第35話 光の種
二人が決めた結末。
「……リリー。答えを聞いたね?」
「違う」
「じゃあ、答えを用意してきたんだね」
「それは当たり、です。自分で出した答えなの」
本当はノア様といたい。おばあちゃんとトレニアは悲しむだろう。
せめて私の気持ちを聞いて、欲しい。
彼には、今の私を全部知っていて欲しい。
「私、自分が何をしたいのか、どうしたいのか、ずっと解からなかったの」
「うん」
「でもノア様は、私に聞いてくれたよね。『君の望みは?』って」
それから考えた。
変わりたい、強くなりたい。
私が欲しかったのは、昨日とは違う自分。
「ノア様に認めてほしかった」
だから、頑張れた。
トレニアが、支えてくれた。
黒百合の女神が知恵を貸してくれた。おばあちゃんが見守ってくれた。
「一人じゃないってわかったの」
『君にしかできないこと。君がやるべきことなんだ』、ノア様はそう教えてくれた。
それは、自分を信じること。
でも、気付かせてくれたのは、ノア様だったり、トレニアだったり、おばあちゃんだったり、黒百合の女神だった。
やっと気付いた。やっとわかった。
愛されていることに。
ノア様と出会えて解かった。
「ノア様がおばあちゃんを守ってくれたから、私がいるの」
ひとりじゃない。
ひとりじゃなかった。
みんな繋がってるんだって、わかった。
「ノア様のことが……好きです」
良かった。
ちゃんと言えた。
「リリー……」
「ノア様とずっといたい。……でも……おばあちゃんとトレニアは悲しむから」
きっと、二人はノア様を恨むだろう。
そんな思いはさせたくない。
黒百合の女神も「どうして止めなかった」と責められるだろう。
自分だけの気持ちを押し通して、周りに悲しい思いをさせることはできない。
ノア様についていって、……彼や黒百合に我慢を強いることはできない。
誰も幸せになれない。
それは、私の望みじゃない。
だから……。
「ごめんなさい。一緒にはいられない」
さよなら、ノア様。
「……リリー。顔をあげて」
ノア様の口調はいつも柔らかくて、心が落ち着く。
この人の目は、宝石、だ。見つめるとうっとりする。
声も指先も。
……全部、好き。
「私も、君が好きだよ。たぶん、初めて会った時から」
「……それはおばあちゃんに似てるからでしょ?」
「違う。……それは違うよ、リリー」
「じゃあ、惚れ薬を飲んだから?」
「君は、あの薬を何時飲んだ?」
「えっ……。最初に作った時……だと思う」
じゃあやっぱり違うよ、と笑う。
「あの薬はね。二人で一緒に飲まなきゃ効果がないんだ」
「……?」
「だから、私が君を好きになったのは、君の実力ってことさ」
「でも……嬉しいよリリー」
「……ノア様」
「私は、もう、この城で一人きりだとずっと思っていた」
ローズと会えなくなって、誰もこの城を訪れなくなって、
森を守る意識としてだけの存在になり、長い時間が経った。
「この森は、黒百合の女神の力を借りて維持している。結界が破られないように、敵が侵入してこれないように」
「ノア様は幽霊なのよね? どうして、私たちは……触れられるのかしら?」
「それは、リリー、君が望んだからだよ」
城の前で、リリーが「誰かいませんか?」と言うから、姿を見せた。
透明なままでは、気付かないだろうから、形を作った。
「黒百合の女神の姿に近いと思えばいい。彼女は精霊だから、実体があっても、血や涙が流れることはない」
すっと手を握られる。
「ほら、手もつなげる。君の髪に触れることもできる。偽りの姿であっても、ね」
神や精霊に近づいた存在。
……やっぱり、私は、ノア様とはいられないのね。
この銀色の髪も、アメジストの瞳も、私のもの。
今日だけは。
「ところで……。ねえリリー。ローズは幸せに暮らしているんだよね?」
「ええ。おばあちゃんは幸せよ。だって、育ててもらった私が幸せなんだから」
そんな風に思える日が来るなんて、思ってもいなかった。
私はいつも淋しかった。
でも、おばあちゃんはいつもそばにいてくれた。
「……」
私には、おばあちゃんがいた。
トレニアがいた。
でも、おばあちゃんには?
