第32話 戦の理由~Change the World~
湖のそばに黒百合の女神は城を建てていた。
森の中に突然、城が現れたと木こりや狩人たちが噂をし、様子を見に行く者が現れた。
『すごい美人がいる』とも『誰もいなかった』とも、言われていたが、本当のことを知っていたのは、私とローズだけだった。
去っていく女神の背中を、今もまだ鮮明に覚えている。
言葉を切ると、リリーが、突然
「……どうしてノア様は戦を始めたの?」
と聞いた。
「戦のわけを知りたいの」
「聞いてどうするの?」
「ノア様が死んだ理由を知りたいんです」
後悔してる人がいるから。
そういって、彼女は下を向いた。
「理由、か」
今更だね。
「城に戻らなくてはならなくなって、一度、ローズとは別れた」
「……ノア様はそれで良かったの?」
「まだ子供だったからね、お互いに」
城に戻ったら、自然に彼女のもとからは足が遠のいた。
もっと近くにいたら、一緒に暮していたら、結果は違っていたかもしれない。
それから2年経った。
「私の両親が殺された。隣の領主に招かれたお茶会で」
「え……」
「仲が悪かったのは知っていたさ。しかし、ギリギリのところで、両家は戦わないでいたんだが。向こうは最初から殺すつもりだったんだろう」
胴体だけになって帰ってきた両親。
弟はまだ小さかった。
正直、突然親を殺された私たち兄弟は、すっかり震え上がっていた。
どうしたらいいか、わからなかった。
昨日まで、一緒に食事をして、笑い合って。
そんな暮らしがいつまでも続くものだと、私は信じて疑わなかった。
「……報復をしなければならなかった」
城を抜け出して冒険する、子供ではいられなくなった。
「私はその領主に戦いを挑んだ」
戦を始めた私のことを、ローズは聞きつけた。
……こんな形で再会するなんて思っていなかった。
久しぶり、会いたかったよ。
そんな普通の挨拶もできないほど、彼女は悲しい目をして沈んでいた。
「ここ最近の戦は、あなたのせいだって聞いたわ。ノア」
「……」
「怪我をしてるのね」
「かすり傷だよ」
「治してあげる」
彼女の手が頬に触れると、傷はたちまち消えた。
長い間会っていなかったローズは、髪が伸びて、大人びて見えた。
伏せたまつ毛が震えていた。
会いたかった。
気持ちが溢れて、私は彼女を抱きしめていた。
「……ローズ、会いにきてくれて嬉しい。会いたかった」
「……私も」
「戦に巻き込みたくなかった」
「その気持ちだけで嬉しいわ。でも、もう、私の村も兵士たちの略奪にあったり、被害が出ているの」
ローズの笑顔は固かった。
私は、とっくに彼女を戦に巻き込んでしまっていたんだ。
「初めて会ったの、2年前だったね」
「……そんなに経ったのか」
「あの時は、おっとりしたお坊ちゃんだったのに。今じゃ、軍を率いる立場ってわけね」
無理して笑顔を作らなくていいのに。
そんな君を見たくなかった。
私のせいだ。
「私の両親が殺された」
「知ってる。だから手伝いにきたのよ」
「手伝い?」
「戦を終わらせましょう」
私たちは夜が来るのを待って、城を抜け出した。
女神が暮らす湖の城へ向かい、飛んだ。
ほうきで二人乗りをして。
出会ったあのころのように。
月も星も。
手を伸ばしても届かない。
大人になんてなりたくなかった。
君とずっと夜空を飛んでいられたらどんなに良かったか。
すべてを捨てて、逃げ出して。
ずっと遠くへ。
「……何を考えてるの?」
「……なんでもないよ」
君に嫌われるようなことは言わないよ。
「着いたわ」
城の門は閉ざされていた。
「2年前に助けてもらったローズです、お願い、姿を見せて」
「ノアです。扉を開けてください」
静かに門が開き、闇の中に黒百合の女神が現れた。
「あなたたちは……。久しぶりね」
「こんな時間に押しかけて申し訳ない」
「何の用かしら」
「力を貸していただきたい」
「何かあったの」
「戦いを終わらせたい」
彼女は私たちを城に招き入れると、黙って話を聞いてくれた。
後悔も泣き言も恨みも、すべて受け止めてくれた。
報復が報復を呼び、戦が広がってしまったこと、そしてそれを収めることができない歯がゆさと民を苦しめている現実。
一人きりで抱えきれなくなった。
こんな時だけ神頼みだと思われても仕方ないけれど、もう、人が死んでいくのを見たくない。
「力を貸してあげてもいいわよ」
「……本当?」
ちら、と彼女は、私とローズを交互に見た。
「神の力を使いこなす覚悟はあるんでしょうね」
「……」
「終わらせるまで戦い続けることになるわよ。覚悟はあるのかと聞いてるのよ」
「……それは……」
答えられずにいると、
「……あるわ!!」
私が答える前に、ローズが叫んだ。
女神の前で胸を張って。
「戦を終わらせて、この国をひとつにしてみせる。ノアならできるわ」
「……大勢死ぬわよ。間違えばあなたたちも」
死なせない。
ローズだけは死なせない。
「もう死なせない」
「……」
「力が欲しい。大切な人を守れるだけの力が」
口をついて出た言葉だった。
変わりたい、強くなりたい。
初めてそう思えたんだ。
「この手で、私の世界を変える」
「いいでしょう」
そういうと、黒百合の女神は手のひらを広げ、その上にアメジストの原石が現れた。
「どっちにする?」
「どういうことですか」とローズ。
「私の力を遣えるようにしてあげる。ただし一人だけよ」
「二人はダメ?」
「図々しいわね」
それなら私が、とローズが進み出た。
「ローズ、僕が」
「いいえ。私はもともと魔法が使えるもの。私があなたの力になる」
さっさとして、と黒百合の女神がせかした。
「私が契約します」
女神の手のひらの上のアメジストが強烈な光を放ち、闇を照らした。
気づくと、石は形を変えて、ペンダントになっていた。
ローズの胸元に、光が吸い込まれていった。
「いつでも呼びなさい。その石は私のかけら」
「契約ってこんなものなの?」
「私とつながっているから、持っているだけでいいわ」
「……つながってる……?」
黒百合は壁に手をつくと、そこから突然、植物のツルが壁一面に走った。
「ローズ、やってごらんなさい」
「……わかったわ」
迷いなく壁を叩くと、ローズはその伸びた植物のツルを急激に成長させてみせた。
「こんなこともできるわ」
黒百合の女神が、タンっ、と足を鳴らすと、途端に床が揺れ始めた。
「……!」
「あなたは大地の力を使えるようになったのよ。使い方を間違えないようにね」
女神の協力を取り付け、私は両親のかたきを取る戦いに挑んだ。
「女神の力を使って、私たちは、その領主を倒した。ところが、すぐに隣国が攻めて来た。その時も、敵軍を黒百合が片付けてくれたんだが……。そこで気付いたんだ」
隣国が糸を引いている。
地方同士で争っている場合じゃない。
この地域は昔から、周辺諸国の戦に巻き込まれて、侵略されつづけてきた。
誰かが、国をまとめなくては、奪られる。
私がやらなくては。
「愚かだった私は、それが自分に与えられた使命だと思い込んだ」




