獅子 修正済み
「ふふ、長い旅でお疲れのようですね。」
そんなラファエルの言葉に疑問を感じた私は、クミ先輩が出ていった扉に目を向ける。
疲れる?クミ先輩が?食事とスマホでゲームをする時意外寝てたのに………。
「クミ先輩……。」
「……?」
そんな私の独り言が聞こえたのか、ラファエルは優しい微笑みを浮かべながら首を傾げていた。
「まぁ、帰る前に紅茶でも飲んで行ってください。今出て行った2人の分もボトルに入れますよ。」
そう言って研究室の奥の部屋へラファエルが消えると、ユウマ先輩は「自分も手伝います。」と席を立った。
「……少し聞きたい事もありますし。」
そして小さな声でそう言ったユウマ先輩は、いつも通りの無気力な目でラファエルに続いたのだった。
「………って!」
まずい!2人っきりにしてしまった!!
奥の部屋に消えていった2人をただ眺めてしまっていた私は、その部屋の鉄の扉が閉められた音でハッと我に返り、座っていたキャスター付きの椅子を背後の本棚にぶつけながら勢いよく立ち上がってしまった。
「そこの少女。」
「え?」
そしてユウマ先輩を追いかけようと1歩踏み出したとほぼ同時、どこからか日本語で話す壮年男性の声が聞こえてきた。
あーっと………。
どこに向かって言えばいいのか分からない返答を、私は目だけで周囲を見渡しながら口にする。
「私ですか?」
「そうだ。悪いが我は隠れている身でな。声は小さく頼む。」
………。
「キャァァァァァァァ!!!!!」
「うぉいぃィぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「え?何故だ?何故叫んだのだ?我言ったはずだが?声は小さく頼むって言ったはずだが?」
一通り叫んでみてもその声の主が姿を見せる事はなく、ただ困惑した口ぶりの言葉だけが聞こえていた。
「いやいや、海外で日本語を話す隠れる身って、もうそれ犯罪者が逃げてきてるだけじゃないですか。」
「誰が犯罪者だ!」
まぁ私としては犯罪者とかそんなことよりも、姿が見えないことの方が問題だ。その姿が見えないと読めないことが多い……。
「なら早く出てきてくれませんか?姿も見せない相手だとどうも気を使う気にならないんですけど。」
すると声は納得したようにうなると「私も今どこにいるのか分からないのだ。」と言い放った。
………。
「ユウマセンパァァァイ!!!」
「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!?ん!?何故だ!?」
念のためもう一度閉じられた奥の部屋の扉に向かって助けを求めてみても、〈声〉はさっきよりもさらに困惑した様子で話すのみだった。
「いやいや、なんでって。逆に自分の居場所も分からないとかふざけた事を言ってる人が不審者意外の何なんですか。」
「人………逆に我が捕まっていると言う考えは出てこないのか?」
ああ!!なるほど!
「で、捕まってるんですか?」
「……捕まっている。」
捕まるという事は理由がある。つまり面倒ごと………。
「ユウマセンパァァァイ!!!?」
「ん!?ん!?ん!?ん!?ん!?………ん?」
ちょっとからかいすぎたかな。
そんな事をしていると、奥の部屋の扉が開かれた。
「トウカちゃんどうかした?」
「ヤバ……。」
すこしふざけて〈声〉をからかっていると、本当にユウマ先輩が来てしまったのだ。
とにかく今は誤魔化さないと。
「あのぉ、えぇっと………ゴ、ゴキブリがいたんです!でももう見えなくなったので平気です!いやぁ、ああ言うのって視界から消えたらなんかもういいやってなっちゃうんですよねぇ………アハ。」
「………。」
冷たい目、バレてるかな。
「ゴキブリ、ね。」
あ……バレてるかも?
「あ、あのですね?そのぉ……。」
「実は私ユウマ先輩の事が大っ嫌いなんです!」
………。
ん?今の、自分が出して聞いている声とは違うけど、私の声?
なんか自分の声って、改めて聞いたら自分の声だとは分かるんですけど違和感がすごくて気持ち悪いんですよね。
………。
え!?ちょっと!?何を言っている!?私の口!!
