U.File 4 ジャッカロープ
目の前数センチ。そこに現れた笑みを浮かべるラファエル。
ラファエルには捉えたと言ったが、風下に立っていたにもかかわらず動いた音は聞こえなかった。
むしろ音はラファエルが来てから……。
まったく。
「音速で貫手とは。殺す気で?」
俺の左脇腹をかすり、服と皮膚を破ったラファエルの左腕の手刀。
何とか視覚で捉えて横からの打撃で軌道を変えていなければ俺の鳩尾を貫いていた。
「私の攻撃を横からの力で反らせましたか。最低限の力で大きな力を避ける……〈最善〉ですね。ああ、もしレオの事を言っているなら置いてきたのでので大丈夫ですよ。」
ついさっきまでラファエルのいた場所にはレオの入ったペットバックが置かれていた。
ラファエルが俺の鳩尾を狙ったのと同じように、鳩尾が来る場所に左手の貫手を打ち込んだが……。
「まったく。欲しいものがあれば暴力ですか?」
笑みを浮かべて皮肉を言うラファエルも、俺と全く同じように避け、同じように脇腹を破った。
「お互い様だ。」
「ラファエル。お前ははなぜレオと群れを近付けたくないんだ。」
下手な上げ足取りはさっきの様な読み合いの状態ではむしろ読まれる鍵穴になってしまう。
だが今は違う。群れの所有者が分かった今、相手を読む必要はない。相手にどう読ませるのだ。
いかに俺が相手より上にいると読ませるか。
いかに相手が俺より劣っていると読ませるか。
一時的。いや、たった一瞬。相手より上に立つ方法の一つ。
それは余裕だ。
圧倒的な力が小さな力に勝利する方法はたった2つ。圧倒的にただ勝利するか。無駄な力を使わず最低限の力で勝利するか。
後者では明らかな余裕が生まれ、そしてそれを相手は〈強い〉と感じる。
例えその余裕が負けてもいいという考えだとしても。相手が〈余裕〉と判断すれば、それを持って勝利した時点でそいつは強者と見られてしまう。
つまり、余裕を持てばいい。
ではどうやって余裕を持つか。それは相手に主導権を渡し、こちらからは攻撃せず、攻撃を全てかわす。
そうして作り上げた不利な状況で、なお相手の攻撃をかわし続ければ相手は、疲れ、迷い、焦る。
焦りは思考を鈍らせ、最初に感じた物に頼る。
それは〈余裕〉。
相手は余裕=強者という勝手な結びつきから、己を弱者と判断する。
そして最後の仕上げに、その判断は逆効果と似た効果を生む。
と、俺が考えているとラファエルは知っているだろう。
しかしラファエルは知らない。ラファエルの後ろ、そこに置かれたレオがいつでも逃げる事ができる事を。
俺の考えは知っていてもレオの考えは思いつかない。俺が考えているわけではなく、ただの現状だから。
今は河側から陸側へと風が吹いているおかげで、風上に立つ俺達にレオがペットバックのファスナーを開けた音は聞こえなかった。
プラセボの考えが読まれているのならそれを囮にすればいい。
事実を知らなければ俺の思考は読めない。
「今は言えません。」
遅い返事をしたラファエルは「まだ判断しかねますね……。」と呟いた。
ペットバックから出てきたレオを連れて約束の時間まで逃てレオを教授に渡せす。あとは俺が全力をとしてラファエルを止めれば連れて帰れる。
予定通りいけばラファエルに俺より早く海を渡る方法はない。
あとは俺が最善のタイミングでレオに指示すればいい。
問題はそれに至るまで…。
さっきの攻撃とその回避で俺とラファエルは全く同じ手を打ちあった。つまり最善の手を打ちあったという事だ。
「結果は見えていると言うのに。」
すると突然ラファエルはため息を吐いた。
最善同士が争えば最終は引き分けるか、それに気付き争う事をやめる。集中力や体内の栄養によっての勝敗が別れることもあるがその点では俺とラファエルは例外だろう。
「私が望むのは、過程をクリアした後の結果ですよ。」
「結果が全てだ。」
「過程が無ければ結果は出ません。」
「過程を絞れば結果も絞られる。」
「望む結果は一つ、その結果にたどり着く過程は一つ。」
なるほど。
それが大まかな結果のための大まかな過程なのか、電離レベルでの差で結果が変わる過程なのか。
その過程はある一瞬の行動なのか、1から10まで全てがその過程でなのか………。
「なんにせよ……。今は物理的に争うしか無さそうだ。」
未だに互いの脇腹に刺さったままの手刀を見てラファエルは「あなたも乗り気のようですが?」と笑った。
さて何の事だか。
ニ手
互いに動かさなかった左腕を引くと同時に、相手の攻撃の軌道を逸らした右手を裏拳の要領の手刀で首を狙う。
そして同じ行動をしたラファエルの手刀を、引いた左腕で防ぐ。
