第24話 後悔してるのは
顔洗っておいで、と部屋を追い出された。私の部屋なのに。
一階に下りると、おばあちゃんが朝食の準備をしていた。
「おはよう。朝ご飯にするよ」
「おはよう、黒百合は?」
「彼女はご飯いらないんだよ」
そうよね。精霊だし。テーブルには、パンと紅茶とオムレツ、ヤギのチーズ、デザートは木苺だ。いただきますと手を合わせる。
……気まずい。なんとかならないものかしら。
いつもより紅茶が苦い。
何か話さなきゃ。なんか……ない?
「リリー。怒らないから話しなさい。いいね?」
おばあちゃんの『怒らない』は、あてにならない。
「……何から話したらいい?」
おばあちゃんは、紅茶をかきまぜていたスプーンを止めた。
「……ノア様とは……どうやって会ったんだい?」
森で迷った時のことから、順番に話した。南の森で、ノア様の城にたどり着いたこと、村まで送ってもらったこと。魔法の使い方を教えてもらったこと。
好きだと気付いたこと。
「私ね、魔法が使えるようになったんだよ。見てこの石。私が形を変えたの」
ペンダントを見せると、ようやくおばあちゃんは笑顔を見せた。
「……頑張ったね、リリーや」
「私はもう、出来そこないじゃない」
「……でも、ノア様が幽霊かどうか判らなかったんだろう?」
「そ、そうだけど!」
おばあちゃんの微笑みが、寂しそうで、私はそれ以上何もいえなくなった。
「お前には……。ノア様が、見えたんだね」
しわくちゃの手が震えている。
「黒百合の女神からどこまで聞いているんだい」
「彼が人柱になって、結界を張ったこと……。ノア様が埋められてる時、おばあちゃん泣いてた。あの城のバラ園で」
「あの時から、ラウネルは結界で守られている。ノア様が自分の命を使って」
「どういうこと?」
「ラウネルに敵意を持って侵入したものは、永遠に森を迷い続ける。人間は食い物がなければ死んでしまう。国の内部には入れず、敵兵はみんな死ぬしかないのさ」
「……だから、『迷いの森』なのね」
永遠に国を守る森。そういう意味だったのね。
「敵意がなければ、森を抜けられるけれど、普通の人がそれにはなかなか気づかない。森には熊や狼もいる。弱れば彼らが片付けてくれる」
敵を餓死させるのが目的、というのが、いかにも黒百合らしい。
それを選んで受け入れたのはノア様なんだけど。
「私は反対したんだよ。死ぬなら私がかわりにって」
叶わないなら、せめて連れてって欲しかった。一緒に。
「おばあちゃんはね……。ノア様が死んでからも、何度も城に行ったんだ。でも、扉は開かなかった。お前にはどうして開けられたんだろうね……」
何度も何度も。扉の向こうに、行きたくて、行けなくて。
叩きつけたこぶしから流れた血を眺めていた。
「こないだ、二回目に行った時も、扉は開いたわ。おばあちゃんも一緒に行こうよ」
「私はいいよ」
「これからすぐに……。ね、おばあちゃん」
バカなことを、とおばあちゃんは笑った。
「こんなしわくちゃになっちまって、今更、ノア様に会えるわけないよ」
「そんなの関係ないでしょ!」
「それに……。私と出会わなければ、ノア様は死なずに済んだかもしれない」
出会わなければ良かったのと、私と同じことをおばあちゃんは吐き出すように言った。「それは違うよ」
黒百合の女神が言っていた。
出会う必要があるから出会った。それは、ノア様とおばあちゃんだって同じだ。
「おばあちゃんは、出会ったことを後悔しているの?」
「……ほんの少しね」
「じゃあ……ノア様の気持ちはどうなるのよ?」
彼は、おばあちゃんを守るために死んだ。それなのに。
「世界中で君だけを守りたいって……、そう言って死んだ彼の気持ちはどうなるのよ!!」
「……リリー」
テーブルを叩くなんてはしたない真似をしてしまった。
「まあまあ、落ち着きなさいな、リリー」
音もなく、黒百合の女神がテーブルについた。
「ローズも、別にいいじゃない。今更言ったって、どうにもならないんだからさ」
「……私はなにも」
「なにも? そうよねえ、後悔なんてしてないわよね。他の人と幸せになったんだから」
……なんで、彼女はこういうこと言うんだろう。
「リリーだって、彼氏が欲しいお年頃じゃん」
「ちょっと、人の紅茶飲まないでくれる?」
アンタの紅茶はなんだか苦いわね、と黒百合は言った。
「……リリー、ノア様はダメだよ」
「ほんとーに、アンタ、イヤなオンナだよね~。コレだから年を取ると」
「アホか! あんたに言われたくないよ!」
私は朝食を切り上げて、部屋へ戻った。
「おばあちゃんはクソババアだ。黒百合の言う通りね」
悔しくて、悲しくて涙が出る。
「出会わなければ良かったなんて……。あんなばーちゃんのために、ノア様は」
「ね? 馬鹿な話よねえ」
「ほんとだよ」
「でもローズが死んでたら、あんたは今ここにいないのよねえ」
黒百合は笑う。
「ねえリリー。ノアと暮らしましょうよ」




