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鬼と竜と渡る鳥  作者: 壱の人
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「我触れし水に語る。身体に力。溜めし力はばくするもの。……解放」


 ライラが呪文を唱え終えると、まるで水底で爆発が起こったように、川から水がせり上がった。

 

川を泳いでいた魚が、ぜた水に流され、川岸に投げ出される。俺は、そいつらを一匹づつ拾い、手持ちのかごに放り込んで行く。

 

 俺とライラが共同生活を送り始めて、およそ二週間。その間、俺は毎日こうした雑用をこなしていた。

 

 そうした暮らしの中で、分かって来たことがある。

 

 まず、この世界──アスラ・アムリタと言うらしい──には、鬼が居る。

 

 鬼は呪術と呼ばれる、物理現象を無視した、魔法のような力を使う。

 

 今し方目にしたように、呪術の力は凄まじい。俺の居た世界に比べて、文明レベルが著しく劣るアスラ・アムリタでは、非常に貴重で重要なものだそうな。


「その割には、いつも使ってるけどなぁ……」

 

 ライラは、先程の魚獲りでそうしたように、生活のあちこちで呪術を使っていた。まるで俺が元居た世界で、家電を使っていたような感覚だ。


「ん? 何か言ったか?」


 家に到着したライラが、背負っていた水桶を降ろしつつ、聞いて来た。


「何回見ても、呪術って不思議だなーって思って」

「ふむ。私にとっては、不思議でもなんでもないがな。生まれた時には、既に身に付いていた力だ」

「俺に取ってのコンピュータみたいなもんか」

「こんぴゅーたってなんだ?」

「俺の世界にあった機械だよ。人間の代わりに物を考えてくれるんだ」

「人間の代わりに……? じゃあ、トトリ達は物を考えないのか?」

「んなこたぁない。……多分。何も考えてない奴も、結構いたけど」

「考えなくちゃだめじゃないか」

「はい、すいません」

 思わず頭を下げた。

 考え無しだった。


「つーかさ。その呪術で、俺を元居た世界に飛ばしてくんない? ばびゅーんて感じで」

 

 俺もこの二週間、何もせずにただ暮らしていたわけではない。

 地球に帰還する方法を、自分なりに探し続けていたのだ。


 しかし、ネットも無ければ本屋も図書館も無く、そもそも字が読めない(なぜなのか、会話は出来ても読み書きは出来なかった。ライラの本で実証済みである)以上、情報を得る手段は限られて来る。


 少なくとも今現在、地球に帰還する方法は見つかっていない。

 いっそライラの力で地球に戻る事が出来れば、楽に問題解決と成るのだが──


「それは無理だ」

「あう」

 うなだれた。

 まぁ、予想していた答えではあった。

 

 それが可能なら、ライラはさっさと俺を戻しているだろう。

 なんだかんだで、面倒見のいい奴だし。


「お前は違う世界から来たらしいしな。そんな奴を元に戻す力は、私には──と言うより、呪術には無い」

「え、そうなの?」

「うん。呪術と言うのは、思念と呪文によって、元々世界に存在する法則を、手元に手繰たぐり寄せているだけなんだ。だから、世界に存在していない法則を使う事は出来ない」


 確かに、火の球にしろ水圧鉄砲にしろ、物理的に再現可能な気はする。


「違う世界に渡る法則なんてものは、一度も聞いたことがない。そんな呪術は、使用した所で発動しない。それに、存在しない法則の使用は、鬼の間で禁忌とされている技でもあるんだ」

「そうなのか……」


 先程に輪をかけてうなだれた。


「何か、急いで帰らないといけない理由があるのか? 故郷に大切な人がいるとか……?」

りためたアニメを消化したい」

「あにめって何だ?」

「何でもない、妄言だ。っつうか、呪術で帰れないなら、俺はなんで来れたんだ?」


 こんな超自然的な現象が、呪術にっていないとは考えづらいのだが。


「それは……」


 珍しくライラが言い淀んだ、その瞬間。


 カーン! カーン! カーン! カーン!


 突如として鳴り響いて来た、けたたましい鐘の音が、鼓膜を揺るがした。


「なんだ? 火事か?」

「いや……来襲だ」

「来襲? って一体──おい!?」


 聞く間に、ライラは走り出していた。

 向かっている先は、村の中心部のようだ。

 

 村はずれに住んでいるライラが、中心部に近づいた事は、この二週間で一度も無かった。 

 つまり、それだけ火急と言うことだ。


「何だってんだ──は、行けばわかるか」

 

 俺もまた、魚の入った籠を地面に置き、ライラの後を追った。

 

***


「──っ!」

 

 中心部に辿りついた瞬間、息を飲んだ。

 

 村のあちこちで小火ぼやが起こり、人々が逃げ惑っていた。

 けれど俺の目は、そんな状況ではなく、被害をもたらした、元凶に引かれていた。


「竜!?」


 ドラゴン、だった。

 