三手
体の右側で防いだ相手の左腕を掴み、そのまま後ろに強く引き寄せ、鳩尾を狙って右膝で蹴りを入れる。
しかし互いに上げた足同士がぶつかり動きは止まる。
四手
上げた右足で相手の左足を踏み、右腕を掴まれる相手の左腕を外側に払い、もう一度その手で顔に裏拳を叩きつける。
飛んできた拳を払われた腕で防ぐ。
五手
防がれた腕を引っかけるように大きく手を広げ、相手の拳を弾く。
弾き弾かれ、左右に大きく広がった両腕を全力で振り、相手の首の両側に手刀を打ち込む。
こればかりは速度の問題だ。
俺と同じくラファエルの脇腹の傷が消えていることも知っている。
本当に俺と同じと言っていいのだろう。
悪いが死なせない最大限で行かせて貰っ
「残念です。」
次の瞬間。ラファエルはしゃがんで俺の手刀を避けると、掌が隠れるほど深く貫手で俺の左脇腹を貫いた。
「っ!」
なぜしゃがんだ!今の状況で互いにしゃがんでも意味は無かったはず!!
………さっさと回復しよう。
「それほど急がなくてもいいですよ。もう意味は無いので。」
意味?
ラファエルから距離を取って回復を優先しているとラファエルはため息を吐いてそう言った。
そしてペットバックの元に戻るとレオが開けたファスナーを閉める。
「チッ。」
気付いていたのか。
ラファエルはペットバックを手に持つと、崩れた服を直しながらクミの前へと立った。
「これが現状。今の貴方にはどうする事も出来ないのですよ。」
言葉の意味は分からないが、クミを罵っているのは分かる。
ラファエルは動かないクミのポケットに勝手に手を入れるとさっき奪われた俺のスマホを取り出し、そのスマホを操作した。
「連れ戻しなさい。方法は分かりますね。」
そう言うとラファエルは通話を繋いだスマホをペットバックの前に近づけた。
「もしもし、トウカです。あれユウマ先輩?終わりました?」
そんな声が電話の奥から聞こえてくる。
「トウカちゃん。今すぐ引き返すんだ。」
俺の声……。
ジャッカロープの声真似。なるほど、電話でそれが偽物かどうか暴く方法はない……。
力ずくで取ろうとしてもまた最善じゃない手を打たれて攻撃を受ける可能性…も………。
最善ではない手を打たれて攻撃を受ける………?
「……なんでです?」
「レオ達にはラファエルが必要だ。」
「ラファエルは敵なんじゃ。」
「考えは別でも目的は一緒だった。ただ僕達よりもラファエルの方が優っていたんだ。」
かかった!!
「………ユウマ先輩。そこにレオかラファエルはいますか?」
そうだ、周囲の条件を確認しろ。
「レオはもう渡して、ラファエルとは離れてる。」
だろうな、もう終わったように話した方が早く済む。
だが〈急がば回れ〉。甘かったな。
「………こっちに来たらお仕置きですよ。レオ。」
「「なっ!!」
まるで子供のように笑いを含んだトウカの言葉にレオとラファエルは動揺を隠せず声をあげた。
「よく気付いてくれた。」
ここにはいないスマホの奥のトウカに向けて感謝を言葉にしながら、通話を切ったスマホをクミに足渡すラファエルに向かう。
「クミ先輩。1つ謝罪します。クミ先輩は半分正解でした。」
「ほう。」
腕の表面を粘り気のある液体が流れた。
夜空を明るくし始めた朝焼けよりも赤い……そんな液体が俺の腕を伝って服を滲ませる。
ラファエルの脇腹に深く刺さった貫手を見て上手くいった事を確信した。
「成る程〈最善を知っている者は最善じゃない相手を読めない。〉ですか。」
ギリギリになってやっと分かった。
俺とラファエルは攻撃するという目的のために最善の手を打ちあった。
しかしラファエルは最善ではない手を使い俺に攻撃をした。
俺は最善ではないにもかかわらず目的を果たせたと思った。
だが違った。
〈最善ではないにもかかわらず〉ではなく〈最善ではないからこそ〉目的を果たせたのだ。
「半分正解?」
そう半分。
「最も良い手が最善。ですがラファエルは最善ではない手を使う事で俺の最善の手を破った。」
だが。
「つまり最善の手を潰すために最善ではない手が必要だと言うのなら。最善ではない手は最善の手を潰すための最善の手だった。」
つまりクミの言葉では半分間違いだ。
するとクミは「屁理屈じゃない?」と笑った。
「悪いな〈自分〉はやられたままというのが大嫌いなんだ。」
そうラファエルに向けて日本語で言うと俺の一人称に気付いたラファエルもまた「成る程。」とため息混じりに笑った。
「ジャッカロープが声真似が得意だと言うのは有名…ならばそれを武器に使われた時のために本物と偽物を見分けるために鍵を用意していた、と………。」
っ!
