第10話 雨の古城
■ 雨の古城
翌朝。私は一人でパイを焼き、もう一度森を歩いていた。
あいにくの雨。
ローブを着てきて正解だ。
今日は何故か迷わず、すぐに城にたどり着いた。
あのバラ園は、昨日も見た。赤いバラしか植えられていない、真紅のバラ園。
好き放題に伸びた枝が、雨に濡れている。
バラ園を通り過ぎ、扉に触れた。
……鍵、かかってない……。
私は、錆びついた、鉄の扉を開けた。
ギィィィィィィー……と耳障りな音がしたが、力を入れなくてもすぐに開いた。
ローブを脱いで、城の中へ進む。
(埃っぽい……)
古い赤い絨毯は、埃が積もっている。
トレニアが言った通り、人が住んでいる様子は無い。
昨日は普通にここで暮らしているようだった。
あなたは、どこにいるの。
「これは……、リリー。また、ここに来れたのかい?」
正面の大階段を、ノア様が音もなく下りてきた。
まるで、光の化身のよう。
ゆったりとした足取りに、思わず返事ができなくなる。
「どうしてここへ?」
「あっ、はい、あの……。こないだのお礼です」
私は、持ってきたパイを入れた籠を差し出した。
「クランベリーのパイか。ありがとう」
ミートパイは家に置いてきた。ごめんねトレニア、と心の中で謝る。
あれを差し出す勇気が、私にはどうしてもなかった。
「この雨の中、大変だったね。今、拭くものを」
■
ステンドグラスの前を通り過ぎ、二階の、小さな部屋に通される。
きっと晴れている日は、鮮やかな色彩で階段を彩るに違いない。
「すぐ火を」
暖炉に火を入れて、麻リネンのタオルを貸してくれた。
服を拭いているその間、彼は廊下で待っていてくれた。
「もういいかい?」
「あっ、はい」
扉を開けると、「せっかくだから」と、言って、杖を取り出した。
「目を閉じて」
「え」
「何色が好き?」
「え、ピンクとか」
おでこに、杖の感触。
なに、突付かれてる?
「もういいよ」
目を開けると。
あたしは生まれて初めて、フリフリのドレスを着ていた。
幾重にも重ねられたボリュームのあるドレス。繊細なレースに、胸元は大胆に開いている。
「こんなのでいいかな?」
「わあ……! あ、ありがとうございます!」
■
ベッドに腰掛けると、ノア様がすぐ隣りに座った。
ち、近いんですけど!!
「どうしてここへ?」
「え?」
「学校は?」
「あたし、学校行ってないんです」
「どうして?」
「……魔法が使えないんです」
魔法が使えず、学校でいじめられたことを話す。
何をしてもうまくできなくて、独りぼっち。
「魔法の授業にはついていけないし、他の子たちに……」
笑われたり、叩かれたりしている、なんて言えない。
「……すまなかった。辛いなら、話さなくていい」
「……」
「ずっと家にいるのかい?」
「いえ、友達と図書館行ったり、してます」
惚れ薬作ったり、とかいえない。
「その子は学校行ってるの」
「行ったり行かなかったりです。そういう日は一人で森にいます」
「……寂しくない?」
「あたしは……誰にも必要とされてない、から」
寂しさなんて、もう慣れた。
「どうしてそう思うんだい?」
「あたしは魔法が使えない、できそこないだから」
「誰かに言われたのかい?」
「クラスの子とか、先生とか」
「家族は?」
「言わないけど……、そう思ってるに決まってる」
おばあちゃんは、村一番の魔女。たいていのことは一人でこなす。
それに比べて、私は。
「いつからそんな風に思ってた?」
「……いつから?」
私はいつからそんな風に思ってたんだろう。
口に出して、初めて気付いた。
「わかんない、です」
私は、ドレスを握り締めていた。知らないうちに。




