【前編】
今は昔、データ通信が始まった時代から一〇〇〇年。物質転送装置の実現は、いまだ人類の夢であった――。
しかし、とある研究所の開発チームでは、物質転送装置の研究において、稼働試験の段階までこぎつけていた。転送実験は順調で、無生物はもちろん、人間以外の生物の転送は全て成功していた。
人間の転送に成功すれば、彼らが直近の目標としていた開発は、ひとまず達成されたことになる。とはいえ、実用化までの道のりはまだまだ長いと、研究チームの誰もが考えていた。
人間の転送実験は、開発責任者である女性研究主任が自ら志願し、被験者になることになっていた。
装置に入る女性主任。周りの研究員は、不安と期待の入り交じった視線を彼女に注いでいる。
装置のスイッチが入った。
送信側の転送装置に入った女性主任は、数十分後、数メートル離れた場所にある受信側の転送装置から出てきた。
研究員たちから、どよめきが上がる。
女性主任の目の前には、いつもと変わらない風景があった。
歓声を上げて出迎える研究員たち。実験は成功である。
しかし、女性主任の顔は晴れない。その様子を見て、研究員たちの歓声の勢いが急速に弱まった。