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鬼と竜と渡る鳥  作者: 壱の人
3/5

 村で消火と救助作業を一通り終えると、俺とライラは家に戻った。

 そして、日が地平線に沈み切った今、家の中で差し向かいになり、食事を摂っている。


「……」

「……」


 普段ならそれなりに会話をしながら食べるのだが、今日は一言も出て来ない。

 気まずかった。


「なぁ。あの竜──ルーの事だけど」


 溜まらず口を開いた。


「ルーは、なんで禁忌術を使ったんだ? 使っちゃいけないって事は、本人もわかっていたんだろ?」

「……およそ一年前、野盗が村を襲って来た」


 ようやく口を開いたライラが、ぽつりと言った。


「村に鬼が居ることを事前に調べていた連中は、まず私とルーの家を襲って来た。寝込みに火矢を放たれ、火事になった家の中に、私は残された」


 家の隣にあった焼け焦げた土台が、頭に浮かんだ。


「その時ルーは?」

「……居なかった。私と喧嘩して、家出していたんだ。多分、川のほとりにでも行っていたんだと思う」

「ふーん……で、どうなった?」

「戻って来たルーが、野盗を退治し、私を助けた。禁忌術は、その時に使ったんだ」

「わからねーな。なんで禁忌術を使う必要があったんだ? ルーは呪術の天才だったんだろ? なら、普通に撃退すりゃあ良かったんじゃね?」


 ライラが、食事の手を止めた。


「……済まない、今日は流石に疲れた。まだ早いが、休みたい」


 言って、ライラは食器を片づけ始めた。

 会話終了宣言だ。こうなっては、二の句が繋げない。


「……わかった。俺も寝るわ、おやすみ」


 立ちあがり、犬小屋に戻ろうとライラに背を向けた、その時。


「……喧嘩の原因は、ルーが村の男子と仲良くなった事だった」


 後ろから、小さな呟きが聞こえて来た。


「私はろくに話も聞きもせずに、叱ってしまった。心配だった。ヒトは、自分と違ってたり、怖いと感じる物を拒絶して、排除しようとするから……」


 ライラは、苦しそうに語っていた。

 以前に、ライラから聞いていた話が思い起こされる。


 鬼は古来、呪術と言う強い力を持っていた。

 故に鬼は、その歴史の中で、人間から時に畏怖され、時に崇められ──しかし、基本的には忌避され、あるいは差別されて来たらしい。

 ライラが、常に角に包帯を巻いている理由が、何となくわかった気もした。


 何か声をかけようかとも思った。しかし、黙々と寝床の準備をするライラの背中に、何も言うなと言われているようだった。


 仕方なくそのまま外に出ると、雲が月を完全に隠していた。だからなのか、いつもよりも、一層辺りが暗く感じた。

 犬小屋に辿りつくと、特に何かする事もなく、すぐに横になり、目を閉じた。


***


 竜の襲来から、数日が経過した。


 ライラは、あれからルーや呪術の事は何も言わず、普通に生活を送っていた。まるで特別な事など、何もなかったかと言うように。

 

 けれど──異形になってしまった、かつての親友を殺す。そんな行為が、躊躇ちゅうちょや葛藤を生まないはずがない。


 おそらくライラの頭には、常にルーの事があるのだろう。


 ルー、ライラ、呪術、禁忌、地球への帰還。


 何か全てが丸く収まる方法はないものかと、頭をひねり続けていた。 

 そんなある日。

 

 カーン! カーン! カーン! カーン!


 再びけたたましい鐘の音が、耳に響いて来た。


「……行って来る」


 ライラが、洗濯物を放り出し、村の中心部へと走り出した。

 解決策は何も見つかっていない。けれど、右も左もわからない異世界で、俺を助けてくれた恩人を放り出す気には、どうしてもならなかった。


「……くそっ!」


 俺もまた、ライラの後を追って、走り出した。


***


「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 

 

 黒竜──ルーの放つ叫び声が、村全体を揺るがすようだった。


 ルーは、口からたけるようなような炎を吐き、地面すらも抉るように、爪を振るった。

 村人はやはり混乱し、逃げ惑っていた。


「ルー……!」


 ライラが呪文の詠唱を始めた。その目は、覚悟を決めた者の目だった。


「待てよライラ! まだ、何か方法があるんじゃないのか!? 考える事を止めるなよ!」


 ライラの肩を掴んで振り向かせる。

 振り向いた顔は、かすかに双眸が潤んでいるように見えた。


「……考えるだけなら散々した! 呪術による解決法も、試せるだけ試した! 禁忌に近い術も研究した! トトリを召喚した術もそうだ! でも、全部駄目だったんだ!」


 全力で叫んでいるのだろう。ライラは肩で息をしていた。

 ライラは、その肩を掴む俺の腕を、指が食い込むほどに強く握って来た。


「……全部、駄目だったんだよ……もう、殺すしかないんだ……!」

「だから待てって! 殺すにしても、ライラがやるなんて酷過ぎるだろ!」

「ルーは……! ルーは、私のために禁忌術を使ったんだ!!」


 わずかにうつむきながら、再度ライラが叫んだ。


「何だって?」

「……一年前、野盗に火矢を放たれた時。火事の熱さで目覚めて、私は真っ先にルーを探した。でも、ルーは私に何も言わずに居なくなっていたから、家出をしていると、その時は気付かなかったんだ。

