U.File 4 ブラックドッグ 修正済み
「………誰がだろうか?」
「お前だろうよ。」
白髪の男がそう言った。
確かに私の存在は人間には知られていない。なるほど、それが目的か……。
あの日。あの満月の夜。
まぁ、昨日の話なのだが……。
・六甲山 屋敷跡地
昔は立派な屋敷が建っていたここも、長い時の中で自然に帰り、そして今となっては人に踏み入られてただの更地となった。
しかしそうなってもなお、ここを守る私はさしずめ駄犬だろうか。
そんなことを考えながら、私は積み上げられた鉄材の上で、月明かりに照らされる重機を眺めていた。
今夜は満月。
隠れる身としてはあまり動きたくはない……が。
「………。」
先程から何やら虫達が騒いでおる。
「!!?」
すると、空から風を切る音が耳に届いた。
今日の風は弱い。今この辺りに人間は近よらんし、鳥は夜飛ばなければ獣の速さでもない。
第一、獣も人も空から降ってきはせん。
結局結論が出ることはなく、音の聞こえる空を向いたとほぼ同時。私の視線の先に1人の人間の男が降ってきた。
訂正しよう、人間は降ってくる。
いいや、<舞い降りた>という言葉の方が合っておるかもしれん。
着地の衝撃で揺れた白銀の髪は月光に輝き、夕焼けのように赤い瞳は真っ直ぐと私を見つめる。
「………。」
間違いない、奴は学び舎で私に飛びかかって来た人間だ。
あの人間がただの人間ではないことは一目で分かっていた。学び舎で私に飛び掛かり、空から降ってきたこともそうだが、何か奥の見えない………とてつもない物を感じるのだ。
その人間を我が主人の言葉で表すのなら<天使>という言葉がふさわしいのだろう。
しかし、その人間を私の言葉で表すのなら<敵>と言う言葉を当てはめよう。
数百メートルは離れているにも関わらず、真っ直ぐ私に向けて殺意を放っておる。虫達が騒いでいたのもこの人間の殺意を察知していたからだろう。まさに虫の知らせだ。
すると人間は、私に向かって歩みを進め始めた。
……どうしたものか。あの殺気では話し合う事も出来んだろう。逃げると言うのが正解なのだが、<ここ>から逃げる訳には………。
あまり人間は襲いたくなかったが……やむ終えん。
<喰え>
そう虫達に命ずると、私の体から約3割の虫が人間へと飛んで行く。
良いものを食って肥えた人間の肉、栄養は十二分だ。
暴食の虫は人間を包み込み、瞬く間に食い尽くす。
………はずなのだが。
いつもなら数秒で骨一つ残さず帰ってくる虫たちがまだ人間に集っておる。
「やはりな……。」
すると虫達の中から、人間の声が聞こえてきた。
あり得ん!!常に肉を切り離しておるのだぞ!?そんな中で生き続けるなど!!
「お前に虫が寄生しているわけではなく、虫と共生、いや利用しているのか。」
虫に覆われながらも歩みを進める人間は突如として私と虫の事を言い当てた。
しかし、それも驚くべきことだがそれよりも、今もなお食われ続けているはずの人間からは恐怖が、そしてさっきまで溢れ出ていた殺気が無くなっていたのだ。
あの人間はまずい!かと言ってこれ以上虫を無暗に使うわけにもいかん。
なぜあの人間は食いつくせんのだ。それ以前に一体何のために。
そんなことを考えている最中も私に近づいてくる人間を見て、私はふと気が付いた。生きていた頃ですら分かることのなかった人間を、死してからも分かるはずもないのだと。
私は一度天を深く仰ぎ、私の目の前で立ち止まった人間に目を向ける。
この人間をどうにかすることはできない。しかしこの墓を守り、守り続けるためには迷っている暇などない。
私は人間を睨みつけ、残りの虫たちに命じた。<喰い尽くせ>と。
出し惜しむことなく放たれた全ての虫達は、人間をまとい、喰っていく。先ほどと比べると約3倍の数。しかし虫達が人間を喰い尽くせる様子はない。だがあくまで虫達は目くらまし、あとは私が隙をついて人間の喉を喰いちぎる。
人間に悟られぬよう、ゆっくりと足に力を込めていく。
「心配するな。俺はお前を傷付けはしない。もし話し合いに同意するのならお前の守っている……いや、守りきれなかった墓の取り戻し方を教えてやる。」
そして人間に飛び掛かろうとしたその瞬間。虫に覆われて姿の見えぬ人間は、虫達の羽音の中そう言い放った。
その言葉は、ここに墓があり、私がその墓を守っていることを知っているとほのめかしておった。
「話し合いだと?今はないとはいえ、あれだけの殺気を放っておきながら何を言う。」
すると、人間は小さく笑う。
「それはお前に襲わせ、力を分からせるためだ。」
