表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と竜と渡る鳥  作者: 壱の人
1/5

 空にほとんど雲も無く、ほのかに月が街を照らしている、静かな夜。

 俺の目の前に、二つの光源が迫っていた。


 それらが大型トラックのヘッドランプだと気が付いたのは、車体が迫ると同時に、大気をつんざくような爆音が、鼓膜を揺らしていたからだろう。

 自分の身体に、その何倍もの表面積を持った壁が、凄まじい速度で突進して来る光景が、妙にスローに感じられた。

 

 ──死んだな、これ。


 頭の中で、昔の思い出が、走馬灯のように流れ出す。


 幼稚園、小学校、中学校、中退した高校、それからバイトの日々。


 一人の時も多かったが、友達とつるむ事もあった。

 彼女が居たことはなかったし、苛められたこともあった。でも、よかったことも確かにあって──もう少し生きられれば、幸福と言えたのかもしれない。 


「死にたくねぇなぁ……」

 ぽつりと呟いた。

 けれど目の前には、圧倒的な死が迫っている。避けられない。


「バイバイ」

 最後に自身の死を受け入れ、短か過ぎる辞世の句を口にした、その瞬間。

 視界が、意識ごと反転した。


***


「……お前、誰だ?」

 気付けば、見知らぬ場所に座って居た。

 

 辺りは、雑多な物で溢れていた。ほうきくわ、壺がいくつか、それから物干しにでも使うのか、やたらに長い棒など。

 

 そして目の前では、大型トラックの代わりに現れた、額から一対いっついの角を生やした美少女が、俺をまじまじと見ていた。

 ……これなんてエロゲ?


「……渡里渡鳥わたりととり。歳は十七、職業は高校中退して、そっからフリーター」


 とりあえず自己紹介してみた。

 女の子は表情を変える事なく、不思議そうに首をかしげていた。


「ふりーたー……? 知らない仕事だ」

「自由人、とか言う人もいる」

「自由? 何からの自由なんだ?」

「日々伸し掛かってくる業務とか責務から……かな?」

「それはただの怠け者だ」

 ぐうの音も出ない。


「そもそも自由って何だ?」

 哲学的だった。

「……わかりません、ごめんなさい」

 素直に頭を下げた。

 女の子は、更に首をかしげていた。


「俺からも聞いていいかな。まず、ここはどこで、君は誰?」

「ここは私の家の倉庫。私はライラだ」

 わーい、情報が満載だー。おかげで疑問が全部氷解しねぇよ。


「……君の家は、どこにあるのかな? とりあえず、都道府県から教えてもらえるとすげー嬉しい」

「トドウフケン……? 食べ物の名前か? 美味しいのか?」

 今日中に帰るのは無理と見た。


「お前、なんでここにいる?」

「こっちが聞きてーよ!」

 ついに声をあらげた。

 夜中食糧の買い出しに出て、信号無視したトラックにかれそうになったと思ったら、次はこれと来た。

 人生がしょっぱ過ぎる。


「とりあえず、ここではなんだ。家に来い、お茶ぐらいは出す」

「お、おう……」


 ひょこひょこと立ち上がり、角の生えた女の子──ライラの後を追った。


***

 

 倉庫を出ると、燦々(さんさん)と太陽光が降り注いでいた。

 俺の感覚では、ついさっきまで夜だったはずなのに、完全に昼だった。おかしいにもほどがある。

 

