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「どうやって降りる?」
下に敵がいる可能性があるのであれば、スピードが重要になる。
「自分はこれ一本で降りられますが……。」
そう言って腰元に隠していた黒い刀身のサバイバルナイフを鞘から抜いてクミに見せる。
「んー、じゃあ私はこれでいいやー。」
そう言ってクミは、俺が渡したGPS付きのタクティカルペンを出した。
確かに強度はあるが……選り好みしている暇はないか。
穴に飛び降りた俺達は速度が上がれば壁にナイフを刺し、そして速度が落ちればナイフを抜き、また速度が上がればナイフを刺すということを繰り返して降りていた。
俺の上にいるクミもペンで同じことをして降りているが、今の所は問題なく降りられている。万が一に備えて俺が先に穴を降り、クミがいつ落ちて来ても支えられるように注意しながら降りていると。
「あっ。」
上からクミが降ってきた。
「なっ!」
落ちて来ることは予測していたがその向きはマズイ。というより何故この狭い空間で落下しながら上下逆さまになれる。
しかも。
「ペンの先をこっちに向けないでください!」
このバカはいつか人を殺すぞ。
ペンを避けると、俺と壁の隙間を抜けていく逆さまのクミが俺の首に足を絡めて掴まり、俺の目の前にはめくれたスカートと、その中身である学校指定の体操服が現れた。
「今私のこと見捨てようとした?」
「いえ、ペンが危なかったので自分〈が〉足で掴もうとしたんです。」
溜息交じりにそう答えると、クミは俺の下で「へぇ~?」と少し不服そうな声を出す。
そんなことをして動く様子の無いクミに目を向ける。隙間から見えるクミの持つペンは土で汚れてはいたが折れてはいなかった。
「クミ先輩?何故落ちたんです?」
するとクミは「いやぁ、刺そうと思った場所が石だった~。」と気が抜けたように笑った。
「まぁいいです。早く戻ってください。」
クミは気にしていないようだし、道徳的にも問題はないのだが、この光景は見ていてあまり気持ちの良い物ではない。
しかしクミは「えっと……。」と口ごもり、俺の靴を引っ張った。
「なんかユウマ君の靴紐が手首に絡まっちゃったんだけど。」
まったく……。
「なら解いてください。」
とは言ったものの、暗闇の中クミが解こうとする紐は、完璧なまでのもやい結びになっている。
なぜこの一瞬で無意識に結び目の王とまで言われるもやい結びが……仕方ない。
「ナイフで切るので一度ペンを貸してください。」
「おっけー!」
そう軽快に答えたクミは下からペンを持った手を伸ばした。しかし暗闇の中、さかさまだからかわざとなのか、闇雲に手を伸ばされるせいで顔に刺さりそうになるペンをむしり取って俺は安全を確保する。
そうして受け取ったペンを今刺さっているナイフとは反対の壁に差し込み、ナイフを抜くと。
「っ。」
ペンが折れた。
使い方がまずかったのか、刺した場所がまずかったのか、それともペンの耐久値がもう限界だったのか。そんな事を考えながら俺はナイフをもう一度刺し、壁を削りながら停止する。
すると壁を削った時の土を浴びたクミが俺の下で今にも泣きそうな声を出した。
「うえぇ、ユウマくぅん!めちゃくちゃ口に土入ったぁ!あと解けなぁい!」
「ペンが折れました。」
ペンを無くした以上、それぞれで降りるのは難しい。とりあえず靴紐をどうにかしたいところだが、このナイフは渡すわけにはいかない。かと言ってこの体制でクミを持ち上げれば、逆立ちの女のスカートの中に頭を突っ込むという何とも犯罪的な状況になってしまう。まぁクミとの出会いを考えれば今更ではあるが……。
……まったく。
「少し耐えてください。このまま降ります。」
穴を降り始めてからそろそろ2500m、カマイタチの所であればもう地に足がついていた頃だ。カマイタチと言いジャッカロープと言い、何故地下にいるのだろうか。まぁそれが人間に見つかっていない主な理由だが、あいつらにこれほどの穴をそうやすやすと掘れるとは思えない。元からあった穴や地下空間を利用したのか?それとも協力者がいる?いやいたのか?もし協力者がいるのであればそいつは一般的な人間では……。
ん?
結論の出ない思考をしていると、下からナイフで壁を刺した時に削れたであろう石の転がる音が聞こえてきた。
「そろそろ着きますよ。」
今回の穴はカマイタチの住処のようなまっすぐな縦穴ではなく、徐々に穴が傾いていき壁は滑らかな岩になった。
滑り台のように壁を滑りながらもいつでもナイフを刺せるようにしていたが、もう必要ないだろう。と思っていた矢先。背中の壁の感触がなくなり、俺達は空中に放り出された。
これは、少しマズいな。音は聞いていたはずだが、反響で聞き逃したか?
まずは着地点を確認するために下に目を向けると、そこにはカマイタチの住処と同じく、光る水晶に照らされた緑あふれる台地が広がっていた。
さて、俺が背負うペットバッグに入ったレオは俺が着地に気を付ければ問題ないが、この体制のままだと下に水があってもクミは溺れ、水が無ければクミは衝撃にさらされる。
仕方なく靴紐を斬ろうとナイフを構えると同時。
「やっば!!」
そう言いながらクミは俺の身体を押すようにして首から足を外し、足を下に向けた。
このバカが!!