あぁ、そんなことをせずとも分かっておった。どれだけ虫達に喰わせようとも、どれだけ隙を突こうとも、どれだけ喉を喰いちぎろうとも、この人間にはかなわん。
だが、
「なぜ分からせる必要がある。」
「おかげで、今俺の話を聞いているだろ?」
……確かに、たとえ殺意がなくとも、私はなにかしらの方法でこの人間を追い払おうとしていただろう。そしてそれでも無理なら、今のように虫達に喰わせておった。
では、この人間は本当に話し合いのために?……だが墓を取り戻す方法など。
「………。」
いや、どうせこの人間にはかなわんのだ。
<戻れ>
全ての虫達にそう命じた。
「手荒な真似をして申し訳なかった。」
鉄材の上に座ったままの私は、人間と目線を合わせて謝罪の言葉を口にする。
すると人間は「俺がそうさせたことだ、気にするな。」と笑みを浮かべた。
「それよりも本題に移っていいか?」
この人間は最低限主義のようだ。
「ならば私も簡潔に聞こう。墓を取り戻す方法とは一体何なのだ。」
墓を取り戻すことは最善だ、だが見返りもなくそんなことをするとは考えられん。
この返答によっては断らなければならないか………。
「その前に質問だ、お前が守りたいのは墓か?それとも死んだ人間か?」
静かに私の目を見る人間に、私は答えを口にする。「双方ともよ。」と。
すると人間は「そうか。」と小さく頷いた。
「ならば半分は守れないかもしれない。」
つまり半分を守る事は可能……。
どちらを守れぬのか。それを問おうとすると、その前に人間が口を開く。
「いい話と、悪いかもしれない話、どちらを先に聞きたい?」
………。
「悪い、かもしれん方が先だ。」
返答を聞いた人間は、私から視線を外すと、更地となったこの土地を見渡した。
「さっき言った守りたい墓。ここを工事した人間によると、墓のようなものは見当たらなかったらしい。」
どこか申し訳なさそうに言われたその言葉に、私は「それはそうだろう。墓はとうの昔に形はなくなった。」と小さく笑う。
「そうか。……なら分かるとは思うが、無い墓は戻らない。」
「あぁ。」
「だが1つ墓に代わる物を作り、そこで埋葬された人達を葬ることならできる。」
すると人間は私に視線を戻し「もちろんお前が建設の邪魔をしなければの話だがな。」と笑いながら付け加えた。
確かに良くはなかった。だが新しく作る。つまり……。
「良い方は?」
「先に言ってしまったようなものだが、ここには建物が建つ。もちろん俺達に墓の場所は分からない。このままお前が遺骨の場所を教えなければ、高確率で墓の上に建物が建つだろう。もちろん、その邪魔をするのなら俺はあらゆる手でお前に対処する。だがもし、その場所を教えるのなら、遺骨の移動、もしくはその場所に建物が建たないようにすることができる。」
ならば返答は決まっている。だが……。
「人間がそれだけのことをする。その条件は何だ。」
そう睨みつけると、人間は淡々とその答えを口にしていった。
「もし後者を選ぶのならば条件が2つある。」
やはりな。
「なんだ。」
この話の本題はここからだ。ここでどれだけ優位に立たれないか。そこが肝になる。
そんな考えが顔に出ていたのか、「そう不機嫌になるな。」と笑われた私は、表情を引き締める。
「条件1、墓と主人を守る代わりにここ一帯の警備と防衛をして欲しい。さっきの虫を見る限り、命令で動くようだし、物を食うのなら繁殖出来るという事だろ?」
あれだけの情報でそれだけの情報を……。
「だから虫を大量に繁殖させてこの山全てを警備してくれ。人間から獣まで、怪しいものが居ればまずは俺に伝える。そして、もしそいつを敵と判断したのならば防衛用に繁殖させた虫でそいつを殺してくれ。」
なんと横暴な。
「繁殖と言ってもそれだけ増やすとなれば栄養が必要。第一虫にも寿命や体力がある。虫を最低限繁殖させてあまり動かぬように配置したとしても、うまく機能するのはせいぜい半日、不可能だ。」
すると人間は天を仰いで、私の言葉への答えを口にしていった。
「栄養なら山のように手にはいる。俺を食おうとしたという事は肉でいいんだろう?そしてお前が頭の中で考えた虫の数で半日持つのならその数倍まで繁殖させて虫の警備を交代制にすれば良い。交代も細かくすれば、虫1匹が機能する時間も増える。」
それは、まるで予測していたかのように完璧な答え。確かに栄養が山のように手に入るのなら、今言ったことも可能だ。
「………2つ目の条件は?」
「俺はこの山の反対側にある学園の生徒でな、ある活動をしている。その活動に参加している奴らと、友達になってほしい。」
………あ?
