仮説 修正済み
・ジャクソンホール空港
「こねぇなぁ……。」
周囲は暗くなり、人気がなくなったことを確認して俺達はウイスキーの監視をしていた。約30分ごとに場所を移動し、仕掛けたウイスキーを順に監視しているが、今のところ成果はなく、結果的に数時間暗視ゴーグルを覗いていただけのアフロはその事実に一人嘆いている。
「ユウマ先輩。やっぱりジャッカロープはウイスキーが好きっていう伝説は……。」
ふむ……ダメか。一応カウボーイのキャンプファイヤーが好きという伝説もあるが、空港の脇でキャンプファイヤーなどという目立つ行為は最終手段中の最終手段。かと言って、他に確実な手がある訳でもないが……。
何かいい方法がないかと考えていると、トウカが俺の袖先を引いた。
「どうかした?」
「ユウマ先輩。今更なんですが、なんでこの空港が本命なんですか?」
「「………。」」
その答えはクミとアフロにとっても気になるのだろう。首を傾げるトウカの脇では、2人も俺に視線を向けている。
「正直に言うと憶測でしかない。数ある選択肢の中で可能性が高かったものを選んだまで。」
何の根拠もなく聞く価値もない。そう視線を送ると、トウカは小さく笑みを浮かべた。
「でもユウマ先輩が選んだ。」
聞きようによっては圧力をかけられているようにしか聞こえないな。
……ならヒントを与えよう。
「ラファエルと出会ったのはこの空港。ならラファエルは何をしていたと思う?」
すると3人は一瞬悩んだ表情を見せたものの、すぐに「「「あ。」」」と目を開いた。
「そっか、ラファエルはレオ以外を見に行ってたんだ!」
「確かにそうかもしれねぇけどよぉ、わざわざこんだけ距離の離れた場所を肉眼で確認するかぁ?他の何かをしてた可能性の方が高いぜ?」
そんなアフロの言葉に否定しきれないのか、トウカはアフロに横目に舌打ちをしながらも俺に視線を送った。
「例えば監視カメラの設置のように、どれだけ離れて監視しようとしても、離れたまま確認するためには近づく必要があります。」
「じゃあなにか?俺達はアメリカに来た日に、監視カメラの設置に来たラファエルと偶然遭遇したってことかぁ?」
したってことだぁ。
「まぁそれに限らず、それに近い何かでしょうが……。もちろん根拠もなくそう言っている訳ではありません。ラファエルはあまりにも詰めが甘かったんです。」
「「詰め?」」
視線を送るトウカとアフロへの答えに対して、揃って更なる疑問で返す2人に、俺は小さく息を吐く。
「例えば、レオは初め檻の中に拘束された状態で隠されていました。ですが、それはあまりにも無粋で完全な物ではなかった。そもそもあの研究室は資料や文献はあっても機材は少なかった。あの部屋は隠すのにも研究するのにもふさわしくないはずです。」
事態を飲み込んできたのか、2人は傾げていた首を戻し、虚空を見つめて思考を巡らせ始めた。
「ってことは……、レオを隠す余裕がなかった?」
「えぇ。あの時は気を使ってですが、結果的にラファエルを1人にさせずに一緒に研究室に向かったおかげで、あれが定位置と考えていいでしょう。レオの存在を気付かせたかった、もしくはレオの存在に気付けるか試したという可能性もありますが、目的が分からない以上恐らくこれはありません。つまりラファエルはレオを見つけたばかり、さしずめレオ以外を見つけて日が浅いということです。」
結果的に俺達が出会ったことの辻褄が合う。まぁその辻褄も、レオ以外のジャッカロープが見つからないこの状況では意味もないが……。
そのことにも気付いているのか、3人は黙り込むと、何を言うでもなく双眼鏡を覗きこみ始めた。
しかしトウカだけはどこか落ち着きがなく、少しして小さく息を吸うと、双眼鏡から目を離して俺へと視線を戻した。
「ユウマ先輩。質問のついでにもう一つ質問なんですが、ブラックドッグは別として。ツチノコやカマイタチ、それにジャッカロープはなんで人の言葉を話せるんでしょう。」
「「……。」」
すると、話を聞いていたクミとアフロも双眼鏡から目を離し、こちらに顔を向けた。
恐らく二人も、いやこれを知った人間はだれもが気になるのだろう。だが。
「正直に言うと分からない。」
分かるはずがない。
ツチノコやカマイタチがなぜ言語を使えるのか。何故人の言葉なのか。そもそもなぜ声帯が進化する必要があったのか。
分かるはずがないのだ。たった1人の人間にすら捕まった事もない生物の進化のルーツなど分かるはずもない。
「でも仮説ならある。」
「仮説……。」
小さく呟いたクミの言葉に頷いて、その仮説を口にしていく。
「一つ。あらゆる生体という物がまだ100%解明されていない今。人間のような4つの特徴を持った高度な言語を使うのは人間だけだと思っているのが間違い。」