「……ねえ、ノア様。本音を聞かせて」
「なんのことだい」
納得できない。
「……そうよ。ノア様は後悔してないって言ったわ」
違う。
違うわ。
「国を守るのがノア様の仕事だったかもしれない。でも、黒百合に聞けば……、貴方が彼女に聞くべきだったのは、『攻め込まれない方法』じゃなくて、『勝つ方法』だったんじゃなの!?」
「リリー?」
初めて、黒百合の女神に会った時、彼女は言ってた。
別の方法はあったって。
「あなたは『1回でだめなら、100回やってごらん』って言ったわ。100回戦ったら、隣の国に勝てたかも知れないじゃない」
「負けたら? もっと大勢の犠牲者が出た」
「ノア様は『負けるかもしれない』って想像して怖くなったのよ。だから、ノア様の現実はそうなった。貴方が選んだ未来だったのよ」
私は一気に喋った。
そしておばあちゃんに「ノア様の気持ちはどうなるのよ」なんて言った自分を恥じた。
問題は、ノア様が「できない自分」を受け入れたこと。
「負けるかもしれない、おばあちゃんを失うかも知れない……。ノア様がそう思ったら。そう思い込んで、黒百合の女神に聞いたからまずかったのよ。『勝てる方法を教えて』と聞けば、きっと彼女は答えてくれたわ。でもそうしなかった」
本当にノア様が望んでいた未来は。
「おばあちゃんとともに生きることだったはずよ」
「……そう、か」
そうだ、思い出したよ、と彼はつぶやいた。
「あの時の私は、戦を前にして、怯えていた」
怖かったことを、誰にも言えなかった。
逃げ出してしまいたかった。
自分が始めた戦いなのに。
勇気を出せたのはローズがいたからだ。
彼女は私に、戦う勇気をくれた。
彼女の光が、怯えていた僕を照らしてくれた。
だから……守りたかった。命を使っても。
「君は、間違っていたと言いたいんだね」
『私を使ってくれ、女神よ』
『何故そこまでする? 別にローズでも構わないのよ?』
『彼女の幸せが私の望み』
誰よりも願っていた、ローズの幸せ。
叶えられると信じていた。
「私は自分が正しいと思っていた。リリー、君は違うと言いたいんだね」
「……やり方を間違えただけよ。ノア様は」
そう。
方法を間違えただけ。
現に、私は守られて、生きてる。
ノア様がいなかったら、私は今、ここにいない。やり方は間違ったかもしれないけれど……。
「私は……貴方にとても感謝しています」
伝えなきゃいけないこと。
好きでも、愛してるでもない。
「ノア様。……ありがとう」
ノア様は、もう一度私を抱き締めてくれた。
ふんわり、とノア様の銀色の前髪が触れた。
たぶん、この人は、自分の過ちに気付いていた。
ドレスを着せてくれたのも、宝石をくれたのも、本当はおばあちゃんにしてあげたかったこと。
あのバラ園も、きっと。
彼が描いた、幸せな未来。
私は一瞬それに付き合った。
それでもいい。
それでも、いいよ。
私はノア様と出会えた。
「ノア様が笑ってくれたから、私は嬉しいよ」
「リリー……」
「私が望んだ彼女の幸せは……君が生まれた奇跡に続いてる」
ノア様の手が私の髪を撫でた。
「君が生まれてきたのなら、私の生は意味がある」
ローズが生きて、そしてリリーが生まれた。
私は彼女を守れたんだな。
不器用だったローズ。不器用だった私。
ローズのため、国のためと自分に言い聞かせながら、彼女を悲しませる選択をした。
幸せにするといっておきながら。
「私の死は無駄じゃなかった。私が生きたことは、無駄じゃなかったんだな」
「うん。ノア様がいてくれて、良かった」
後悔はしていない。
ただ、『本当に正しかったのか』、不安だった。
ローズが泣いていたのを知っているから。
「君は私を認めてくれるんだね」
間違ってると言いながら、それでも、リリーは「ありがとう」と言ってくれた。
私は、自分をもう一度愛することができる。
「十分に幸せだよ。出会えただけで……。リリー、君に会えた」
「ローズに伝えて欲しい。必ずまた会えるから、と」
「……わかりました。必ず、伝えます」
約束、と私たちは指切りをした。
これで2回目ね。
「君は誰かの光になれる」
私にとっての、ローズのように。
忘れないで、ひとりじゃない。
「今、そばにいる人たちだけじゃない。これから出会う人の大切な存在なんだ。忘れないで。未来で君を待っている人がいることを」
「未来で……?」
「そう。これから、君を待ってる人がいる。君が探しに行かなくちゃいけない」
王子様は、自分で見つけるんだ。
「見つけられるかな私に」
「必ず、見つかるよ。君はもう、女神の力を使えるんだからね」
「女神の力?」
「黒百合が、君を嫌いじゃないなら、君が彼女を嫌いでないなら。いつでも君は力の使い方を学ぶことが出来る」
