第17話 地下への扉
■ 地下への扉
半透明の、ぼんやりした姿を走って追いかける。
……速い……。
『リリー、あなたなら扉を開けられる』
頭の中に声が響く。
「どこの扉よ!?」
ノア様もそうだったけど、彼らにはやっぱり実体がない分、速いのだろうか。
……実体?
ノア様とは手が繋げた。幽霊じゃない、けど。
でも肉体はもうないはず……?
彼女は、そもそも人ではなさそうだ。
「あっ、しまった」
いないし。
一方その頃。
「ギャー……」
「シャーロット、うるせーよ……」
「ニギャー……」
肉球が頬をグニグニと押す。
シャーロットの鳴き声に気づき、目を覚ました。
「どうしたっていうのよ……」
変身させると、シャーロットはカーテンを開けた。
「リリーが、夜中に出歩いてる。様子がヘンだ」
「……なんですって!?」
窓から、確かにリリーが見える。
こんな時間なのに、ちゃんと着替えている。
どこに行くの。こんな真夜中に。
(どうしたっていうの……? やっぱり城に行ってからおかしい)
魔法が使えない、へなちょこリリーを放っておけないわね。
「行くよシャーロット」
■
走って追いかけて呼びかけるが、リリーは足を止めない。
「リリー!」
「……」
私の声に気付いていない。
リリーは、学校の鍵を、カシャンと、壊した。
(いつのまに、あんな魔法を……?)
開錠の呪文なんて、使えなかったはず。
迷わずに学校の庭に入っていく。
「リリー、待って!!」
ようやく振り返ったリリーは汗だくだった。
「……トレニア? どうしたの?」
「どうしたのって聞きたいのにはこっちよ!」
「黒百合を探してるの。話したでしょ?」
話がまるで見えてこない。
「話したでしょ、じゃないよ! 今何時だと……」
「私の部屋に来たの」
「はあ? 誰が」
「だから! 彼女が来たの! 『探しなさい』って」
「……で、なんで学校なの?」
なんて、説明したらいいかしらと、リリーは肩をすくめた。
「案内されたから。それにね、城のバラ園があったでしょ? そこと、学校のバラ園が、似てるの」
「……ゴメン、意味わかんない」
「天才なんだからわかってよ」
「……じゃー、行こうか。止めたって行くんでしょ」
どうするの、と聞いても、リリーの回答は要領を得ないものだった。
「どこに行ったらいいのかしら」
「……あのさあ、リリー、似てるってだけで学校に来たの」
「いやー……。校門が、城の扉に似てたなって思って、学校まで来たんだけど……」
「……それだけ? そもそも案内されたって」
「扉を開けろと言われたの。……何か思いつかない? トレニア」
バラ園には、噴水がある。
私たちは、そこに腰掛けた。
「学校にあるデカイ扉って言ったら、校門ぐらいしか」
「そうだよね……。ノア様が埋められてたのは、バラ園だったから、扉はなかった」
冷たい土の下で、あなたは。たったひとりで。
そうつぶやくと、リリーは涙ぐんだ。
涙の影がぽつんと土に染みを作った。
「……地下」
「どこの?」
「ここよ。やっぱり。思いつかないもの」
「噴水の中は?」
「中?」
二人で噴水に頭を突っ込んでみた。
「……ゴバモゴガ」
「ゲボガボ」
会話はできないことが解った。
「……水を捨てて、噴水の底をさらってみよう」
「どうやって?」
「うーん……」
「牙を引け」
シャーロットが横から口を挟んだ。
「ここの作りは古いから。こういう噴水は、左の牙をひけば、排水できるようになってる」
「そーなんだ?」
リリーを残し、私が水に入って牙を引いた。すると、噴水の水はバラ園に流れ出した。
明日、学校で問題になるだろう。
「リリー。扉だ」
■
水がすべて流れて出てしまうと、噴水のすぐそばに、鉄の扉があった。
引っ張ってみたが、ビクともしない。
リリーが進み出て、「……開けるよ」と手をかけた。
扉は、簡単に開いた。
まるで、リリーを待っていたみたいに。
地下に続く階段があった。
「……行こう」
「リリー、気をつけて」
真っ暗な石の階段はとてもとても長く感じた。冷たい空気が頬を刺した。
階段を降りた先には、小さな部屋があった。不思議と、その場所は暗くはなかった。ほのかに光がある。
私たちは、部屋の真ん中に立っている、『彼女』を見つけた。
「……黒百合の女神、ね?」
「よくできました。簡単だったかしら」




