思考時間 修正済み
「ど、どうしたんです!?」
なんなんだ奴は!!
「トウカちゃん!あとでアフロ先輩達にも言うけど日本に戻るまで、いや僕が良いと言うまでは絶対に離れないで。」
するとトウカは、手を引く俺の腕に腕を絡ませてきた。
「ずっ……と♡」
「今はそんなふざけに付き合う時間はない!」
俺はトウカの手を掴む手に力を込め、歩く速度を上げた。
「ふざっ?……ちょ、走るの早いですよ!」
・某大学 中庭
「アフロ先輩!クミ先輩は?」
いつもより声を荒げているからか俺の声を聞くとアフロは少し驚いた顔を見せた。
「分かんねぇけどさっきから動かねぇんだ!コンビニで飲み物買って中庭に戻って来たら急にしゃがみ込んだ!今は端に寄せてるけどついさっきまで中庭の真ん中でしゃがみ込んでたんだぜ!?」
それはご愁傷様だが今だけは俺もそれと同じような事をしてでも思考を優先したい。
「ここまで運んでる間に誘拐と間違われて通報された……。」
「ご愁傷様です。」
「すいませんがアフロ先輩はクミ先輩を見ていてください。くれぐれも僕から離れないように!」
アフロへの同情のお陰で少し頭が冴えた。
「僕?……って話聞いてねぇ!」
「なんかジャッカロープのレオと話してからずっと一人称が僕なんですよ。」
「へぇ、それで………ん?今なんつった?」
そんなアフロの言葉を聞きながら、俺はついさっきのラファエルの事について、大半の神経を回していく。
鉄の扉を閉めた俺は、部屋に入ってすぐの流し台で紅茶をいれる準備を進めるラファエルの横顔を見ていた。
「どうかしましたか?」
するとその視線に気付いたのか、湯沸かしポットにスイッチを入れてからティーカップを並べていたラファエルは、手元に視線を向けたままそう問いかけてきた。
「いえ、自分が手伝うまでも無かったなと思いまして。」
そう肩をすくめて笑いかけると、ラファエルもまた小さく笑い「いえいえ」と呟く。
「ではユウマさんの隣の棚にある茶葉を取っていただけますか?」
俺はラファエルの指示通り、ダンボールが並ぶ中に1つだけ置かれていた茶葉の缶を取り、ラファエルに渡した。
その瞬間。
「キャァァァァァァァ!!!!!」
さっきまでいた部屋からトウカの叫び声が聞こえてきた。
まぁ、なぜ叫んだのかの理由はもとより分かっていた。机の下に隠されていたジャッカロープだ。
さて。なぜ分かるのか、そう思ったことだろう。
こんな状態で言うのもなんだが説明しておくと。
〈超聴力〉
アルビノ、超記憶能力、ショートスリープに継ぐ俺の4つ目の〈異常〉。
この超聴力は言わばありとあらゆる異常聴覚を総称した物の事だ。
簡単に言えば耳がいい。
聞こえる距離なら人の10倍以上。音域は低音なら人間の5倍以上、高音なら人の15倍以上は聞こえる。オマケに聴き分ける力、絶対音感付きだ。
それを全て含めて超聴力と仮称している。
まあ、これだけの事が出来る人間は過去にいないため能力に名前がないだけだが……。
そして俺はその超聴力を使ってエコロケーションをしたのだ。
エコロケーションとは跳ね返って来た音を聞き分ける事で目で見ずとも周囲の状況を確認する事。
そのエコロケーションを行ったことで研究室に入る前にはジャッカロープの存在に気付き、超聴力のおかげで今も扉の向こう側の状況を把握している。
カマイタチの住処に行った時に木の葉の中のカマイタチに気付けたのも、舌打ちの音を使ってエコロケーションを行ったからだ。
余談だがこのエコロケーション、基本的には視覚の代わりに聴覚が研ぎ澄まされている盲目の人間がよく出来ると言われているが目の見える人間でも一日に数分練習するだけで身につくらしい。
まあ俺は物心ついた頃には出来ていたが。
しかしここで疑問が一つある。
クミは机の下の物に気付いていたのか?