「………あ?」
思わず聞き返すと、人間は「その反応になる気持ちも分かる。」と笑った。
「だがどうだ?今の条件を飲めば墓も主人も虫の餌も手に入るんだ。悪い話ではないと思うが?」
確かに、無理難題な条件ではなかった。だがこの山の警備をする理由はなんなのだ。
「もしかしてだが、この山を警備する理由でも考えているのか?」
「っ!?」
「やはりな。それならさっき言った奴らに会えば分かる。」
………。
という事があり。私達が出会った事を隠すように言われた私は、指定された日暮れにここに来たのだった。
<墓が守られる>と言われて思わず仲間にしてくれと頼んでしまったが、今は警備する理由を聞きに来ただけだ。警備する理由によっては取り消さなければならない。
……例え、この人間に抗わなければならないとしても。
「とは言え、お前は俺達の活動の事を詳しくは知らないだろ?俺達は未だに人間に見つかっていない生物を発見、保護する活動をしている。」
そう説明をした白髪の男は、最後に「そしてその生物に、お前も含まれている。」と言った。
「……少しそこの人間と2人になってもいいだろうか?」
昨日の話の続きとして話すために白髪の男を見てそう言うと、その他の人間とトカ……ツチノコは困惑した様子で部屋を後にした。
「………友達になれと言ったのは人間に見つかっていない者の捕獲が目的か。」
すると、私の目を見てその問いかけを聞いていた人間は、ゆっくりと窓の外に視線を移した。
「いいや、単純に友達になりたいだけだ。だが今の世界はそういう奴らにとって住みにくいのは事実。住処を奪われ、見つかれば捕まり、最悪殺される。だからそんな人間から保護し、対等な関係を築きたい。まあ、保護と言えば聞こえは良いが、言い方を変えればこれも捕獲だ。だから強制はしない。」
そして、窓の外から私に視線を戻した人間は、静かに微笑んだ。
「昨日はああいったが、もしお前が条件を飲まなくても新しく墓に代わる物は作る予定だ。まぁ、遺骨の場所が分からない限り、その上に建物が建つ可能性はあるが……。」
………嘘の匂いはない。それ以前に足のないトカゲ。ツチノコがあそこまで人に懐いている時点で真実である証明だ。この人間はあれを見せたかったのだろう。
「では山の警備をする理由を聞かせてくれ。確かに人間の出入りの多い山だが、あの建物で保護するのならそこまで気にするほどではないはずだ。」
むしろ、無暗に殺せば人間が集まりかねん。
「俺達は友達になったとしても、さっきの人間達以外に報告する気は無い。俺達が言えた事じゃないが、人間は身勝手で強欲だからな。だからこそ誰にも見つからず、誰にも邪魔されない広大な場所を拠点にする。」
………まさか!
「山を丸々使う気か!?」
人間は口角を上げると小さく頷いた。
「あぁ。住処を失ったり、危険に脅かされたりしている生物を保護するためにな。」
なるほど、ならば怪しい者を殺すのにも納得だ。
「フッ……。」
人間にも色々いるものだな。
出来るかなどとは聞かない、私の虫から生き延び、さらに私と主人を救える男。
ならば十分信用に値するだろう。
私はふと主人の言葉を思い出す。
「逃げるのも自由。襲うのも自由。だからあなたに主人としての強制はしない。でもね、もしあなたの選択で私について来てくれるのなら。それは………とても喜ばしいことだわ!」
あの時は意味を理解できなかったこの言葉は、まるで今の私に向かって言っているかのように思えた。
「分かった。お前さんの条件を飲もう。」
そう言うと、人間は今まで見た中で最も優しい笑みを浮かべた。
「お前さん、ではなく俺はユウマだ。霧崎優真。」
「私はキーだ。よろしく頼む……ユウマ。」
………よかった。
「これで主人が忘れられることはないのだな。」
「主人が埋葬されていたのか?」
………。
「あぁ。私の自慢の主人だ。」
するとユウマは微笑み、ただ一言「そうか……。」と呟いた。
「では遺骨の件はどうする?場所は移動させるか?」
そう問いかけてきたユウマに、私は首を横に振る。
「いいや。主人はずいぶん昔に死んだ。墓と同じくもう形はないだろう。そのまま静かにしておいてやってくれ。」
「土葬だったのか?」
その問いかけに私が頷くのを見ると、ユウマは「そうか。」と呟いた。
「他に必要なことはあるか?」
必要なものか………。
「主人は自然が好きだった。できれば周りに木々や草を生やしてやってくれ。」
「分かった。だが、どれだけの人が埋葬されているのかは分からんが、墓の広さによってはたくさんの木というのは難しいかもしれない。それは分かってくれ。」
そう言ってユウマは目を伏せた。
やはりな。
「昨日も<人達>と言っていたが、あそこにいるのは私の主人だけだ。」
するとユウマは私に視線を戻し、「そうか。」と笑った。
「なら、恐らく希望通りにできるはずだ。埋葬された場所などはまた詳しく聞きに行く。」
「ああ。よろしく頼む。」
「ところでユウマ。昨夜はどうやって私の虫から捕食を逃れたのだ?」
互いの名を明かし、暗くなった窓の外を見ながら私は疑問を投げかけた。
これだけが引っかかっていた。私の虫はあらゆる物を食う種、ユウマには逃れる方法などなかったはずなのだ。
「逃れてなどいない。俺は確かに捕食された。」
?