つまり人間以外の生物も人間が観測できない言語で会話している。
「二つ。言語を使う生物のみが人間に発見されていない。」
言語を使う知能を持つが故に人から逃れる方法を知っている。
「三つ。人間が急速な開拓を始めた事で人間から逃れるために脳が発達し、より確かな団体行動をするために言語を使うように声帯が発達した。」
人間から逃げるには人間の脳を。言語はわざわざ一から作るのではなく既存していた人の言語を。
「四つ。ただのイタチを人間が進化させた。」
遺伝子操作か、キメラか。
「五つ。今までの全てが無かった。」
夢か、幻か、妄想か。
「「「………。」」」
皆各々考えているのだろう。そしてありえないと結論着く。
一つ目の仮説なら人間の観測できない言語とは一体何か。
二つ目の仮説なら言語を持つ生物と持たない生物の違いは何か。
三つ目の仮説ならツチノコ、カマイタチ、ジャッカロープの三種族がそれぞれの場所で高い知能を持つと言う突然変異、進化をするか。
四つ目の仮説なら高い知能を持ち、言語を使う生物を作り出したにもかかわらず発表しない理由とは何か。はたまた、隠匿するのであれば、なぜ野生下に生息しているのか。
五つ目の仮説なら俺以外の3人がカマイタチの風の力もなくなぜ裏山の穴に落ちて無事だったのか。しかしそれすらも無かった可能性もある。これは続けたところで否定も肯定もできないだろう。
全ての仮説に可能性がある。ただし限りなく0に近い仮説。しかし答えはこの中にあるはずだ……。
結論には至れないと諦めたのか、迷いながら双眼鏡を覗くことを選んだ各々に、少しして俺は移動を呼び掛けた。
「うまくいかないことばかりですね。」
俺が移動の準備を始めると、3人もため息交じりに荷物を片付け始める。そんな中、暗視ゴーグルを使っていなかった俺は一足先に片づけを終え、周囲を警戒しながら移動ルートを確認していた。そして3人の片づけも終わった頃。
「静かに。」
この場所から監視できるウイスキーは全部で3か所。そのうちの東側に置いたウイスキーから、何かが舌でウイスキーを飲む音が聞こえたの。
俺の呼びかけに皆気配を潜め、俺に指示を仰ぐように視線を向ける。
「ここは風下なのでまだ見つかっていませんが、あっちのウイスキーを飲む獣がいます。」
そうウイスキーのある方向を指差して現状を説明すると、3人はその指刺す先を視線で追った。
風のおかげで気付かれていないが、風のせいで細かなエコロケーションが使えず、人間に見つかりにくい場所を選んだせいで詳細が見えない。ただの小動物の可能性もあるが、まずは。
「自分が行ってきます。」
そう伝えると3人は静かに頷いた。
硬い風の抵抗に服をたなびかせながら俺は跳ぶ。
視点が高くなり、ウイスキーを飲む正体が見やすくなると、それには鹿のような角が生えているのが確認できた。
膝の高さから角が生えている動物はいない、もし頭を下げている動物なら体は見えているはずだ。当たりだな。そう確信した俺は、カマイタチやブラックドックのように想定できない能力を持っている可能性を考え、警戒を一段階強める。
小回りが効くようにあまり大きく跳びすぎず小さく跳び、草や小石の集まった場所を避けて、少し大きめの石を踏んでいく。それは草や踏まれた石すらも俺が通った事に気付かない程のスピードで、正確に、かつ静かに。
そうして43歩目を踏んだところで風が弱まってきた。
仕方ない。ここからはスピード勝負だ。
小回りは捨て、音だけに気を付けて足に力を込めていく。
一歩、二歩、そして最期の一歩で着地点を調節し。ウイスキーを仕掛けた草の陰から覗いた角を掴んだのだった。
問題なく捕獲できた。
腕を上げクミ達に合図を送ると3人はこちらへと走ってきた。
「ユウマ君!捕まえた……か!?」
「ちょ、ちょっとユウマ先輩!」
「………。」
3人は俺の左手にぶら下がるそれを見てそんな反応を見せた。
「ユウマ君!それは生きてるんだろうな!?」
たしかに角を掴まれているにもかかわらず全身の力が抜け、動く気配の無いジャッカロープは死んでいるようにも見えるかもしれない。が、ちゃんと生きている。
「ええ。ですが……。」
ジャッカロープの顔をアフロに近づけると、アフロは「うっ!」と顔を遠ざけた。
「酒クセェ!!」
そう、ジャッカロープは酔い潰れていたのだ。
トウカも顔を近づけてて匂うと鼻をつまんで目を半分閉じる。
「何で今まで人間に捕まらなかったんでしょう……。」
そのトウカの言葉に、俺を含む全員が唸った。
「んで?コイツどうするんだ?」
計画ではレオの事を説明するか脅して巣に行くか、それでもダメならGPSを忍ばせて巣の場所を確認するつもりだったが……。
「これは想定外の幸運ですね。」
・エルク・ルフィージュ・インホテル5号室前