 先程まで居た倉庫は案外小さく、木造で、土蔵どぞうを連想させた。倉庫の近くには、火事でもあったのか、焼け焦げた土台があった。


 周囲を見ると、視界のほとんどが深い木々に覆われており、あちこちに茂みが出来ていた。

 近くからは、ちょろちょろと川の流れる音もした。一部、絶壁に近い崖も見受けられたが、岩石の合間からも植物が生えていた。


 ライラの家と倉庫を除くと、周囲に建築物はないようだったが、左右を雑草に囲まれた道があった。道の先に視線をると、はるか先の方で、いくつか家が並んでいるようだった。


 植物に見慣れたモノは一つもなく、ここが自分の住処からはるかに離れた場所にあることを、暗示していた。


「どうぞ」


 家の中(こちらも木造)に入ると、ライラがコップを差し出して来た。

 密封された真っ白い筒を切り取ったような、シンプルなデザインのコップだった。


「頂きます」


 俺は、見た事のない文様のカーペットに正座しつつ、コップを受け取った。

 口を付けると、紅茶と日本茶の中間のような、不思議な味がした。


「さて。改めて聞くが、お前、なんでここにいる?」

「だから知らんっちゅうに。気付いたら、あんたの家の倉庫に居たんだよ」

「ふむ……たぶん──いや、どう考えてもあれのせいか……」


 ライラはあごに手を当て、考えるような仕草を見せた。


「あれって?」

「なんでもない。それより、行く宛てはあるのか?」

「いんや、全然」


 言葉だけは通じているようだが、逆に言えば、それ以外は何もわからないのだ。

 スマホは家に置いてきたので、GPSや地図アプリも使えないし。

 まぁ、ケータイがあった所で、電波が届いていないだろうけど。


「それなら、ここにいるか? 働くなら飯と寝床はやる」

「え、マジで? いいの?」


 願ってもない話ではある。

 ここがどこかもわからない以上、帰る方法はない。

 なら、とりあえずでも、生活を安定させる必要があるのだ。


「ありがたいけど、家族とか文句言うんじゃね?」

「私は一人暮らしだ。結婚もしてないし、親は五年ほど前に、流行病はやりやまいで他界した」

「……失礼」

「気にするな、大丈夫だ」


 ライラは特に表情を変えることもなく、お茶をすすっていた。


「けどさ。それにしたって、一人暮らしの若い女の家に男が住み出すって、問題なんじゃねーの?」


 ライラの家は狭い。四畳半程度の部屋に、かまどやらの台所設備があるだけた。 

 倉庫には寝るスペースなど無さそうだし、俺が住むとなると、同じ部屋で寝泊まりする事になりそうだが──。


「それも大丈夫だ。見てみろ」


 言ってライラは、窓の外を指差した。

 

 立ちあがって覗いてみると、家のすぐ近くに、人一人が入る程度の面積の床に、俺の腰程度の高さを持った簡易的な壁を取り付け、最後に天井として屋根を置いた、シンプルな建築物があった。

 正面には入口らしき穴が空いており、どうやら出入りはそこからするらしい。


「つかぬことを伺いますが、あれはひょっとして、動物の部屋では?」

 っていうか、どう見ても犬小屋だった。


「うん。昔飼っていた動物の住居だ。広めに作ったから、男一人位余裕で寝られるだろう。好きに使ってくれればいい」

「貴女はひょっとして、女神様……?」

 とりあえず生き伸びる事が最重要と判断した。


「いや、鬼だ」

「はい?」


 ライラは、自身の額から生えている、角らしきものを指差した。

 なぜなのか、その角には、包帯が巻かれていた。


「鬼を知らないのか? 呪術を使い、ヒトから恐れられている存在だ。……ヒトは皆、鬼を知っていると思ってた」

「ジュジュツ?」


 今度はこっちの番だ。なにそれおいしいの?


「こういうのだ」


 言って、ライラは手の平を上に向けた


「……目前の空に語る。空を占める大気、世界に遍在せし燃える風に。風は火を灯し、火、重なりて炎を為す」


 見る間に、ライラの手から火が出て来て、次第に燃え盛る火球となった。

 火球は燃え続けながらも、その場にあり続ける。物理法則は完全に無視されていた。


「わかったか?」

「ああ……わけわかんねーことがわかった」


 どうやらここは、魔法のような力のあるファンタジー世界で、目の前の美少女はその世界の住人──鬼らしい。


 で、俺はそこに超自然的な力で飛ばされており、帰還の方法はわかっておらず、更には彼女と寝食を共にする(ただし寝るのは犬小屋)と来た。


 先程の台詞を、もう一度繰り返そう。

 ……これなんてエロゲ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