思わず自分の口を抑えるも、私の口は1ミリたりとも動いていなかった。
「大っ嫌いで大っ嫌いで!なんですか私の事をジロジロジロジロといやらしい目で見て!逆にそんな目で見る人を嫌いじゃないと!?」
口を押さえているにも関わらす、そんな私の声はユウマ先輩を罵倒し続ける。
ていうかこの声は何ですか!?誰ですか!!私の声、私の話し方でなんてドギツイ事を言ってやがるんです!!
恐る恐るユウマ先輩を見ると、その視線は私とユウマ先輩の間にある机に向いていた。
「貴方と話すくらいなら無数のゴキブリと添い寝した方がマシです!」
うっ!思わず想像してしまった。
するとユウマ先輩は視線を私に向けた。
ちょっ!?違いますよ!?
そう目で訴えながら、口を塞いだまま首を横に振ると、ユウマ先輩は小さく溜息を吐く。
「知ってる。」
え!?セリフの内容が!?それとも私じゃないってことが!?………どっちが!!?
そんな事を考えていると、私の声は自分の事を言われていると思ったらしく、ユウマ先輩の言葉に答え、会話を始めた。
「なっ!!なら何で私に関わるんです!」
「気付いた上で近付いたんだ。………〈僕〉は人の嫌がる顔を見るのが大好きだからね。」
〈僕〉?ユウマ先輩の一人称は〈自分〉じゃ?なんで〈僕〉?
「何て変態ですか!!」
確かに今のセリフだけ聞いたらただのドSにしか聞こえない。
「否定はできないかな。でもさ初対面で嫌うなんてちょっと酷いとも思うけどね。」
ん?初対面?今の答えは声に向かって言った?いやでも内容は偽物の私と会話して………。
「そんな変態のこと好きになれる方が難………初対面?」
そういう事か!!声は私の事を知らないから適当な事を言ってカマかけてるんだ!!
「ついさっき出会ったばかり……まあそれはいいとして。僕の事が嫌いなんだったらアフロ先輩達について行った方が良かったんじゃないの?」
すると私が気付いたことにユウマ先輩は気付いたのか、私にむかって笑みを浮かべながら声との会話を続けた。
「アフロ……アフロ先輩の方が嫌いなんです!」
私の声が初めて真実を言った。
「あれ?アフロ先輩とは付き合ってたんじゃないの?」
ユウマ先輩が言い放ったその言葉に私は思わず目を丸くしてユウマ先輩を見る。
ユウマ先輩?それは嘘と分かっていても口にしてしてはいけない言葉ですよ?
「っ!!?い、今喧嘩してて!それにこの部屋でしないといけない事もあるんです!!」
化けの皮ももうボロボロのようだ。
「しないといけない事……何?」
「ちょっと人を助けないと行けないんです!」
「へぇ……。」
するとユウマ先輩は長いテーブルクロスをめくり、机の下を覗き込んだ。
「あっ。」
「随分と小さい〈人〉だな。」
ユウマ先輩の後ろから机の下を覗き、私は言葉を失う。
「ジャッカ……ロープ?」
何とか頭を整理してそう呟くとユウマ先輩は「あぁ。」と頷いた。
そこには、愛らしいウサギの姿、左右対称で雄鹿のように凛々しい角、そして、未だ人間に捕まったことのない存在が、金属の檻の中に入っていた。
「僕達を迎えておきながらジャッカロープを隠してるということは何かしらの理由があるはず。僕はラファエルから話を聞き出してくるから、その間にトウカちゃんはジャッカロープを宜しく。」
そう言い残して、ユウマ先輩はひとまずラファエルの元へと戻っていったのだった。
「宜しくったって……何を?」
私が一人呟くと、めくられたテーブルクロスの奥から私の声で「さぁ?」と返事が返ってきた。
「それよりも私の事を出してくれませんか?」
何度聞いても私の声は違和感がすごすぎる。
「ならそれよりも私の声と話し方で話さないで貰えます?状況が同じという事は最初の低い声も貴方なんでしょ?」
「なんだ、己の声が嫌いなのか?」
するとジャッカロープの声は始めに聞いた低い男の声で話し始めた。
「他者に自分の声で話されるのが嫌なんですよ!!」
というよりかは気持ち悪い!!
