9-3
「さて、この時間にタクシーを出してくれますかね。」
「また朝までゲームコースかな。」
「それか走って行くかですね。」
そんな事を言いながら俺とクミカはキャリーケースを引いて空港の出口へと向かった。
・ムンマンスク空港 ロビー
外は明け方、といえど白夜の南極とは違い極夜の北極圏。明ける様子もない暗闇に包まれた空港で、店などは閉まっているものの明るいロビーを歩いて行く。
「霧崎ユウマ様と早見クミカ様ですね。」
するとその途中で、スーツを着た1人の日本人の女に話しかけられた。
「大炊御門会長から、お2人の送迎を命じられ馳せ参じました。」
そう頭を下げた女は、後ろで括った黒い髪を揺らしながら頭を上げる。
「あなたは?」
俺がそう言うと、女は再度軽く頭を下げた。
「大炊御門会長の秘書です。」
アフロには似合わない、堅苦しい秘書だな。
「ではあちらに。」
そう言って女は空港の透明な扉の外に見える車を手で示した。
車高は高く、黒塗りのその車はある程度の雪なら問題なく走れるだろう。
まあ、嘘をついている様子はない。
「どうやら走らなくて良さそうですね。」
前を歩く女について行きながらクミカにそう言うと、クミカは「だね。」と笑って返事をした。
「もう少しで到着します。」
後部座席に座る俺とクミカに向けて言われた報告に、俺達はフロントガラスの外に目を向ける。
「すごいね。」
暗闇の道の先には、細長いビルのような形をした2つの黒い掘削坑がスポットライトで照らされていた。
「これはまた、隠す気がないですね。」
そう呟くと女はバックミラー越しに俺達と目を合わせた。
「依頼主が出来るだけ目立つように、宣伝になるように、との事でして。」
商売として掘ったのか………。
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〈地獄の声〉の調査
地獄の声と呼ばれる、1992に中止された地殻調査時に地下14kmで聞こえたとされる声の調査。
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シベリアの無名の場所で掘削していたドリルが地下14km辺りで空洞に繋がった。
調査員達はその穴に様々な耐熱性の観測装置を降ろしたところ、空洞は1000℃に達しており、さらにそんな地獄のような場所からマイクが人の声を拾ったのだ。
それは1人の声ではなく、数百人、そして苦痛に叫ぶ声だったらしい。
もちろん、そんな目的も分からない掘削が行われた情報はなく、地獄の声などは録音していないらしい。
さらに出回っている地獄の声の音源などは映画の音源と言われ、地獄の声はただの都市伝説の1つとなっている。
また、1970年には地下15kmをめざす地殻調査プロジェクトが開始されているが、公式に発表されている情報では地下12kmまでにしか到達しておらず、都市伝説のそれとは場所も違う。
だが、都市伝説の方は期間や場所も分からず、同じく超震度への掘削などから、こちらの場所で声が聞こえたのではないかと言われているのも事実。今回俺達が仕事をするのもこちらの場所だ。
確かに嘘くさく、信じるには到底証拠が足りない。
しかし、そんな穴を掘る事を宣伝するのだ。その企業、又は団体は都市伝説を介して世界に注目されるだろう。
それがもしただの地殻調査だったとして。
万が一地獄のような場所に繋がってしまったとすれば世界から注目され、中止したとしても、その理由をあえて隠して中止すれば世界から注目される。
注目は宣伝となり、宣伝はいずれプラスに働く。
「次の仕事が命じられているので私はここで失礼いたします。」
俺達が車から降りるなり荷台から俺達の荷物を下ろした女は、そう言って車をどこかへと走らせていった。
「君がリーダーのキリサキかなぁ?!」
車を見送っていると、背後からロシア語で呼びかけられた。
声の方を見るとそこには1人の男が立っていた。
高年寄りの中年といったような年齢だろう。白く少ない髪の毛を無造作に伸ばし、丸メガネを掛け、少し腰の曲がった男は、乱雑に着られたシャツの上に着た白衣のポケットに手を入れて、「イヒヒ。」と不気味笑った。
夏の南極よりは暖かいとはいえど冬の北極圏で薄着の男は寒がるそぶりも見せなかった。
「貴方は?」さ
俺は男に合わせてロシア語でそう問いかける。
「私は今回の調査を任された研究所の所長だぁ。名前はぁ………あぁ、そうかぁ、とうの昔に忘れてしまった事を忘れてしまっていたぁ……ヒヒッ。まあ皆からは所長と呼ばれているがねぇ。」
笑いながら名前を忘れたと答えた所長に嘘をついている様子はなかった。事実、名を忘れ、その事すらも忘れていたのだ。
しかしそれがただの記憶障害ならこれほど大規模な調査をする研究所の所長ではいないだろう。
つまり所長は、名を忘れるだけの〈何か〉、もしくは記憶障害を持ってもなお所長でいれる〈何か〉があるという事だ。
「ヒヒッ、それよりも君の所のオオイノミカドは随分と優秀な人材だぁ。本当なら呼んだだけで良かったんだが、あまりに優秀だったもので仕事のほとんどを任せてしまったぁ。良ければ私の研究所にくれないか?」
そんな事を言いながら所長は俺達を掘削坑の方へと案内する。
「それは本人に聞いてください。」
すると所長は「ダメだったよぉ。」と肩をすくめた。
「それよりも、これだけの掘削坑を作るだけの資金もあって何故自分達を?」
そして国家機密の事を知れるだけの権利まであって……。
しかもさっき男は「呼んだだけで良かった。」と言った。