 私は混乱した。余りにも混乱がひどくて、呪術を上手く使う事も出来なかった。そうこうしている間に火が回り、逃げ場が無くなって──私は焼け死んだ」

「死んだ?」


 疑念が湧いた。

 なら、今俺の目の前にいる奴は何なんだ。


「そう。私は確かにその時死んだんだ。けれどしばらくして、再び目覚める事が出来た。

 目を覚ました時、私の周囲には焼け焦げた家の跡と、野盗達の死体があった。傷跡から、すぐにルーが呪術で皆殺しにしたのだとわかった。たぶん……逆上したんだろう。

 私は、ルーを探して、周囲を見渡した。ルーはすぐに見つかった。……異形になりつつあったからだ」


 話が飲み込めて来た。同時に、驚愕で目を剥いた。


「じゃあ、ルーは──」

「そうだ。ルーは、野盗達を殺した後、火事で死んだ私を生き返らせるために、禁忌とされた術を使った。世界を歪めて──その代償として、異形になったんだ!」


 ライラの肩を掴んだ手から、力が抜けた。

 かけるべき言葉が見つからなかった。村人達の上げる悲鳴だけが、妙にクリアに聞こえた。 


 しかし、同時に──俺の頭の中で、一つのロジックが、結びつき始めてもいた。


「ルーは、私の目の前で竜に成っていった。とても辛そうな顔をしていて、でも、生き返った私を見て、少しだけほっとしていて……私は、ルーに謝ることも出来ていない……!」


 ライラは、ほとんど泣いていた。ライラに掴まれたままの腕が、ひどく傷んだ。


「だから私がルーを殺し、呪術の効果を消して元に戻す。例え呪術の効果が切れて、また死ぬ事になってもいい。理性を失い、人を襲うだけのけものになってしまった彼女を、私が止める……!!」

「……」

「トトリ、もう止めるな。他に方法はない。やらせてくれ……!」

「……そうか、そういう事だったんだ」

「……トトリ?」


 顔を上げたライラは、俺を見て、不思議そうな顔をしていた。


 ルーの使用した禁忌術、竜に成ってしまったルー、ライラの使った「ねじ曲がった運命を正す」術、世界の法則を手繰り寄せると言う呪術の性質。

 そして──ライラの術の結果として、異世界から召喚された、俺の存在。

 

 俺の中で、全ての点が、一本の線として繋がった。


「全部わかった。俺がここに居る理由も、ライラの呪術が失敗したわけも」

「トトリ……? 何を言っている?」

「ライラ、時間を移動する術を使ってくれ。過去に戻るんだ」

「な──」


 困惑気味だったライラの顔が、驚愕に歪んだ。俺の腕を掴んでいた手も離れた。


「だから、何を言っているんだ! 時間を移動するなんて、禁忌中の禁忌だ! 出来るわけない、この世にそんな法則があるわけがな──」

「ある!」


 俺から離れたライラの手を強く握って、言い放った。


「俺は聞いたことがある。まぁ、聞いたのはゲームの中でだけど──時間を逆行する事は、理論的には可能なんだ」

「げ、げーむ?」

「その説明は割愛だ。とにかく使ってくれ、ライラ。大丈夫だ、絶対に出来る。じゃなきゃおかしいんだ」

「な、何を馬鹿な事を……!」

「ルーを助けたいと思うなら、信じろ。俺を──ライラ自身を信じろ。そうすれば、ルーもライラも絶対に助かるんだ!」

「ルーも……?」


 ライラは、しばし視線を落としていた。ひどく逡巡しているのが、見てとれた。

 しかし数瞬後、顔を上げると、その目に、先程のものとは違う種類の覚悟が宿っていた。


「戻るのは何時いつだ?」

「一年前。ルーとライラの家に、野盗が押し寄せた夜──それも、野盗が来る直前がいい」

「……わかった」


 ライラは俺から離れ、精神を集中させるためなのだろう、静かに目を閉じ、呪文を紡いでいった。


「……世界に存在せし我ら。我らはここにる。されど同時に、世界に在る。在る場所を限ることなかれ。世界は繋がる。ならば我らの存在もまた、何処いずこ何時いつにも溶け込めるもの……」


 呪文が唱えられていく。複雑な術なのだろう、普段使用するものと比べ、文章がかなり長い。


 周囲では、ルーが猛威をふるっていた。小さめの家が、吐き出される火炎だけで吹き飛ばされ、村人が悲痛から来る大声を上げていた。


「……日が登り、照らし、沈む。工程を一、それを数十、それを十二。繰り返し、繰り返し、繰り返し、流れ流れ、しかし我らは流れの前へと我らを移す。……トトリ、手を!」

「おう!」


 差し出されたライラの手に自身のそれを重ね、しっかりと握った。


「……我が願いを世界に! 過ぎ去りし時に、我を重ねる!」


 ライラが叫ぶと、視界が歪んだ。


 火炎を吐き続けるルー、悲鳴を上げて逃げて行く村人、燃える家から上がる煙、空を泳ぐ分厚い雲……。


 全てがぐにゃりと歪み、消えて行き、暗さが増し──最後に、全てが闇に呑まれた。

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