あの様子は明らかに確信していた。だが、クミはラファエルに何かを出すことを指示していたということは机の下のジャッカロープの存在には気付いていないということだ。ならばどうやって確信できたのか。
俺のエコロケーションのような感覚的な物ならばジャッカロープの存在に気付けるはず。だがもし、気付けない程度の力なのであれば確信はできないはず。
それ以外の何かに気付いた?いや、クミが知覚できるものの中でジャッカロープと関わりがある物はラファエル程度……。
まさか、ラファエルを読んだのか?だがそんなことは……。
いや、それを考えるのは後だ。今は目の前の事に集中しなければならない。
「何でした?」
「さぁ何で……?」
ラファエルの質問に、返答しようとして俺は違和感に気付いた。
完了形?「何〈でしょう〉」ではなく「何〈でした〉」?まるで俺が聴いた(みた)事を知っているかのような。
英会話である以上、文法的に言い間違えということは無い。
俺はトウカの声に反応したふりで扉を見ていた状態から、振り返るようにしてラファエルに視線を向ける。
するとラファエルは「おや?見ていなかったのですか?」と首を傾げたのだった。
こいつ!
「……何がです?」
そう首を傾げ返すと、ラファエルは微笑むように笑う。
「あぁ、失礼しました。聴いていなかったのですか?と言った方が良かったですね。」
しらを切ってみたがまさかそこまで気付かれているとは……。どうやって気付いた。
「聴いている、ですか?」
一応断言をしないために適当に返事をするが、ラファエルは笑みを浮かべたまま言葉を発することはなかった。
「………。」
「ユウマセンパァァァイ!!!」
「先程からユウマさんは耳を済ましているようでしたので。」
待て、なぜ今黙った?俺が聞いていることが分かったこともそうだが、それよりもなぜ黙っていた?なぜトウカが叫んでから話し始めた?
いや、仮説はある。絶対にあり得ない。本来なら思いつく〈唾を飲み込んだ〉〈意識が逸れた〉〈言葉を忘れた〉の可能性よりも先に思い浮かんだこの非現実的な考え……。
〈あのまま話していればトウカの叫び声に邪魔されたから?〉
未来予知、過去変革、マインドコントロール。今はなんでもいい。ラファエルはトウカが叫ぶ事を知っていたから黙ったのか?
それとも今このタイミングで叫ばせたのか?
いや、任意的に叫ばせるにしてもラファエルはトウカに深く干渉していない。そもそも他者を任意のタイミングで叫ばせるなど俺でも難しい。
「お前は……なんだ。」
「ラファエル・トリニティです。」
するとラファエルは初めに出会った時から一切変わることのない小さな笑みで淡々と答えた。
「ふざけるんじゃない。」
……?なぜ俺は問い詰めている?まだ確証も得ていないのに仮説を事実と判断している?
「………すいません。トウカちゃんが呼んでいるので少し失礼します。」
とにかく今は頭を冷やさなければ。
いや、今の俺は正常な思考ができていない訳ではない、思考はクリアだ。だがむしろそれがまずい。正常な思考でこのような思考になってしまうのは異常だ。
俺はこの状況での最善の行動を考えながら、扉を開いた。
「トウカちゃんどうかした?」
「僕達を迎えておきながらジャッカロープを隠してるということは何かしらの理由があるはず。僕はラファエルから話を聞き出してくるから、その間にトウカちゃんはジャッカロープを宜しく。」
さて、行動の方針は決まった。いつもならすでに持っている情報から行動を決めるが、今回ばかりは不明瞭な部分が多い。ならまずは、情報を絞り尽くす。
「失礼しました。」
部屋に入ると、そこではラファエルがティーポットに湯を注いでいる途中だった。
「様子はどうでしたか?」
そう問いかけるラファエルは俺を横目に作業を続け、湯を注ぎ終えると湯気の立つティーポットに蓋をして俺に向き直る。小さく笑みを浮かべ、小首を傾げるその目は、静かに俺の目を見つめていた。
「どうやら虫が出てきたそうです。」
するとラファエルは「おや、それは失礼いたしました。」と笑う。
「どんな虫だったんですか?」
こいつ……知っていて言っているな。しかしそうなると本格的にこいつの目的が読めない。俺が聴いていると知っているのならジャッカロープに気付いていることも知っているはず。だが見つかっても大した行動は見せなかった。隠していたにも関わらず。