学ぶって、どういうことなんだろう。
ノア様は笑って、「君はもう解っているよ」と言った。
「君はすべてを変えられる。誰にでも、その力はあるんだよ」
今は眠っているだけ。
だから、君を帰さなくてはいけないね。
この森から。
王子様を探しに行かせないとね。私以外の誰かを見つけるために。
だから……さよなら。
「ちなみに、うちの家系は有望株だよ」
「ぷっ……」
「君の理想に近ければいいけど」
「……そうね。ノア様みたいな人ならいいな」
もう終わりなのね。
私たちが決めた結末。
「さよなら、ノア様」
「さよなら、リリー」
誰にも内緒だよ。
ノア様と私は、一度だけ、キスをした。
初めてのキスは、柔らかかった。
明け方の、月の光、みたいに。
光の粒になって、ノア様は消えてしまった。
ノア様は消えることは無い、ただ、見えなくなっただけ。
きっと、私にはもう見えない。
そして私は、自分の足で城を出た。
もう、二度と来ることは無いだろう。
■
窓から、城を出るリリーを見つめていた。
涙をこらえている自分が可笑しくて、私は無理に笑った。
……二度までも、愛した人と別れなければいけないなんて。
それが私の罰なのか、戦を始めて、大勢の命を奪った私の。
永遠にこの森で、私は一人きり。
それでも構わない。
……そう思っていた。
違った。
違ったんだな。
私が過ごした長い時間は、彼女に会うための待ち時間。
思い返してみれば、ほんの一瞬だったじゃないか。
「退屈させない女だな……。二人とも」
私が生きた証は、ローズが生きて、そしてリリーが生まれてきたこと。
私の魂は永遠に救われる。
ひとりぼっちじゃない。
恋人にも、家族にもなれなかったけれど、こうして出会えた。
君は光の種、きっといつか大輪の花を咲かせる。
ありがとう。
君に出会えて良かった。
■
城を出ると、トレニアが待っていてくれた。
黒百合の女神と、シャーロットも一緒だ。
「良かった! 帰ってきたんだねリリー」
「トレニア……」
黒百合が連れてきてくれたのよ、とトレニアは言った。
「もう、会えないんじゃないかって、ちょっと思ってた」
「……私も、ちょっと迷ってた」
「ノア様のとこに、行こうとしてた?」
「……うん。ほんの少しね」
もう会わない。
二度と会わない。
たぶん、私とノア様の約束。言葉にはしていないけど。
「トレニア、私、ちゃんと言えたんだ。好きですって」
「……そっか! 良かったじゃん」
「トレニアのおかげだよ。私がくじけそうになると、いつも助けてくれるから」
リリーが頑張ったんだよ、とポンポンと、髪を撫でてくれた。
これは、シャーロットの癖なのね、きっと。移ったんだ。
もう、友達の彼氏を羨んだりしない。
……ノア様のそばにいたかった。
いたかったよ……。
「あたしね……。黒百合がノア様を殺したと思ったの。ひどいって思ったの。違ったのに……」
「……リリー?」
「ノア様が選んだことだったのにね」
ごめんなさい、と私は黒百合の女神に頭を下げた。
黒百合は、ノア様の気持ちと、おばあちゃんの命を守ってくれていたのに。
「別にいいわよ。知らなくて当たり前なんだから」
ノア様の選択が間違ってたなんて、もう言えない。
だって、私は生きてるんだから。
「黒百合……。ありがとう」
「いーえ」
もう帰らなくちゃ。
おばあちゃんに、ノア様の言葉を伝えたい。
「……あっ」
「リリー?」
……ノア様と、キスした。
優しい唇の感触がまだ残っている。
どんな顔しておばあちゃんに会えばいい?
トレニアとシャーロットは顔を見合わせて、黒百合は軽く肩を上げた。
「おばあちゃんの好きな人だって知ってたのに……怒るかな?」
怒るよ。
きっと。
「私、醜い」
知っていたのに。
おばあちゃんの大切な人だって、知ってたのに。
「……怒らないよ!!」
トレニアが、大声で言った。
「リリーは、初恋の人がうっかりおばあちゃんの元カレで、辛かったんだよね」
「……うん」
「手のひらだって、血が出るぐらい苦しんだんだよね」
リリーの部屋のじゅうたんに血がついてたもの、とトレニアには言った。
それは、魔法の練習をしてたからなんだけどね。
嫉妬に苦しんでた……わけじゃ、ない。
「おばあちゃんに全部言ったって良かったんだよ本音を。でも傷つけたくなかったんだよね……」
「……」
「リリー、優しいから……」
ぎゅっと、トレニアは私を抱き締めてくれた。
「醜いなんて思うわけないじゃん!」
「……トレニア。ありがとう……」
今だけ、少しだけ泣いてもいい?
歯を食いしばって、こらえていた涙が一気に溢れて、私は大声で泣いた。
泣いている間、トレニアは私を抱き締めていてくれた。
次回、最終話。




