第23話 さよならのはじまり
終わりのはじまり。
■ さよならのはじまり
朝になって、私はまた練習を始めた。
もう石の形は固定できるようになっている。
元の石ころに戻ることはないだろう。
鏡を見て「あーあニキビできてるー」と嘆いた。
「顔洗っておいで。ひどい顔よ」
「……うん」
「あ、もともとかー。ごめんごめん」
「……失礼ね」
口が悪い精霊ってどうなのよ。
ペンダントは机の上に置いてある。
「よく出来てるじゃない」とほめてくれた。
「ノアのとこに行かないの? 見せに行きなさいな」
「……どうしようか悩んでるの」
「どうして」
「お別れしなきゃ」
「どうして」
「ノア様は、おばあちゃんの元カレだもん。次に会ったら、さよならを言わなくちゃ」
「別にいいじゃない。ノアはもう死んでるんだし、ローズは結婚して孫までいる。別に遠慮する必要ないわ」
「……そうだけど。ノア様とはいられないもの」
好きだけど……。
同じ時を過ごすことはできない。
「死んでるもんねえ」
「……ノア様はおばあちゃんのことが好きだったんだもん。横取りなんで真似できないよ」
「よくある話よ? 男の取り合いなんて」
ま、祖母と孫とは……なかなか無い、か。
落ちていく太陽を見ている、夕暮れに伸びる影が私の中にある。
夜が来たら消えてしまう影。
「恋が終わる時って、わかるんだね」
「わかるねえ」
「辛いね……」
「しんどいねえ」
出会って、そんなに経っていないけれど、ノア様は、もう、私の心に住み着いてしまった。
「恋ってもっとウキウキしたもんだと思ってた」
「いや、まあ、失恋した時は誰だってそうなるわ。誰でもね」
「ノア様とは普通にデートしたりとかできないもん」
そりゃそうだ。わかってる。
彼の部屋の片隅で、お喋りをしたことを思い出す。
湖を二人で見たこと。素敵なドレスを着せてもらったこと。
「そういうのは大事よね」
「……そうねえ。そうかもしれないわね」
あの日に帰りたい。
初めて会ったあの日に。
「会いたい?」
「会いたいよ」
確かに、力の使い方は覚えた。
ハートのアメジストのペンダントは、元に戻ることなく、形を保っている。
一緒にはいられない。
わかってる。
会ったら、さよなら。決めなくてはいけない。
「……会ったら一緒にいたくなる、きっと」
彼の……。
ノア様の微笑みが消えない。
許されるなら。
私が私を許すことができたなら、彼とともにいたい。
いつまでも。
「泣いてるの? リリー」
「……うん」
泣いたって仕方ない。でも。
恋って、こんなに辛いの?
「……出会わなければ良かったの?」
「馬鹿ねえ。今更そんなこと言ったって、仕方ないでしょ」
ゴンッ、と黒百合の拳が飛んできた。
「出会う必要があるから出会ったの。アンタはノアに会う必要があったし、ノアはアンタに会う必要があるの」
「……そうなの?」
「そうなの。そういう風に世界は出来てるの」
出会う必要がある物語がある。
「偶然っていうのは、ないのよ」
「私とあなたが出会えたのも?」
「ええ」
多少口が悪くても、目の前の女神は、私を励まそうとしてくれている。
「いくら悔やんだって悩んだって、過去は変えられない」
ノアは戻らない。
「でもねえ」
「アンタが望むなら、永遠にノアといることだって出来るわよ」
「試しに、教えてよ」
「自分の世界は、自分の思い通りになるものなの。例えば、アンタがどこかの国の女王様になりたいと思えばなれるの」
「ふーん。どうやって?」
「どこかの国の王子様と結婚したあと、殺すの。そうしたら、王位はアンタのものだ」
「……そんなの無理だよ」
「そう。『無理』だと思うのは常識。でも、アタマの中で考え付くようなことは、たいてい実現できるようなものなのよ。アンタの中の常識が邪魔をしているだけ」
簡単に言うけどさ。
私ができることといえば、石の形を変えるくらい。
「ローズもトモダチも捨てて、素敵な王子様といたいなら、そうすればいい。永遠に」
「……」
「よく考えなさい。本当はどうしたいのか」
「ねえ」
「なに?」
本当はあなたは。
「優しいのね」
「……ふん」