「見たことがないものでした。」
「それはそれは、やはり日本の物とは違うのでしょうね。見慣れない物は気分が悪かったでしょう?」
「いえいえ、日本に連れて帰りたいほどです。」
肩をすくめてラファエルに笑みを向けると、ラファエルもまた、今まで通りの笑みを浮かべた。しかし、その目は今までのものとは違い、どこか睨むような静かな目だった。
「外来種は問題ですよ。」
「心配せずとも完全な管理を行います。」
そう言った瞬間、ラファエルの動きが止まった。別にラファエルは何か動きを見せていた訳ではない。しかしその笑みが、その空気が、その思考が、止まったのを感じたのだ。
「完全な管理などありません。まして、その思考が読めないともなれば……。」
呟くように言ったラファエルのその言葉に、俺は小さく笑う。
「思考とは、ずいぶんと飛躍しましたね。」
するとラファエルは首を傾げて「虫の思考がお分かりで?」と小さな笑みを浮かべ返してきたのだった。
こいつ……。
「ですが日本にまで連れて帰るとは、よほど気に入ったのですね。」
「声をかけた際にも言った通り、珍しい生物を研究しているが故です。」
「今までにはどのような研究を?」
ふむ。そう聞かれると難しい。カラ達やキーの事を言わないのはもちろんだが、それ以外で言えることとなると、裏山を歩き回ったことくらいだ。
「大したことではないですよ。むしろなさすぎる程度です。」
今までは、その程度でUMAと出会えてきた。できすぎているくらいの奇跡だな。
「まぁ、突然ジャッカロープなどと言う未確認生物を探す無謀な行動をするくらいですからね。」
突然の毒舌だな。言い返せない。が、こうしてジャッカロープを見つけた。
「では、その研究でどのような成果を?」
「言えるようなものはありませんよ。今回も研究という名目で旅行に来たようなものです。」
そう笑うとラファエルも肩をすくめて苦笑する。
「それでどうやって管理を行うつもりで?」
隠しすぎたか。
「まぁ、必要となれば管理をして見せますよ。」
「では今はどうなのですか?」
……何の話だ。
「と言いますと?」
するとラファエルは「失礼、どうやら私は言葉が足りないようですね。」と一人笑うと、笑みを浮かべたまま、鋭く俺を睨みつけてきた。
「今この瞬間、権利できているのかということです。」
………。
「カマイタチを、ブラッグドッグを。」
っ!!一体どういうことだ!!ラファエルがカラ達やキーの事を知っている!?
「なぜ!」
立ち上がってそう問うと、ラファエルは小さく笑い、閉じられた扉へと目を向ける。
「そろそろあちらも終わりのようですね。」
俺の問いを無視したラファエルは静かに立ち上がると、その扉へと向かうのだった。
「許可しません。それの所有権は私にあります。」
「ジャッカロープっつたか!?」
「何ですか、うるさいですよ、反抗期の子供目線の親ですか。」
「お、おう。それはうるさいな……。」
大半の神経を思考に回したが周囲の音を聴くことできない訳ではない。
「あまり人の多いところで機密情報を大声で言わないでください。」
俺は思考を中断し、言い合いをするトウカとアフロに釘を刺す。すると2人は言い合う口を止め、お互いに肘で小突き合った。
「ユウマくん!!」
ユウマ先輩に怒られた私とアフロは、その原因を擦り付けるべく肘を突き合っていた。やがてそれはエスカレートしていき、いつしか向かい合って言い合いをしていると、いつの間にか正気に戻ったクミ先輩がユウマ先輩の目と鼻の先にまで顔を寄せていた。
ちょっと!!クミ先輩!?何ユウマ先輩にキスするレベルで顔を近づけているんですか!!
「クミ先輩。帰ってきたんですか。」
確かに帰ってきたけど!クミ先輩にはあまり似合わない思考時間から戻ってきたけど!!ユウマ先輩はもっと男子高校生らしい反応をするべきです!!!
そんなことを思いながらも、どこか嬉しい私だ。
「っ!?」
ほっとしながらふとクミ先輩に目を向けると、その表情は今まで一度も見たことの無いような、真剣な表情を浮かべていた。
「この際仕方ないよ。あのトウカちゃんの声真似をしてたジャッカロープを助けよう!!」
ワアァァァ!!!
