第04話 森の城のノア様
南の森に出て、バジルを摘み取った。ハーブ類は群生しているので、少し探せばすぐに見つかる。
ついでに野いちごを取り、おやつにした。たくさん採ってケーキにしよう。
トレニアもあまり学校には行っていない。昼間はだいたい一緒にすごしている。彼女は学校で習うようなレベルの魔法は、自由に使える。火を指先から出したり、擦り傷を治すくらいは造作もないことだ。
練習なんてしなくてもできる、と彼女は言うが、それができないから困っている。
家に着くなり、トレニアが、
「ところで、リリーは好きな人いるの?」と笑った。
「えっ……」
「だって、こないだ、『惚れ薬あったら、あたしが使いたいよ!』って言ってたじゃない」
……私は。トレニアの洞察力をナメていた。
「いるんでしょ? 学校の子?」
「……違う」
「そう。誰?」
「そっ、それは言えない!」
「そう」
ハーブを洗って、茎から葉をちぎる。
バラの絞り汁を取るため、トレニアはバラの花びらをぷちぷちとちぎった。
「……」
「……聞かないの!?」
「ホラ、聞いて欲しいんじゃん。リリーは素直だね~」
……しまった。
■
「ノア様っていうんだけど」
ラウネルの南の森には古城が点在する。
この国が小さな領土を保っているのは、ほんの100年ほど前の統一戦争の歴史がある。
その話は長くなるから省略するとして。
「このあたりは、当時の城がポツポツ残ってんだよね」
ある日、木苺を取りに森に入って、迷子になった。
夕暮れ時の、オレンジから紫色に染まる空が、森の間から見えた。村に着く前に日がとっぷり暮れて、さすがにまずいかな、と思い始めた頃に、古城にたどり着いた。
村の方角を教えてもらおう。うまく行けば、空を飛んで村まで送ってもらえるかもしれない。もっとも、魔法を使える人がいればの話だが。
「すみませ~ん……。誰かいますか?」
城を囲む、荒れ果てた庭から、灯りが見える方に進む。
「誰かいるのか?」
「キャッ!」
背後から声をかけられ、あたしは飛び上がった。
今、ここに誰もいなかったよ!
おそるおそる振り返る。
「……これは、小さなお客さんだな。密偵ではないらしい」
くす、と笑った、そのひとは、今まで見たことのないくらい柔らかそうな笑顔をしていた。
夕暮れの闇に、白い上着が浮かび上がるように見える。
光を放つかのような銀色の髪に釘付けになる。
「……」
「大丈夫? 具合悪いのかい」
「あ、あの、勝手に入ってすみません」
「いいよ。君は? どこから来たの?」
「ラウネルからです」
うちの村には、こんな綺麗な人がいたかどうか。
いや、いない。
「私の城になにか用かい?」
「森の中で迷ってしまって……、帰れなくて」
「……それは困ったね。私が送ろう」
上着のデザインが、少し古風な気もしたけど、「ついておいで」と言われて、慌てて後を追う。
この人、歩くの速い!
暗くなった森の中を、ずんずんと進む。
「ああ、少し早かったね」
そう言って、その人は私の手をつないでくれた。
「綺麗な赤毛だ。素敵だよ」
「あ、えっ……、あっ、ありがとうございます」
細くてひんやりした指で、私の耳に花を飾ってくれた。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
「私はリリー、リリー・ロックといいます。お名前を伺ってもいいですか?」
「私はノア。ラウネルの人間で私の名を知らない者がいたとはね」
笑う時、口元に手をもっていく人なんだな……。
余裕があるっていうか。
(綺麗な、ひと……)
髪を耳にかける指の動きに、目を奪われた。
村の近くまで来ると、その人は「今度は迷子にならないようにね」と言って、帰っていった。




