずに離れるか?」

「帰ってきたら連絡するつもりだったんじゃないの?」

 そう言って首を傾げるクミカに俺が答える。

「ここは電波などと言ったものが完全に隔離されています。所長の通信機器のように内部だけなら通じますが、外部との連絡などは完全に不可能です。」

 すると隣で「なんでそこまでしってんだ。」とアフロが呟いた。

「スマホを見れば分かる話です。」

 そう答えるとアフロは「預けられてないのか?」と呟いたが、俺は答えずに続けた。

「ですがそれは気になりますね……。生体認証されていないこと、連絡出来ないことを知らない可能性は?」

「ないな。ここに半月いるんだ、それくらいの情報はある。」

 なら余計に気になるな……。

「待てよ?」

 そう言ったアフロは作業着中のポケットを叩く。

「俺のキーカード渡してるんだった……。」

 そのアフロの呟きとほぼ同時に俺達は陣形を整えつつある軍人に囲まれた扉に目を向ける。

「ですがパスコードは知らないのでは?」

「いや、教えてる………。」

「でも生体認証の登録されてないことは知ってるんだから、入れない事を知った上で警備のいるあそこに入るかな?」

「2つ目の扉を開けてもらうために入ってきたという可能性もありますが……。」

 そのクミカの言葉に俺が答えると、アフロは不安そうに呟く。

「万が一入ってきてたら………。」

「蜂の巣だね。」

 そんなアフロの呟きに遠慮なくクミカが答えると同時に、俺は地面を蹴った。


「待った。」


 既に陣形を整え、数十の盾と、その隙間から覗く銃口を扉に向けた軍人の前に着地した俺は手のひらを突き出す。

 しかしその銃口が下げられる事はなく、俺は仕方なく所長に目を向けた。

「この中にアフロ先輩の部下がいる可能性がある。銃口を下げるように言ってくれ。」

 約30メートル程離れた場所にいる所長に向かって声を上げると、白衣のポケットに手を入れた所長が靴を鳴らしながら近づいてきた。

「私が信用しているのは君達の存在だぁ。君達の行動を信頼しろとぉ?」

 俺達が何かしらを起こす可能性があるから銃口は下げないと……。

 話し口調は変わらず、しかし威圧的にそう言う所長の目は俺ではなく、さらにその深い何かを見ているようだった。

 すると、所長の背後からアフロが走ってきた。

「所長!これはマジなんだ。」

 俺は焦った様子で詰め寄るアフロに頷きかけて静止させ、所長に向き直る。

「分かった。だが、攻撃してこない限りは発砲しないと約束しろ。その後は尋問なりなんなり受けてやる。」

 そう言っても所長が答えることはなく、指示を出した。

「開けろぉ。」

 所長に殺意はない。しかもそれは銃口を向ける軍人全てにおいても言えることだ。

 俺は無言を了承と取り、所長に背を向け、扉に向かった。

 ゆっくりと開いていく扉の向こうからは、1つ目の扉が開いた時に流れ込んだであろう冷気が漏れ出てくる。

 そして、その先には金色の髪を左右で結んだ小柄な少女が立っていた。

「あ、ユウマ先輩!」

「「「トウカちゃん!?」」」

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