突然、流暢な日本語で話し出したラファエルは再度ため息を吐いた。
カマイタチが伝説通り風を操っていなければ想定すらしなかった可能性だったがな。
「最初からそんな物を仕込んでいる貴方も貴方ですが、それに気付ける彼女も彼女ですね。」
ラファエルの言葉に強く同意しながら脇腹を破ったままだった腕を抜く。
すると傷口からは血が吹き出し、地面に赤い水溜りを作った。
しかし、そんな事はまるで無い事かのようにラファエルは堂々とそこに佇んでいた。
まあ俺の脇腹も破れたままだが。血管だけを治して出血は抑えている。
「話が逸れているぞ?それとも逸らしているのか?どちらにせよ今なら勝てそうだ。」
そう皮肉を言って余裕を見せる。
これは演技でも囮でもない、ただの余裕。
もうラファエルに負けることは無いと確信した故の余裕だ。
「今の貴方とは争う理由はありませんよ。」
ラファエルは苦笑しながらそう言うとレオの入ったペットバックを俺に渡した。
「これから先、頑張ってくださいね。」
ん?
「何の話だ?」
すると「また会いましょう。」と言葉を残してラファエルはまだ朝日の差し込まない影へと消えて言った。
油断させる為かと思ったが、本当に足音は消えていった。
レオと言う目的を達成した今、無駄にラファエルを深追いする必要もない。
片膝を立てて地面に座り、傷の再生と教授を待っていると、暖かい朝日が俺とクミを照らし始めた。
「中身は見るなよ。」
そう数度目の忠告をして、布を被せたベットバックを渡す。
「分かってるってぇ。勝手に見たら君に何をされるか分からないからねぇ。」
教授は肩をすくめながらペットバックを受け取った。
「それよりもお使いは……。」
俺は2つのジェラルミンケースを渡した。
「1つは俺のだ。」
すると教授は「へぇ〜。」とニヤニヤと笑った。
「君もなかなかだねぇ。」
なかなか。なんだ。
まあ言いたい事は分かるが。
「それよりも。」
俺とクミはもう十分に眩しい太陽が反射する河に浮かぶ〈それ〉に目を移す。
「まさか潜水艇で来るとはな…。」
「君が公式の飛行機、船を使わず且つ君以外には絶対に知られないようにアメリカから物を運んでくれって言ったんじゃないかぁ。」
もし見つかっても俺は責任を取らないとも言ったがな。
「まあ方法はなんでもいい。くれぐれも見つかるなよ。」
「分かってるってぇ。」
そう気楽に返事をした教授が潜水艇の蓋を閉めると、すぐにエンジンがかけられ、静かに河に潜っていった。
教授を待つ間に傷も治り、十分に血液も作られた。
「さて、帰りますか。」
・飛行機内
暗くなった機内で俺とクミは窓から差し込む月明かりに照らされていた。
「トウカちゃん達なんだって?」
「今はアフロ先輩の父親の貿易船にいるらしいです。群れも大きな問題はなく運べているらしいですよ。」
「小さな問題はあったんだ。」
今の微笑は周りに迷惑にならない為の物だろう。
「帰ったらとりあえずカラ達に会わせて、住処を借りる交渉。その後もいろいろと忙しくなりますね。」
あとジャッカロープのピンも刺さなければ。
「とは言ってもレオちゃんも群れも日本に着くまで10日くらいかかるし、私達も日本に帰る航空券も取れなかったんでしょ?」
そう、今は日本への便が出る空港に向かっているが、夏休みと言うこともあって航空券が取れず、俺達は数日アメリカで足止めを食らうのだ。
「まあトウカちゃんや教授が日本に着いたすぐ後ですから、良く言えば手際よくいけますね。」
するとクミはふーん。と頷き「悪く言うと?」と問いかけてきた。
「かなり忙しなくなります。」
俺とクミはため息をついた。