体制を整えたクミは脚で着地したものの、そのクミの腕と足が繋がった俺は足上げ腕立て伏せの体制で不時着せざるを得なかった。
あのまま俺が足で着地していれば、直立で着地したクミの手から肩そして体に10数トンの衝撃が加わってしまっていた。空中に投げ出されてから、約30メートル落下したにも関わらず無傷で着地したクミを見ると気を使う必要もなかったのだろうが、まぁ現状負傷者が出ないように最善は尽くして正解だろう。まぁ本当の最善であれば途中、無理やりにでも靴紐を切るべきだったな。
「……クミ先輩?」
「……ゴメン。」
目を合わせずにそう答えたクミを見上げながら、小さくため息を吐き、地面視線を眼前の地面に移す。
……これは。
靴紐を解いた俺達はレオの安否を確認し、周囲を見渡していた。しかしそこにはジャッカロープ達の姿はなく、エコロケーションやその他の方法で探っても気配一つ感じることができなかった。
「まずは2人を、と行きたいところですが。」
「うん……。」
俺が手で着地した時に目の前にあり、靴紐を解く際にクミも見つけた同じ物を、俺達は眺める。
クミの掌の上にある2本のタクティカルペンと配線がむき出しのGPS機器は、トウカとアフロ、そして少なくともGPSを付けたジャッカロープがもうすでにここにいないことを示していた。その他のジャッカロープの気配もないとなると、このGPSは捨てたのか、もしくは囮か。
これだけの地下でGPSが届いていただけ糸口かと思っていたが……。
俺はスマホを取り出し、圏外の文字を確認して溜息を吐く。
むしろなぜGPSだけが受信できていたかという疑問が増えただけだな。
「何もいないね。」
「ですが〈いた〉形跡はあります。」
静寂に包まれた空間、しかしその静寂には違和感があった。地上の整いすぎた岩違とは違い、純粋な不合理による違和感。いくつかの穴にまとめられた糞や、食べかけの草、そしてほんの数時間前までここにジャッカロープがいたであろう臭いがあるにも関わらず、ジャッカロープの姿だけがなかったのだ。
「おいレオ。この状況は平常なのか?いや、それ以前にここはジャッカロープの住処なのか?」
期待はしていなかったが。試しに声をかけても返ってこない答えにクミがため息を吐く。
そう、タクティカルペンはここにあった。しかし2人はおらずオマケにジャッカロープも消えた。問題はジャッカロープが消えた事ではなく、2人が消えた事だ。GPSは最後の頼みの綱。それを捨てれば2人は孤立する。それはよほどの自信が無ければできることではない。しかし2人にラファエルや俺を欺くだけの自信を生む何かはなかったはずだ。
だったらなぜ捨てた?
~着信音~
ここは電波が届いていないはず。
スマホのを画面を見ると、そこには見慣れない物が映しだされていた。見慣れない?いや違う、あり得ない。電話番号のない電話。非通知でもなく、ただ画面に応答ボタンだけが映し出されるなどあり得ない。おまけに応答拒否ボタンが消されている。
ハックか?……まぁいい。
応答ボタンをタップしてスピーカーモードにすると。
「ジャッカロープを返しなさい。」
聞き覚えのある声が空洞に響いた。
「ラファエル。」
「貴方の連れて行ったジャッカロープ。レオを返しなさい。」
食い気味に繰り返したそのラファエルの声は少し上ずっていた。
「一度した許可を取り消してでも返して欲しい理由はなんだ。」
「許可した覚えはありません。もしそこまでレオにこだわるのであればそれ以外のジャッカロープを返しなさい。」
それ以外?群れの事だろうが、俺がどうにかしたと思っているのか?いや……。
「断る。今レオの所有権は俺にあるはずだ。」
「それ以外の所有権はないはずです。」
「それ以外のジャッカロープの所有権はレオが持っている。であれば自動的に俺の傘下にあるはずだ。」
嘘八百のハッタリ。しかしレオの様子から見るにラファエルはレオとまともに話せていないのだろう。だからこそ通じるペテン。
「俺の邪魔をするものはたとえ原子だろうと排除する。」
これでラファエルを一手遅らせられる。
恐らく群れはラファエルが管理しているのだろう。そしてすべてのジャッカロープが俺達側にいるとした体でレオもしくはそれ以外のジャッカロープのどちらかを渡すように言った。つまりそのどちらかであれば渡すということを言っている。そしてラフェルは群れを管理していないとした上で、大を手に入れる障害であるラフェルを排除するために小を捨てさせることで、すべてを手に入れようとしていると考えるのが賢明だ。
反対にもし本当にラファエルが群れを管理できていないのであれば、第三勢力がいることになる。であればそのことに気付いていないラファエルよりも先にそいつから群れを奪えばすべてが解決する。
どちらにせよラファエルにレオを渡せば俺達は有意性を失い、反対にレオを渡さなければラファエルは出遅れる。ならばペテンとバレる可能性があったとしてもレオを渡さないのが正解だ。
「………。」
思惑が外れたのか、通話の向こうのラファエルは何も返さなかったが、少ししてラファエルは小さな溜息を吐いて沈黙を破った。
「製紙工場で待っていますよ。」
そしてその一言だけを言い、通話は終了されたのだった。
「………。」
一体どういうことだ。なぜクミやトウカ、アフロも知らない教授との受け渡し場所を知っている?いや、分かりきっているか。あれだけ不自然な形で電話が来たのだ、間違いなくハックだろう。
作戦を知っているクミもその事の大きさに、ただ静かに通話の終わったスマホ画面を眺めていた。
「……おいレオ。今の異常性は分かるはずだ。だから今回は必ず答えろ。ここに1匹もジャッカロープがいないというのはあり得るのか?」
「………あり得ん。」
渋々答えたのであろうその小さな言葉に「助かる。」とだけ伝えて、俺はスマホをポケットに入れた。
「クミ先輩、急いで登りましょう。」
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