5-2
頭痛は治ったものの俺の中では異変が起きていた。何かが付け足されたような感覚があったのだ。
それが何なのかは分からない。だが目の前の老爺が関係している事は分かった。
「さて、まずは自己紹介をせねばな。と言えどワシに名は無くての。」
「名はどうでもいい。今回依頼したのは能力成長実験の補佐で間違いないな?」
風の通りをよくした部屋に座った俺達は老爺と仕事内容の確認をしていく。
「言葉上ではそうだ。」
「なら詳しくは何をすれば良い。」
「ふむ…。汝等は今それぞれが己の限界や間違いに気付いているはずだ。」
………やはり。コイツはU.M.A研究部の事だけではなくそれ以外の事も知っているのか。
「クミ先輩。一体どこまで話したんですか?」
するとクミカは小さく笑った。
「この人はこういう人なの。何でも知ってて、何でも出来る。」
つまりクミカは教えていないと…。
「まあ信じられぬのは仕方あるまい。ならクミカは知らぬはずの事を言えば証拠になるかな?」
「言ってみろ。」と言うと老爺は嫌味な笑みを浮かべた。
老爺には嘘の特徴はなかった。
トウカから心理学を学んだ今、勘違いなどという事はないだろう。
だがラファエルと互いに読み会ったあの時、あの瞬間を小石の数までもを記憶できる完全記憶能力でラファエルを見ても感情が読めなかった。
確かに表情などから、見た目での感情は読める。しかしその奥の感情は読めないのだ。
記憶の中だからという可能性は、トウカやアフロの感情は読めたことから排除された。
つまり感情が読めない相手がいるのだ。
今言ったラファエル。無表情が故に以前は読めないと思っていたが、心理学を学んでもなお読めなかったガブリエル。今目の前にいる感情豊かだが奥の見えない老爺。
そして、最近は慣れて来たためか簡単な事なら分かるが未だ奥の見えないクミカ。
「地球を1つの生態として見た時、人類はそれをむしばむ細菌。その菌を殺すために地球は抗体を作り、発熱する。」
まさか…。
「そして、人類は選ばなければならない。古きを捨てた進化か、新しきを拒絶した絶滅か。」
ほう…。確かにあの瞬間クミカは通信機を俺に渡していた。だが海の中とはいえそれは船のすぐそば。クミカがその考えにたどり着く事を前提として、聴いていた可能性もある。
黙っていると老爺は肩をすくめた。
「なら話を変えて、そんな物を欲しがったタランチュラ。」
………。
「タランチュラの組織構成は蜘蛛の姿だ。幹部の頭、胸、腹。子分の牙や足。幹部以下の顔はもう割れている、だがどれだけ調べてもトップの顔だけは出なかった。むしろ存在しているのかすら不明。はて、トップはどんな者なのだろうなぁ。」
老爺は微笑みながらそう言った。
「………はぁ…。」
仕方ないな。
「分かった。今現在の情報では信用してやる。だが警戒している事に変わりはないからな。」
すると老爺とクミカは笑みを浮かべ会った。
「さて、話を戻そう。今、汝等が直面している壁。それを乗り越えるまでにワシが育ててやる。」
………。
「期限はそうよな…。汝等が次の壁に直面するまで。」
それの言葉が意味すること。もしこの老爺が何でも知っているのなら俺達はこの先、壁に直面する。
「依頼達成の条件はなんだ。」
「ならばワシの依頼以外の仕事の残り5つを終了させた時依頼達成としよう。」
残り5つ。残りの仕事も半分だ。
「つまり自分達を全面的に支援するという事でいいんだな?」
老爺は頷くと、立ち上がり暗い廊下へと歩いていった。
「まずはアフロ。汝が来い。」
そういって闇に消えた杖の音にアフロはついて行った。
「次はトウカ。」
アフロが連れていかれて数十分。前来た時のトランプで遊んでいると次はトウカが呼び出された。
「次はユウマだ。」
その呼び出しについて行くと合宿棟を出て、険しい山道を抜け滝の元へと来た。
苔の生えた滝壺脇の岩。そこから滝を眺めていると老爺は呟いた。
「ユウマよ。なぜ汝がカマイタチの真似が出来ぬか…。」
そんな所まで知っているのか。
「それは真実を理解し、真似ようとしているからだ。」
何がいいたい?
「真実を理解しなければそれは出来ず、それをした時点で真似になる。」
「何もそれが悪いとは言わん。ただし己の本質を知れ。」
そう言い残して老爺は合宿棟の方へと消えて行った。
「本質…。」
・海星学園 裏山 合宿棟
「こっちにはこっちの手筈があったのに…。」
「前回はギリギリでの覚醒だった。」
「でも上手くいった。」
「………汝は彼を過信しすぎだ。」
己の本質。
恐らく老爺は意味のないことなどしない。この場所や今までの過程にヒントがある。
吹き踊る空気の流れ。分かれ、出会う滝の音。枯れ落ちた木の葉の匂い。雪に忍ぶ苔の感触。己自身の味。その全てに意識を…いや意識にまで集中しろ。
深く、深く、深い場所の己の本質を見ろ。
それは自分で見れるものなのかな。
己の事だ。
でも全てを見るには鏡がいる。
見るのは全てでも、まして裏側でもない。
でも内側だ。鏡でも見れない。
見なくてもわかる。
どうやって?
神経を伸ばし筋肉の動きで体内を見れるように、精神でも不可能ではないはずだ。
でもそんなした事も無いような事をするだけの時間がある?
時間はある。
いつラファエルやコーンスネイルが来てもおかしくないのに?
俺ならすぐできる。
その抜かりは己を殺す。
………ならどうしろという。
内視鏡のカメラのように内側を教える役割がいる。
そんな奴はいない。
いるじゃないか。今君と話している俺が。
違う、お前は複数の事を処理する為の一時的な分身だ。
残念。俺は君のもう1つの人格だ。
「………ふぅ。」
全く、自分自信に問い答えている間に人格まで演じてしまったか。
リセットしてもう一度意識を集中していく。
そんな事しても意味ないってば。
「!?」
自分自身で思考を制御できず咄嗟に我に帰る。
キーコエーテマースカー?
「チッ…。」
自分に話しかけられるというなんとも不可解な状況に思わず困惑してしまう。
「お前はなんだ。」
話しかけているのは俺自身ゆえに攻撃されるという事は無いが、体制を深く構えた。
だーかーらー。俺は君の多重人格で君の協力をしてあげるって言ってんだよ!
…協力?
そう。今君は自分自身と見つめ直さなきゃダメなんだろ?なら適役がいるじゃないか!君自身という俺が!
………百歩譲って多重人格を認めるとして、今まで何で出てこなかった。
んー。〈今まで出てこなかった。〉というよりかは〈今まで出てこれなかった。〉が正しいかなぁ。
出てこれなかった?なら出てこれるようになった理由………老爺か!!
正解。
でも今見るべき場所はそこじゃない。もし彼が意図して俺を解放したのなら君の成長に僕が必要だという事だ。
「はて、今頃ユウマは何かに気付いた頃か。」
「でもユウマに何をしたの?思い出したような様子でも無かったけど。」
「今回解放した、いいやさせたのは記憶とも呼べないような片鱗。せいぜい感がよくなる程度だろうな。」
意図し、かつ意図していた通りならな。
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