「ならなぜユウマは?」
すると私と同じく窓の外を見ていたユウマは、自分の手を眺めた。
「俺は多少特殊な部類の人間でな、あの程度の速度なら食われるスピードよりも再生する速度の方が早い。」
「なっ!」
………人間にも色々いるもの……だな?
・海星学園 高等部棟 UMA研究部室
今日はひとまず自己紹介だけを済ませ、キーが帰った後、俺達UMA研究部員はカマイタチの時と同じく、部屋の中央に置かれた裏山のジオラマを囲んでいた。
俺は今回の件について、昨日俺がブラックドッグと出会ったことは隠したまま、大まかな経緯を説明した。ブラックドッグの守る墓が、アフロの建設現場だったということ。建設現場の事故は墓を守るためにブラックドッグが起こしていたこと。そしてブラックドッグがここに訪れたのは、墓を守り切れないと悟り、守って貰うために頼みに来た、ということにした。
「なんだかんだ今回もうまく言ったなぁ!」
するとついさっきまで困惑してしていたアフロは楽観的に笑った。
「うまく……というかは奇跡ですよね。元は敵対していたらしいですし。」
もとの原因がアフロの建設工事ということを知ったトウカがアフロに鋭い視線を向けると、アフロは顔をしかめながらも「そうは言うが、それがなければキーとは出会えなかったんだぞ。」と小声で反論した。
するとブラックドッグのフィギュアを眺めるクミの頭の上でツチノコが唸り声を上げた。
「でもそれだと何でキーはこの学園に現れたのかしら。」
そんなツチノコの疑問にトウカは首を傾げながら答える。
「それはアフロ先輩がいるからなんじゃ?」
「でもその時はいなかったんでしょ?そのタイミングで学園に来たってことは匂いを辿って来たとしか思えないし、でもそうだったらその時本当にいた場所に行けるはずじゃない?」
静かに納得したトウカは「確かに……。」と小さく頷いた。
「言われてみればそうですね。」
そう、それだけが俺にも分からなかった。
「ん?そのキーが初めて来たのはいつの話だ?」
「7月2日です。」
そう答えると「なんで即答できるんですか。」と隣でトウカが呟いた。
するとアフロ内ポケットからスマホを取り出し、手の動きからおそらくスケージュールを確認し始めた。
「あっ!俺その日、他の仕事で本社行ってたんだ!ヘリで。」
「「ヘリで!?」」
トウカとツチノコが声を揃えた。
「ヘリで……。」
金持ちと凡人の会話ではこう言う時がある。
「そりゃ匂いも辿れないわね。」
「だから1番匂いの濃い学園に来てたんですね。」
まあ、原因が分かったのであればそれはもういいだろう。
「ところでアフロ先輩。中止されていたマンションの建設はどうなったんです?」
「ん?ああ、さっき廊下で電話して来週からデモ作業を再開出来るようにしておいたよ。」
スマホを内ポケットになおすアフロは、俺の問いかけにそう答えた。
「ん?出来るようにしておいた?しないんですか?」
するとアフロの失言に気付いたトウカは棒付き飴を咥えたまま首を傾げた。
そんなトウカの言葉に固まったアフロを横目に、俺はクミの持つブラックドッグのフィギュアのついた押しピン取り、ジオラマ内の建設工事の場所に刺した。
「これでブラックドッグ。達成です。」
クミは終始無言だったな……。
@ODAKA_TAIYO
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見たところで大したことも無いですがもしよければ見てみて下さい(ほとんど呟かない笑)。
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