 黒いトカゲの様な巨躯に、巨木の様な足が四本。背中には、身体よりも大きくすら見える翼をたずさえており、眼光は鋭く、口には鋭い牙が揃っていた。


 黒竜は、火炎を吐き出して家々を焼き、爪を備えた前足を振るっては、家屋かおくをずたぼろにしていた。


「──ライラは!?」


 ライラは──と言うより、ヒトの集落に住む鬼は古来、呪術の力を理由に、共同体における、用心棒的な役割をになって来たらしい。

 つまり、こうした有事の際には、真っ先に矢面に立っているはずなのだ。


「ライラ!」


 視界の端で、ライラの姿を捕らえることが出来た。

 彼女は──戦っていた。


「……凍りついた風は槍となり、敵を貫く!」


 ライラが呪文を唱え終えると、空中に出現した何本もの巨大な氷の槍が、竜へと飛来して行った。

 竜は固いうろこで覆われているらしく、氷が深く刺さる事は無かった。しかし、何本かが爪の近くに刺さると、竜は苦しそうな鳴き声を上げ、去って行った。


「やったな! 追っ払えたじゃんか!」


 ライラの近くに寄り、声をかけた。


「……ライラ?」


 ライラは答えない。疲労しているのもありそうだが、それ以上に、憔悴しょうすいしている様子だった。


「……追い払った、ではだめなんだ。ちゃんと殺さなければ……」

「な、なんでだよ。とりあえず村は守れたんだし、それでいいじゃんか。また来たら、そん時はそん時で──」

「だめなんだ!!」


 ライラが金切り声を上げた。


「……すまない。でも、だめなんだ。殺して、息の根を止めなければ……!」

「だから、なんでだよ。村を守るのがライラの仕事なんだろ? もう十分じゃないのか?」

「……あれは、私の友達だ」


 ライラが苦しげに言った。


「は? それってどういう……」

「さっきも言ったが、呪術はこの世に存在しない法則を扱えないし、それは禁忌となっている。……なぜ禁忌となっていると思う?」

「なぜって──」


 言われてみれば、確かにおかしい気がする。

 発動しないのなら、わざわざ禁忌とする理由がない。


「理由は、極めてまれにではあるが──発動させてしまう鬼がいるからだ」


 ライラは、ふらふらと立ち上がり、歩き出した。


「禁忌術の発動は、「世界の歪み」の生成を意味する。世界からのしっぺ返しとして、狙った作用以外に副作用を生じるし、歪みが最終的にどういう結果に収まるか、誰にも予想出来ない。下手をすれば、世界が滅ぶ可能性すらある」

「……マジかよ」


 ぞっとした。

 話のスケールが大き過ぎる。しかしライラの言い分に、誇張や虚言のたぐいは無さそうだった。


「あの竜もまた、禁忌術を使用した鬼だ。名前はルー。歳は私の四つ下だが、幼いころから一緒にいた、一番の友達だった。ルーも私の親と同じ病で親を亡くしていて──それからずっと、一緒に暮らしていた。

 天才的な呪術師だったルーは、ある時禁忌術を発動させた。そして、副作用として理性の無い竜となり、人を襲い続けるようになった。

 人を襲う頻度は、最近になるほど増えている。村人も警戒しているが、効果のある対応策は見つかっていない。

 だから、殺す。呪術は、使用者が死ねばその効果も消えるからな」


 言いながらもライラは、燃え盛る家々の火を、呪術で消して行った。

 作業を黙々とこなすその姿は、どこか苦しげで、同時に悲しそうだった。


「……何か方法はねぇの? 呪術で呪術の効力を打ち消して、元に戻すとか。なんかそういうの、RPGで見たことあるぞ」

「……ああ、そうだ」


 ライラが、俺の方を向いた。


「実は、トトリを召喚したのは私の呪術なんだ。……正確に言えば、呪術の研究中に起きた、事故だった」

「え?」


 会話の流れをさえぎられ、虚をかれた。戸惑いを覚える。


「私が発動させようとしたのは、「ねじ曲がった運命を正す」術だ。その結果どうしてトトリが呼ばれたのか、私にもわからないが──私の呪術が原因である以上、私が死ねば効力は切れる。つまり、元の世界に戻れるぞ」

「し、死ねばって──」


 反論しようとして、気付く。

 ライラの瞳に、光が灯っていない。


「私を殺すか? トトリ。元の世界に、戻りたいだろう?」


 はっきりと、自分が動揺するのを感じた。

 元の世界に戻りたい。それは確かにその通りだ。

 けれど──そのために、ライラを殺す?

 鬼だなんだと言っても、ただ働いて飯を食って、普通に暮らしているだけの少女を?

 ただ自分の欲を満たす──それだけのために?


「……他の方法を探すよ」


 気付けば、口を開いていた。

 そんなのは──面白くない事、この上無い。


「そうか」


 それだけ言って、ライラはまた消火作業に戻って行った。

 俺もまた、せめて怪我人を運ぼうと、ライラに背を向け、村の中を動き始めた。

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