第11話 望み
■ 望み
「魔法がうまくない魔女は別に珍しくない。ただ、使えるようになる時期が、早いか遅いかの違いさ」
「……そうでしょうか」
「いずれ使えるようになる。きっかけさえあれば、力は目を覚ますものさ」
返事をしない私に、ノア様は「……私の言葉を疑っているようだね」と言った。
「いえ、そんな」
「じゃあ、話題を変えようか。リリー、君の好きなものは?」
「好きもの?」
「好きなことでもいい」
どうしてそんなことを聞くのだろう。
「他人の評価で、自分をきめることはない。君がしたいことはなんだい?」
「したいこと……?」
「魔法だけが人生じゃない。君がしたいことを教えて」
そんなもの、何もない。聞かれたこともない。
考えたこともない。
私は空っぽだ。
「何も無い……です」
「本当に?」
やりたいこととか、特に無い。
「綺麗なドレスを着てみたい、ぐらい」
「それなら、その方法を探せばいい」
「は?」
「自分で縫うとか。あとは……王子様と結婚するなんてどうだい?」
「はあ?」
「リリーは綺麗になるよ」
もっと君が大きかったら、きっと恋に落ちているよ。
そう言ってノア様は笑った。
もっと大人だったら、か……。
「あたしは……」
あなたが、好きです。
ダメだ、ムリ。
……そんなこと、言えない。
「リリー。年上と話すときは、『私』といいなさい」
「あ、はい」
■
「学校は辛い?」
「……はい」
「リリーは言い返したりしないんだろう。そういう子は狙われるんだ。からかいやすいから」
僕の知ってる子とは真逆だね。そういって彼は微笑んだ。
どうして別の子の話をしたのか。私には関係ない。
「リリー。辛いなら、逃げてもいい。対象が変わるだけだからね」
「……」
「でも、学校には行かなきゃ」
「どうして……?」
「今は魔法が使えなくても、学ぶことはたくさんあるからさ。キライな奴に嫌味のひとつでも言ってやるとかね」
「ケンカしたくないんです。めんどうだから」
「面倒な、余計なことだけで世界は成り立っているんだよ。でも、それは必要なことなんだ」
意味が解らず、私は彼の目を見つめた。
「例えば?」
「例えば、このドレス。リボンもフリルも、何の役にもたたないけど、『カワイイ』から必要なんだろう? 全部に意味があるのさ」
そういうと、ノア様は指をパチン、と鳴らした。
すると、ドレスはいつもの地味なワンピースに戻ってしまった。
「君を魔法で綺麗にしてあげるのは簡単さ。でも、それは君のためにならない」
「……」
「自分で、綺麗にならなくちゃいけない。それは、女の子の役目だろ?」
「……なにそれ」
そんなこと言われなくても、わかってる。
……わかってるわよ。
「自分で王子様を捕まえなきゃ。学校は最高の社交場だよ。素敵な女の子になるために」
だんだん腹が立ってきた。
なんでお説教されないといけないのか。
「……ど…い」
私のことを、何も知らないくせに。
「リリー?」
「ノア様ひどいよ!! なんでそんな簡単に言うの!?」
「……リリー?」
「あたしは好きで魔法が使えないわけじゃないのに、バカとか死ねとか毎日言われる! 外で魔法の授業がある日なんて、石まで投げられる! そんなことに行けっていうの!?」
「リリー」
「あたしがいじめられるにも、何か意味があるっていうの!?」
部屋を飛び出した。
こんな話をしたかったわけじゃないのに。
胸が締め付けられて、悔しくて涙が出た。
全力で走ったのに、大階段で、目の前にノア様が立っていた。
「リリー! 待ちなさい!」
ノア様の腕に抱き締められる。
「離して!」
「落ち着いてリリー」
……抱き締められてる。
「すまなかった。君の気持ちも考えずに」
髪を撫でられる。誰かに頭を撫でられたのなんて、いつぶりだろう。
「誤解しないで。リリーがいじめられることに意味があるんじゃない。そういう意味じゃない」
「わかりやすく話してよ。意味わかんない」
「リリー聞いて。いじめられる側に理由がなくても、暴力は止まらないんだ」
「……」
「終わらせないと終わらないよ?」
ああ、こんな言い方をするつもりはなかったのに、と彼はつぶやいた。
「行動しないと、状況は変わらない。理由がなくても、辛い現実はやってくるし、それを変えるためには行動しかないんだ」
「ねえリリー。魔法が使えなことと、いじめられていることは違う」
「違わない、だって、それが理由だもん」
「いいかい、問題はそこじゃないんだ」
ノア様の腕が離れた。
「問題は、リリーが「できない自分」を受け入れたこと。いじめられてる自分を受け入れたことなんだ」
「あたしのせいだっていうの?」
「悪いのは、相手だよ。ただ、我慢したって、状況は変わらないんだ。相手は弱い奴を求めてるんだから」
思い出してみて、とノア様は笑った。
「最初は一人だったはずだよ。そいつの顔を殴ってごらん。でもねリリー。戦う相手は、いじめる子たちじゃない。敵はね、君の中の弱さ」
とん、と彼の指がおでこをつついた。
「本当の敵は、自分の中にいるんだ」
「……意味がわからない」
「考えて。私だけに教えて」
「なにを」
「君の望みは?」