「人間とは不思議なものだな。」
恐らく人類史上初めて捕獲されたジャッカロープには言われたくない。
でも、何でジャッカロープは会話できるのだろう。
カマイタチ……もまだ腑に落ちないけど、ブラックドッグに関しては一度死んでいる霊体だから人の言葉で会話出来るということで踏ん切りをつけた。
ならなんでカマイタチとジャッカロープは人の言葉を話す?
獣は獣同士で会話をするればいいはずなのに、なんで人間の言葉を覚えて、なんで声帯が進化したんだろう?
そうじゃない!そんなことを考えるのは後回しだ!あぁ!もう!考えることが多すぎる!
そんな事を考えながらも、私は切り替えてジャッカロープに向き直った。
「私はトウカといいます。貴方に名前はあるんですか?」
ユウマ先輩がカマイタチの時に使っていた自己紹介。
この手法は自己紹介をする事で、相手は少しの信用からくる油断をする。
「我はレオと言う。」
つまり一見時間の無駄にも思える自己紹介も相手に一歩踏み入るための重要な行ど………ん?今なんて?
「レオ……ですか?」
「レオだ。」
レオって確か獅子って意味じゃ……。
〈獅子は兎を狩るにも全力を尽くす〉と言う言葉と共にウサギがウサギを追いかけるイメージが頭の中に浮かんだ。
思わず顔に出そうになる笑みを噛み殺しながら、私は「ま、宜しくです!」と偽物の笑みを浮かべた。
「宜しくする前に我を檻から出してくれぬか?」
「その前に質問です。あなたはなんで捕まっているんですか?」
「………。」
………。
「我にも分からん!」
貯めた挙句の答えがコレ!!
思わず溜息をついて私はレオの目を見る。
「もういいです。でも出すのはユウマ先輩が戻ってきてからですからね。」
そう言うと「なぜ!?」と声を上げた。
「ラファエルとの話し合いの結果次第です。」
ユウマ先輩が聞き出してきた内容によってはジャッカロープの扱いは変わってくる。
「ではレオ?あなたはここから出たとして、どうするつもりですか?」
「………。」
………。
「分からん!!」
貯めた挙っ、いやもういい。
「レオが今どういった状況なのかにもよって私たちの答えは変わりますが、もしよければ私達の国に来ませんか?貴方が元いた場所よりは狭いかも知れませんが、貴方が誰からの危害も施しも受けずに生きていけるだけの広さはあります。おまけにその範囲内であれば人間に捕まることはありません。」
カマイタチにあの裏山での生き方を教われば十分に可能な話だろう。
これだけで付いてくる理由は十分にできた。はずだけど。
「……いや、悪いが我は群れの一員。群れを置いて行くこ」
「ならその群れごと歓迎します。」
レオの言葉に割り込んでそう言うと、レオはウサギ特有の無機質な目を私に向ける。
今、返答までに一瞬間があった。つまり一瞬とはいえ選択肢の1つに割り込めた。あとはレオの気がかりをつぶせばいい。
「……なら。」
「許可しません。それの所有権は私にあります。」
突然、背後の扉が開かれて言い放たれたその声に振り返ると、その言葉の主であるラファエルを追い越してユウマ先輩が駆け足で迫ってきていた。そして、通りすがりに私の腕を掴むと「トウカちゃん、一度クミ先輩達の所に行こう。」と私の腕を引く。
「ユウマ先輩!?」
「失礼した。」
ラファエルの顔を見ずにそう言ったユウマ先輩に手を引かれる私は、訳も分からないまま研究室を後にしたのだった。
「この紅茶、自信作だったのですが……。」
そう言ったラファエルは、湯気の立つティーカップを手に、我に微笑みかけてきた。
「さて、この後はどうするのでしょうか。」
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見たところで大したことも無いですがもしよければ見てみて下さい(ほとんど呟かない笑)。
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