「………クミ先輩。聞いてもいいですか?」
その言葉にクミは一度笑みを消し…今度は優しく微笑んだ。
「どうやって群れを連れ帰ったんです?」
すると聞かれると分かっていたのかすぐに説明し始めた。
「アフロ君は送迎用のヘリを持ってたよね。もしかしたら船も持ってるんじゃないかなって。」
「それでは国の検問に引っかかるんじゃ。」
引っかかれば人の目についてしまう。
「その辺はアフロ君に任せた。アフロ君の方がそういうのに詳しいからね。別れる時に〈あとは任せろ!〉だって。」
その台詞はその時のものか。
するとクミは「黒い服の人達って言うのはアフロ君の会社の人達だよ。」と、まるで俺の言う事が分かっていたかのように付け加えた。
「ですがその作戦があるのならなぜ自分に言わなかったんです?」
「………今は言えない。」
ラファエルに続いてクミまで〈今は〉か。
「今日は疲れました………。取り敢えず〈今は〉いいです。」
クミは小さく笑みを浮かべた。
「本当に疲れました………ですが気分が良い。なぜでしょう。」
俺はグラスの中のジュースを回しながら、演技ではない笑みを漏らす。
「ユウマ君がラファエルに勝ったからじゃない?」
「間違いありませんね。ですがクミ先輩は少し間違っていますよ。」
するとクミは「またぁ?」と気の抜けた笑いを浮かべた。
「ラファエルに勝ったのは自分ではなく、自分に勝ち方を教えたクミ先輩です。自分だけでは勝てませんでした。」
すると一瞬驚いた表情を見せたクミはまたすぐに笑みを浮かべた。
「それは私も一緒。私だけじゃ勝てない。」
今までは勝って当たり前だったが。今回は負けかけた挙句他者の力を借りて勝ったと言うのに…。
なぜこれほどに俺の胸は鼓動が激しくなっているのだろう。
するとクミもグラスを手に取ると、小さく上げた。
「クミ先輩。それの前に1つ謝罪します。」
「私の事〈バカ〉って思ってた事?」
クミはニヤケながら俺の顔を覗き込んだ。
「バレていましか…。」
己の滑稽さに自ら苦笑する。
「最初にバカを演じたのもきっと今は言えないんですよね。」
するとクミは「……うん。ごめん。」と謝った。
「でも今じゃなければいい。だからまた、いつか聞かせてください。」
「じゃあユウマ君…。」
「ええ。」
クミは一度下げたグラスをもう一度小さく上げ。
「ユウマ君…ううん。ユウマの勝利に。」
「………ふっ。なんだかカッコつけすぎている気もしますが。」
そして自分自身に鼻で笑いながら俺もクミに合わせてグラスを上げて。
「クミ先輩…いいえ。クミカの勝利に。」
「「乾杯。」」
File.5を観ていただきありがとうございました!
いやぁ書いている側としては長かった!!
頭の中での構成を文字にするといくつも矛盾が出て来たりして、もうなんかいストーリを変えたか…汗
でも達成感はヤバかった!!ヤバすぎて家のソファーで叫びそうになりました!!!
もうブラックドッグぐらいの長さが1番かも笑
でもFile.6は長くする予定ですよ〜!!
今考えてる感じだと…ってそれは見てからのお楽しみの方がいいですよね笑
あとTwitter始めました!!
@ODAKA_TAIYO
↑Twitterのユーザー名です!↑
https://mobile.twitter.com/ODAKA_TAIYO
↑もし直接行きたい方がいればこちらからどうぞ!↑
見たところで大したことも無いですがもしよければ見てみて下さい(ほとんど呟かない笑)。
最新話を投稿した時は呟きます!
もしなろうに登録してなくて、指摘や依頼が言えなかった方はTwitterで是非送ってください!
これからもよろしくお願いします!!