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鬼と竜と渡る鳥  作者: 壱の人
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「ここは……」


 視界が暗かった。どうやら、茂みの中にいるらしい。

 月明かりを頼りを周囲を見渡すと、普段ライラと共に見ている景色が、辛うじて見えた。


「あれ……私とルーが、一緒に暮らしていた家だ」


 ライラが、倉庫の近辺にある建物を指差して言った。


 確かにその家は、焼け焦げた土台のあった場所と、同じ位置にあるようだった。


「信じられない……禁忌と思っていた術が、こうもあっさり成功するなんて……」

「野盗が来るのはいつだ?」


 ライラにぴしゃりと言った。いつまでも呆然とされていては困る。


「もうすぐだ。遠くから火矢を放って来るはずだ」

「じゃ、もう起こした方がいいな」


 俺は、不思議そうな顔をするライラを残し、ライラとルーの家に忍び寄った。

 そして──


「野盗だぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 バンバンバンバン!


 壊す勢いで家の壁を叩き、可能な限りでかい声を出した。

 そしてすぐさま退散し、茂みに身を隠した。


「トトリ? 一体何を──」

「しっ、伏せてろ。見つかると色々まずい」


 ほどなくして、寝間着姿のライラ──夜目で分かりづらいが、今より少しだけ若い──が、驚いた表情で、家から出て来た。


「野盗!?」


 同時に、遥か遠くで、複数の小さな火がただよっているのが見えた。ライラの術は、正確だったらしい。


「……っ! 命をはぐくむ全ての父に語る。汝に眠りし力、我が意の元に集い……」

 

 一年前のライラが、呪文を詠唱し始めた。

 すると見る間に、家の付近にあった地面がうごめき、ずずずっと音をたてて、家よりも高い壁となった。


「これでとりあえず火矢は防げるだろ」

「なぁトトリ、説明してくれないか。一体、何が起こっている?」

「そりゃ後だ。まずば、やること全部やってからだな」


 少し不服そうな顔をするライラの手を取り、立ち上がらせた。


「じゃ、次だ」

「次?」

「ルーと仲直り、だよ」


 俺は、目を丸くするライラを引っ張って、歩き始めた。

 目指す先はただ一つ──俺達がいつも魚を獲っている、川だ。


***


 川のほとりに到着すると、人影があった。


 人影は、仄かな月明かりに照らされながら、川の方向を向く形で、体育座りしている。顔は見えないが、いじけているようだ。


「ルー!」


 ライラが、人影──ルーに近づき、声をかけた。

 ルーが振り向く。その顔にはまだあどけなさが残っていたが、その額からは、立派な一対の角が生えていた。


「ライラ……」


 ルーは一瞬驚いた顔をした後、すぐにまたそっぽを向いた。

 ライラは、彼女のそばに歩み寄り、後ろから抱きしめた。


「ごめん……ひどい事を言って、本当にごめんな……」

 

 ルーは、しばしの間、動かなかった。

 しかし、わずかに身体を震わせた後、再び振り返り、ライラを抱きしめた。


「わたしも、ごめんなさい……。ライラは心配してくれてるって、わかってたのに……」

「ううん、私の方が悪い。ルーの話も聞かずに、人間は皆臆病で酷い奴だって、そう決めつけていた。本当に、本当にごめん……」


 夜の川辺で、かすかな虫の音に包まれながら、額に角を生やした少女達が、互いを許し合っていた。

 幻想的で、とても穏やかで──優しい絵に思えた。


「ライラ、そろそろ戻ろう」

「……誰?」


 ルーが、突如として現れた見知らぬ人間──つまり俺──を、いぶかしむように見て言った。


「私の友達だ。最近出来た」

「友達?」

「そうだ。大事な──友達、だよ」


 なぜか、ライラの頬に、朱が差している気がした。


「では行くぞ。……世界に存在せし我ら。我らはここに在る。されど同時に、世界に在る。在る場所を限ることなかれ。世界は繋がる……」


 ライラが、過去に戻った時と同じ呪文を唱え始めた。それを見て、ルーが目を丸くした。


「時間移動の呪文!? 世界を歪ませる気!? すぐに止め──」

「大丈夫だよ」

 俺は、ルーの頭を軽くなでつつ、なだめるように言った。


「歪みは、もう無くなったから」


 断言する俺に、ルーは、言葉を迷子にしてしまったようだった。


「トトリ、手を」


 差し出されたライラの手に、俺は自身のそれを重ねた。

 

 この手を握る意味を、俺は理解していた。けれど、躊躇ちゅうちょはしなかった。

 