「ヒヒッ。なぁに私のエゴだよ。何か大きな事と言うのは大きな存在の元でしか起きないと言うのが私の考えでねぇ。ただの研究ならなんでもいいが、何かしらを求めるならそう言う存在を用意しろと私の雇い主に言ったまでだぁ。」
俺達に背を向けたまま説明した所長は「ヒヒッ」と肩で笑う。
つまり俺の事を知っていたのは雇い主という事か。
ガブリエルが行ったスパイの仕事でもだが、依頼主には変わらない事実がある。
依頼主が研究所だろうが、雇い主だろうが、個人だろうが、国家機密を知れるのは国家でしかない。そこから情報の回ってくる奴は、買うなり盗むなり、方法はどうであれせいぜい限られる。
まあ学園の生徒などのように直接俺を見たという場合もあるが………。
「いやはや文明の力とは素晴らしいものだぁ。」
掘削坑の入り口は近代的だった。
扉の脇に着いた入力機器にパスコードを打ち込み、カードキーを差し込むと金属の扉が機械音をだして開いていく。
すると左右に開くそれぞれの扉の死角に立っていた2人の軍人が目に入った。
「彼らはオオイノミカドの友人だぁ。」
銃口は下げているものの今すぐにでも俺達に向けて撃つことができる状態の軍人の間を、所長はそう言いながら右手を上げて通り過ぎる。
「今は作業を止めて記録を続けているがぁ………ヒヒッ、詳しくは直接見てからがいいかぁ。」
扉を通った先にはまた扉があった。
「この先は記憶装置の付いた機器を預からせてもらぅ。」
そう言って差し出された布の袋を受け取った俺は、ポケットに入ったスマホと3台のノートパソコンが入っただけのバッグをそのまま袋に入れる。
そして袋をクミカに渡すとスマホとノートパソコンを一台ずつ袋に入れた。
「他はないかぁ?」
その確認に俺とクミカが頷いてバックの中を見せる。
俺の肩がけのバックの中に入った財布や水筒、コンタクトケースといった物と、クミカの小さなバッグに入った財布やポーチと言った物を確認した所長は「ようしぃ。」とクミカから袋を受け取った。
キャリーケースも確認するかと思っていたが、それほど厳しくない確認に、俺はキャリーケースの持ち手を掴んだ。
そして袋を持った所長が、2つの目の扉の脇の認証装置で静脈認証、虹彩認証、音声認証を行うことで、1つ目と同じく金属の扉が機械音を出して開いていく。
「誰かメモリー持ってきてくれ!!」
「これとこれの音声解析頼む。」
「そろそろ交代時間だろ!寝てる奴ら起こしてこい!!」
さっきまでの静寂とは打って変わって、開いていく扉の隙間からは慌ただしい声が漏れてくる。
「これほどの物を、これだけの短時間で?」
扉の向こうには高さ数十メートルの掘削機械がそびえ立っていた。
今は稼働していないのか機械が動いている様子はなく、代わりに何十もの人間が走り回っていた。
「ユウマ君!!!」
扉が開くなり、聞き慣れた声で名を呼ばれた。
声の聞こえた方に目を向けると、そこには汚れた作業着にヘルメットを被りサングラスをかけたアフロがいた。
地面に座り込んで何かの観測機器を囲んでいた人の塊の中でひとり立ち上がったアフロは駆け寄ってくる。
「遅れてすいません、チケットが上手く取れませんでした。」
「久しぶりだなぁ!って、んなこたぁどうでもいい!それよりも来てくれ!」
さっきまでいた場所に早足で戻るアフロについていくと、その周りに座っていた作業員のような奴らは俺達のスペースを空けた。
「今はどういう状況ですか?」
キャリーケースを隅に置き、肩がけのバックだけを持った俺と本当に手ぶらのクミカは空けられたスペースに立つ。
「ユウマ君に電話で言われた通りにしてる。」
「ユウマくん!開通しちまった!!」
通話の奥では、焦ったアフロの他にも慌てた様子の騒めきが聞こえていた。
俺はクミカとガブリエルにも聞こえるように通話をスピーカーにする。
「とりあえず現状を説明してください。」
すると、深呼吸でもしたのか一拍おいてアフロは説明を始めた。
「掘削坑が完成したからドリルで掘削してたんだが、空洞に繋がったんだ。」
「まさか……。」
するとアフロは小さく溜息を吐いた。
「俺もまさかと思ったよ。まあ、ただの空洞があるのはおかしなことじゃないのかもしれないけどさ。都市伝説とはいえど、それを調査する団体がいて、都市伝説通りになってる事に俺はもしかしたらなんて思」
「前置きはいいから早く教えて。」
クミカが言葉を遮ってそういうとアフロは「わぁったよ。」と溜息を吐いた。
「都市伝説通りだ。穴にマイクを下ろしたら無数の叫び声が聞こえた。」
「分かりました。すぐそちらに向かいます。それ以上は観測以外何もしないでください。」
アフロの返事を待たずに電話を切り、俺は操縦席へと向かう。
「このプライベートジェットでここまで行けますか?」
スマホに表示させた地図を見せてそう聞くと、操縦士は首を横に振った。
「フライトプランはもう出してる。まあ、あんたらの権力を使えば出来ないことはないだろうが………。それは俺達の仕事とは関係ないんだろ?」
そう言った操縦士の左胸には複数の勲章が付いていた。
国直属の操縦士なら、断るか……。
「では最寄りの空港で自分達は降ります。」
そう伝えて、席に戻った俺はガブリエルに目を向ける。
「最寄り空港から現地へ、最も早く到着する飛行機をお願いします。」
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見たところで大したことも無いですがもしよければ見てみて下さい(ほとんど呟かない笑)。
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