最低限の荷物だけを持った俺は部屋の外に立ち、部屋に入ってすぐの場所に立つ3人と向かい合っていた。
「頑張ってきてください。」
「丸一日あったとはいえ昨日の今日で大変だろうけど。そっちも。」
平均標高2000mのここは湿度が低く日本のように体感温度も高くない、コンクリートもないために熱も籠りにくく、山からは夏にもかかわらず涼しい風が吹いている。むしろ朝露に濡れる草木を照らす朝日を暖かく感じながら、俺は3人とうなずき合いホテルを後にした。
4時間後
・ワイオミング某大学第8研究室
「待っていましたよ。」
アポも何もなく突然研究室の扉を開けた俺に、ラファエルはまるで全てを知っているとでも言うかのような、俺を見下す笑みを浮かべたのだった、
あの笑みに流されれば主導権を握られてしまう。いつもやっているからこそそれは理解できた。理解できているのなら俺がやる事は1つ。
こちらも主導権を握りに行く。
「知っていたのなら話は早い。単刀直入に言う、レオをくれ。」
そして俺はラファエルと同じ笑みを浮かべて見せる。
相手の攻撃を避けるのではなく、その攻撃を利用して攻撃する。相手の攻撃を無力化するか、相手に攻撃が入れるかのどちらかを繰り替えせば主導権は握れるのだが。
「ふふふ。お断りします。」
だろうな。こんな安い駆け引きなどラファエルには意味をなさないか。そもそも攻撃とも呼べないほどのものだったが。
であれば……。
「お前の目的はいったい何なんだ?レオを捕獲したにもかかわらず見るのはレオ以外と言う。」
見るだけでいいのであればレオを捕獲する意味はなく、捕獲したいのであればレオだけである意味もない。
もちろん保護などを目的とした行動とも取れるが……。
あの夜ラファエルが現れた時の言葉はトウカとレオの会話を聞かなければ答えられないものだった。おそらく盗み聞いていた、つまり途中までは聴くことを了承したのだ。
「レオを隠していたと思えば、レオに群れの居場所を聞くのは止めなかった。」
レオを隠すのであれば2度目はレオの隠し場所は変えるはずで、レオ以外を隠すのであれば聞くのを止めるはずだ。
このラファエルの言動はあまりにも統一性がなさすぎる。
「………。」
答えはない。ないならないで聞き続けるまでだ。
「質問を変えよう。お前は何者だ?」
そう質問をすると、一つ目の質問中はただ笑みを浮かべていたラファエルが小さく反応を見せた。それは同じ笑みにも関わらず、どこかいたずらめいた表情で、しかしどこか純粋に、小さく息で笑う。
「2つ目は残念ながら今は答えられません。ですが1つ目にはお答えしましょう。私の目的は霧崎優真、あなたの味方もしくは敵になる事です。」
そう言ってラファエルは、俺の目を覗き込んだのだった。
〈今は〉……?
目的は味方か敵か?対照的なその2つの選択など意味を成すのか?
いや、それよりも。
「ならば、その選択で何故敵を選んだ。」
今までの行動からどちらを選択したかは分かる。ラファエルはいったい何を俺に求めていたのだ。
「邪魔をされれば敵、とはなんとも暴君ですね。」
ラファエルは溜息交じりに笑いながら、部屋の中央にある机に半ば座るようにもたれかかった。
「邪魔をしているという自覚があるのなら、味方だろうが敵だろうがそこを退け。」
俺はラファエルのような行動でではなく、態度や言葉で明確な敵意をラファエルに向ける。
するとラファエルは今まで浮かべていた笑みを薄め、ため息を吐きながら肩をすくめた。
「……まぁいいでしょう。それだけなら問題にはならない。」
するとラファエルは自らレオを隠したテーブルクロスをめくり、俺の脇を通り過ぎて足音を立てながら廊下を歩いて行った。
「それが味方としての行動なら、もっと分かりやすくしろ。」
そんな事を、もう足音の聞こえなくなった廊下を見ながら、結局味方なのか敵なのかは分からなかったラファエルに向けて呟き、俺はテーブルクロスを手に取る。
「少し我慢しろよ。」
そして未だに無言を貫くレオにそう伝え、俺はテーブルクロスでレオの入った檻を包み込んだのだった。
「……ん、んん。」
ふと気づくと隣にはヘッドセットをつけたアフロがよだれを垂らしてガクガクと首を落としていた。
「……はっ!いつの間に寝て!?すいませええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!?????」
・太平洋上空 クレーンヘリコプター機内
@ODAKA_TAIYO
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見たところで大したことも無いですがもしよければ見てみて下さい(ほとんど呟かない笑)。
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