第14話 喧嘩
「リリー!」
「……目が覚めたか」
ここは……?
見慣れた天井と窓。私の部屋だ。トレニアとシャーロットが、私の顔をのぞきこんだ。
「やめてって……、どうしたの?」
「どんな夢を見てたんだ?」
「あの城のバラ園で倒れてて……。どうしたの? 何があったの?」
トレニアとシャーロットが交互に話し掛けてくる。
やっぱり夢だった。しかし、実際に見ていた景色は鮮烈なバラの色と、私によく似た少女。
「……」
「ノア様とは会えたの?」
「会えたけど……」
「リリー、あのね? 城は真っ暗で、床には埃がつもってたの。とても、人が住んでいるようには見えなかったんだけど……」
「ノア様と会ってたの」
「でもね」
「トレニア聞いて」
彼がいた空間は光が溢れていた。
さっきまで一緒だった。交わした言葉も、柔らかな微笑みも全部、私のものだった。
「……」
知らない間に、首に掛かっているペンダント。
「……ただの石ころね」
確かに、さっきまで話してた。
さっきまで一緒だった。
嘘じゃない。
「リリー、その石は?」
「ノア様から貰ったの」
「……石ころにしか見えないんだけど」
「あたしが、変えるの」
「どういうこと?」
どこから説明いたらいいんだろう。
短い夢の中で、私は知った。
……ノア様は、私のものにはならないってことに。
「あのねリリー」
「なに?」
「さっき、リリーのおばあさんがうちに来たんだ」
トレニアは、私には何も聞かず、話し始めた。
「トレニア、リリーのおばあさんがいらしたわよ」
「ローズばあ……、おばあさんが?」
あたしが階段を下りると、玄関にリリーのおばあさんが立っていた。
村一番の魔女・ローズ。通称ローズばあさん。
「誰がババアだって?」
「いえ、言ってませんから! 私に何か御用ですか?」
「朝から、リリーがいないんだ。こちらに遊びにきてるんじゃないかと思ってね」
こんな雨の日に?
「今日はリリーは来ていません。図書館じゃないですか?」
「さっき行ってきたんだ。学校に一人で行ったとは思えないし」
一人で出歩くなんて珍しい。
いつもは家で本ばかり読んでるのに。
「森に行ったんじゃ」
「森へ?」
「こないだ木苺を取りに行ったから」
……城に行ったかもなんて、言えない。リリーの性格からして、話してないだろうし。
「トレニアや」
「はい」
「いつもリリーと遊んでくれてありがとうね。……お前さんは、学校には行かないのかい」
「私にはもう、あの学校で学ぶことがありませんから。天才だし」
「学ぶのは魔法や勉強だけじゃない。それはリリーもお前さんも一緒さ」
「……私はいいんです。好きで行ってないんだから。でもリリーは」
「なんだい」
「リリーは、魔法を使えないってだけで、石を投げられたり、トイレに閉じ込められたりしてるんです。おばあさんは何も知らないんですか?」
ローズばあさんは、爪先で鼻をかくと、ふっと笑った。
「孫が、アザだらけになって帰ってきたら、そりゃ解るさ。だが、逃げてどうする」
「あたし達は、何も悪いことはしていない。教師に『帰っていいよ』って言われるのよ? あたしには教えることがないって。リリーは、どうせ何もできないからって」
「なぜ、他人の価値観の中で生きる?」
「周りに合わせなさいって教えたのは学校よ」
「じゃあ、聡明なトレニアもうひとつ聞こうか。お前さんが本当にしなくちゃいけないことは何か考えたことがあるのかい」
「私が……?」
「お前さんがやるべきことは、リリーと惚れ薬作って遊んでいるようなことじゃ、あるまい」
バレてる。
「よく考えてごらん。さて、もう行こうかね」
夕食を済ますと、シャーロットが帰ってきた。
「おい、リリーのおばあさんがうろうろしてたぜ」
「……まだ? 昼過ぎに来たのに」
「なんで」
「リリーが出掛けてて、姿が見えないらしいの」
「……この時間までか?」
まだ帰ってないのね。
夕食の前には必ず家に帰るのに。
「遅すぎる」
あたしはシャーロットを連れ、こっそり家を抜け出した。
もう空は真っ暗。女の子が一人でいるのには危険な時間だ。
「リリー! どこにいるの!?」
「リリー!!」
村の南って言ってたわよね……。
「シャーロット、急ごう」
あたしたちは南を目指した。
バラ園がある古い城。
「トレニア、見ろ」
「城だわ」
「……扉が開いてる」
闇の中、倒れているリリーを見つけた。
「しっかりして!!」
「とりあえず出よう」
シャーロットがリリーを抱え、村まで戻った。
「そういうわけで、リリーは城の大階段の前に倒れてたの。誰もいなかったわ」
「……」
そりゃそうよね。
だってノア様は。
「リリー、もうあの城に行っちゃいけないわ」
「……」
「聞いてる?」
「もう一回、行くわ。行かなくちゃいけないの」
「なんで?」
「約束したの」
「危ないよ! リリー、あの城は」
心配してくれているのよね、でも譲れない。
「約束したの。……ごめん、トレニア」
「リリー!」
「ノア様に会いたいの!! 帰ってよ!」
「なによその言い方……! 心配してるのに!」
私が黙ると、トレニアは怒って帰ってしまった。