 義理や責任でやったわけじゃない。

 ただ──俺がそうしたかったのだ。


「行くぞ……!」


 再び視界が歪んだ。ルーの不安げな顔がにじみ、森、岩、川の音──全てが曖昧になって行く。


 次第に、視界が暗くなっていった。暗さは徐々に増して行き──最後に、全てが闇に呑まれていった。


***


「……なんだこれ?」


 ライラが、ここしばらくで一番不思議そうに呟いた。


 過去から戻り、真っ先に目の前に現れたのは、村の中心部──俺達が、過去に旅立った場所だった。

 

 しかし、小火を起こした家屋は無く、村人も無事で、平穏な日常を送っていた。

 何より──どこを向いても、黒竜の影も形も無かった。


「どうしたの、ライラ?」


 後ろから、声をかけられた。俺もライラも、反射的に振り向く。

 すると──


「ルー!?」


 つい先程──彼女に取っては随分前なのだろうが──ライラと仲直りした鬼の少女が、不思議そうにライラを見ていた。


「え、本当にどうしたの? そんな大声出し──て?」

「ルー! ルー、ルー!!」


 破顔したライラがルーに飛び付き、その身体を抱きしめた。嬉しさゆえか、両の目に、涙すらにじませていた。


 ルーは事態に付いていけていないのか、疑問符を頭の上に浮かべていた。


「トトリ、見てくれルーだ! 竜になどなっていない、私のよく知っているルーだよ! 一体どういう事なんだ!? ああ、なんでもいい、ルーがルーのまま、生きて──」


 笑顔のまま、俺の方を振りむいたライラの顔が、凍りついた。


「トトリ……お前、どうして……」



「どうして、消えかけているんだ?」



「「ねじ曲がった運命を正す」術を使った──そう言ったよな? 全ては、その術の効力だったんだ。つまり、ライラの術は失敗していなかった。成功していたんだよ」


 ライラが指摘したように、俺の身体は、薄くなり始めていた。まるで、消しゴムで落書きを消している途中のようだった。


「起点は、ルーの使った禁忌術だった。それが発動した時、世界はねじ曲がってしまったんだ。一度死んだ奴が、よみがえるほどにな。

 そして、ライラはその歪みを解消するために、術を使った。その結果──いや、過程として、俺が召喚された。SFの知識を持ち、時間移動による解決を思い付く、異世界のオタクがな」


 ライラは、ルーから身体を離し、呆然と俺の説明を聞いていた。


「俺はライラに時間移動を進言し、寝ているライラを起こすって言う、極めて世界への影響の少ない方法で、世界の歪みを取り除いた。

 本来、因果律が阻害するから、この手の歴史の書き換えは出来ないんだ。でも、今回は事情が違った。

 禁忌術の発動によって、「本来あり得ない世界」が生まれ、進行していた。だからこそ、それを消滅させる事が出来たし、その手段として、俺が登場出来た。この世界の因果律から外れた存在である、異世界からの侵入者──異物がな」


「それで──どうしてお前が消えるんだ……?」

「役目を終えたから、だな。

 「ルーが禁忌術を使っていない」世界を構築するために、俺の存在は世界に許容されていた。その役割を果たした以上、消えてしまうのは──必然だ」

「お前は──お前はどうなるんだ!? 死んでしまうのか!?」


 ライラが叫んだ。その叫びは、悲痛にあふれていた。


「わからない。元の世界に戻るだけかもしれないし、どこからも居なくなるのかもしれない。

 ライラの記憶からも消えると思うから、「悲しい」って感じる事もないよ。……楽しかったよ、ライラ。それじゃ、さよなら──」


 言って、俺はライラ達に背を向けた。

 特に、背を向ける明確な理由はなかった。ただなんとなく、今の表情を、ライラに見せたくなかった。


「……ん?」


 後ろ手に、柔らかく、暖かな感触があった。

 首だけを動かして、後ろを向いた。


「……っ」


 そこには、俯き、顔を真っ赤にしたまま、俺の手を握るライラが居た。


「……忘れない。私は、お前の事、絶対に忘れない……!」


 小さく呟くライラは、ぼろぼろと、涙を流していた。

 

 口が半開きになった。胸を締め付けられている気がした。


「……サンキュー、ライラ。俺も、なるたけ努力してみる。消えないように」


 何が出来るわけでもないと、頭ではわかっていた。

 けれど──不思議と、嘘を言っている気はしなかった。


「……これ、持って行ってくれ」


 ライラは、自身の角に結んでいた包帯をほどき、俺の手に押し付けた。


「いいのか?」

「うん。……もう、必要ないから」

「……また来るよ。なんとかしてな」


 ライラはまだ涙を流していた。けれど、手で目元をぬぐい、かすかな笑顔を見せてくれた。


「待ってる。私はずっと、ずっとトトリを待っている──」


 その言葉が、最後だった。


 まるで、手ひどい故障を起こしたパソコンのディスプレイのように、視界に凄まじいノイズが走った。

 直後に亀裂が現れ、全てが「破れ」て行き──最後には、真っ暗になった。

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