とっさに塞いだクミ先輩の口からはほの暖かい吐息が漏れ、私の手を優しく撫でた………。
じゃなくて!
「クミ先輩!!さっきも言いましたけどあんまり大声でジャッカロープとか言わないでください!!」
とか言ってる私も十分大声だ。しかしそのことに気がついたのは後の祭り。私は、またユウマ先輩に怒られることに構える。
しかしその予想とは違い、ユウマ先輩が何かを発することはなかった。そしてその間にできた少しの余裕の間に、私は気付く。
「あれ?なんでレオ……ジャッカロープが捕まっていることと、私の声真似をしてたことを知っているんです?」
そう、私がレオを見つけたのはアフロがクミ先輩を連れて行った後……ならクミ先輩は?
「クミ先輩の事です、どうせドアの外で盗み聞きでもしていたんでしょう。」
すると、ユウマ先輩はそう苦笑した。
でも……。
レオの声は聞き分けられないほどにそっくりだった。なら、話の内容から偽物と分かった瞬間から、一番近いコンビニに行って中庭まで戻って来る。そして、しゃがみ込んだクミ先輩を端に寄せようとアフロが抱きかかえ、通報される。警察が来てないって事は通報を途中で止めたってことだ。つまり説明をした。そして私達が来た。
私がアフロに言ったのを聞いて、偽物の正体がジャッカロープだと考えが繋がったとしても。
どうやっても時間が足りない。
ユウマ先輩はこの矛盾に気付いていない?
いや、そんなはずない。さっきユウマ先輩は私に注意せずに黙っていた。つまりユウマ先輩はクミ先輩の様子を見ていたということ。
なら、わざと辻褄を合わせた?
そして、あの場にいなかったユウマ先輩も……なんでレオの名前を?
「あん?クミちゃんはずっと」
「トウカちゃん、さっきアフロ先輩がスカートの中覗いてたよ。」
とにかく今は……。
ユウマ先輩の言葉に首を傾げながら口を開いたアフロの前に立ち、肘を後ろに突き出す。
ユウマ先輩に話を合わせればいい……んですよね?
すると地面で気持ちよく寝ていたアフロはユウマ先輩に震える手を伸ばした。
「なん、で……。」
「今考えても無駄な事です。話を合わせてください。」
やっぱりユウマ先輩は気付いている。クミ先輩が聞いてなかった事に。
「では本題に戻ります。クミ先輩。何バカな事を言ってるんです?そもそもどうやって助けるつもりで?」
そう切り替えたユウマ先輩は、クミ先輩に目を向けていた。
おっとそうだった。今はクミ先輩がジャッカロープを助けるって言い出したんだった。
「んーと……誘拐?」
これは今思いついた作戦かな?
「はあぁぁぁ………。」
するとユウマ先輩が、わざとらしくため息を吐いた。
こんなユウマ先輩ははじめて見た。
「不可能です。」
「無理かどうかはやってみないとわからないよ!」
「無理だったら終わりなんですよ!!」
!!?
珍しく荒げたユウマ先輩の声は、それ程のものだったのか、クミ先輩とアフロだけではなく、通りすがりの学生までもが、口と足を止めてこちらを見ていた。
そして一瞬の間をおいて、ユウマ先輩はいつも通りの落ち着いた様子で口を開いた。
「……では例えば誘拐したとしてそのあとはどうするつもりで?」
「……日本に連れて帰る。」
ユウマ先輩の声に怯んだのか、クミ先輩は間をおいて返事をした。
「どうやって?」
「飛行機?」
ユウマ先輩は今度はわざとらしくないため息を付き、冷たい目をクミ先輩に向けた。
「……呆れるを通り越して、殺意が湧く。」
その声を聞いた瞬間、全身の毛が逆立ち、瞳孔が閉まった気がした。
ラファエルと会話していた時のクミ先輩と似た、しかしそれとは比にならない程の声。〈何が〉と聞かれれば〈凄さ〉としか答えられない、全身が震えるような。いや、ようなではなく事実体が震える声。
まるで〈人間ではないような〉そんな声。
違いといえば。
「ユウマ……先輩?」
クミ先輩には無かった溢れんばかりの殺気。
そんな声を発したユウマ先輩は、私の知らないユウマ先輩だった。
@ODAKA_TAIYO
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