崩壊
――放課後。
僕は着替えた体操着姿であの空き教室に来ていた。
誰もいない教室で僕は花音さんを待つ。静かな空間が一人の辛さを際立たせている様な気がする。
バケツで水を掛けられて、考えなくちゃいけない事があると思った。それは昨日の夜も一瞬思いついた事で、考えまいとしていたこと。
「夕貴ちゃん」
ドアが突然開けられて、僕は少し驚いた。
「茜ちゃん、どうしてここが? いや、それよりも聞きたい事があるんだ」
「うんうんなになに? 相談にならいくらでも乗るよー?」
茜さんは僕の座っている前の机に腰を掛けて、頭のお団子を触りながら首を傾ける。
「茜さんには全然水がかからなかったよね? あそこに僕がいるのは茜さんしか知らなかったはずだよね? そのために時間をずらしたんだもん」
「……夕貴ちゃん、人の事を疑いたくなる気持ちも分かるけど、私は何にもしていないよ? 私から言わせてもらえば竜宮寺さんの方が怪しいよ」
茜さんが言うように僕は茜さんの事を疑っていた。これは僕の推測だ、当たって欲しく無い拙い推測。
「茜さんは知らないかも知れないけど、知り合いの人が僕の家の近くで怪しい人を見たって言ってるんだ。これはその怪しい人が犯人だと決めた場合の話なんだけど、花音さんは絶対に犯人じゃないんだ」
その頃花音さんは修一さんに謝っていたはずだから。
「でも、怪しい人が竜宮寺さんじゃ無いってだけでなんで私の事を疑うの? クラスの男子がストーカーまがいの事をしてたのかも知れないよ? ほら、夕貴ちゃん可愛いし」
「そうかも知れない」
「ねっ! そうでしょ? だから落ち着いて夕貴ちゃん。私はあなたの友達、味方だよ」
「僕もそう信じたいよ」
「信じていいんだよ! 誰も彼もが敵に見えちゃうのは分かる。でも私は信じて!」
茜さんは僕の手を強く握った。真っ直ぐな視線をくれる彼女を疑いたくなんて無い。でも……。
「ねぇ、茜さん覚えてる? 昨日別れ際に僕に言った事」
「覚えて無いよ……ねぇ何で信じてくれないの?」
「茜さんはね、頼りになる妹さんがいるでしょって言ったんだ」
考えちゃいけないと思っていた事、いや最初は気付きもしなかった。でも昨日の夜、藍がベッドに来てくれたから分かったんだ。
「それが何!? 実際にいるでしょ! 妹!」
茜さんは机を大きく揺らして音を立てる。彼女の苛立ちが伝わってくるのを感じる。さっきまで繋がれていた手が遠い。
「いるよ。優しくて愛情いっぱいの最高に頼りになる妹が……」
「ほら、やっぱりいるんじゃない。それを私が言ったからってなんだっていうの!」
「僕は茜さんの前で一度も妹の話はしていないんだ。それなのに何で茜さんは僕の妹の事を知っているの? あの日、電柱の陰に隠れていたのは茜さんだったんじゃないの?」
茜さんは怪しい。半分は本気でそう思っている。
でももう半分は彼女を信じたい気持ちだ。茜さんが他の人から聞いたと言ってくれれば、僕はそれだけで彼女を信じられる。
二人の間にある静けさは嵐の前のそれと同じで、茜さんが顔を伏せたまま笑い出した所で崩壊した。
「アハハハハ! あ~……そっか、私が妹の事を知ってたら駄目だったか。失敗失敗、やっちゃったなぁ」
「……茜さん」
「近寄らないでくれる? 気持ち悪いったら無いんだよ。この変態!」
茜さんの言葉が刃物のように胸に刺さる。僕は押しのけられたその位置で茜さんに答えを求めた。
「なんで、なんで茜さんが? 僕に言ってくれた事も全部嘘だったの?」
「全部が嘘で固められるほど私は器用じゃ無い。嘘はただ一つだけ、父親は死んでなんかいない。私の父親は女装が趣味の変態親父だよ。挙句の果てには家族を捨ててどこかに逃げちゃったよ。「女として生きたい」たったそれだけを置手紙に書いてね。私はそれ以来男が嫌いになった。母親と一緒にいる時間だけが私の癒し、でもそうしているうちに、私は本当に女の子しか好きになれなくなっちゃったんだ」
茜さんは教室の中をフラフラと回るように歩きながら話す。視線は宙にあって、彼女の様子は病的にも見えた。
「じゃあ最初に僕に近づいて来たのはその……」
「そうだよ! 好きだったからだよ! 可愛いその容姿が態度が言動が! 私のストライクゾーンのど真ん中だったの。休みの日は何してるのかなってちょっとストーカーごっこをしちゃうくらいに! でも……あんた男なんでしょ? 私の父親と同じ女装趣味の変態。恨んだね、呪ったね、自分の運命って奴を。でも今回苦しむのは私だけじゃない。女装趣味の変態に復讐できるチャンスをもらった」
「違う! 僕はただ可愛い物が好きなだけなんだ! 変態なんかじゃない」
「は? アハハ? 何言っちゃってるの? 気持ち悪い、あぁ気持ち悪い。あんたがどう言ったって、周りから見たらただの変態でしか無いんだよ!」
「……でもそれなら何で、何で僕に嘘をついてまで友達でいてくれたの? 父親の話まで作り話で、そこまでして何がしたいの?」
「何? 何って分からないかなぁ~。やっぱり少し抜けてる所は天然なんだね。人の悪意に気付くのも遅い。私が騙した理由は一つだけだよ。……なんだって持ち上げてから落とした方が壊れやすいから。それだけだよ。私が唯一の友達になって、そして裏切る。父親と同じ趣味のあんたをね。実際あんたは私に救われかけた。ねぇ今どんな気持ち? 死にたくなるくらい辛いんじゃないのぉおお?」
茜さんの言うとおり、僕は今すごく苦しい。友達を疑った事、友達だと思ってたのに裏切られた事。
「でも僕はまだ一人じゃない」
そう、僕にはまだ友達がいる。
いつか花音さんがこの教室に来てくれるかも知れないんだ。
「一人だよ」
「違う!」
「アハハ、むきになっちゃって可愛いねぇ! もう本当に見た目は大好きなのに。でも中身は大嫌い。そんなあんたに教えてあげる。あんたが待ってる竜宮寺さんは来ないよ」
「な、なんで茜さんに僕の待ってる人が分かるの?」
「分かるよ! 私は入学してからずっとあんたの事を見てたから。でもあんたは竜宮寺さんといつも一緒、片思いの私の胸は張り裂けそうだった。でもまぁ……あんたが男だって知ったときにはもっとショックだったけどね」
ずっとフラフラしていた足を止め、僕を見下ろす彼女は目に一杯の涙を溜めている。僕は彼女の真意が分からない。
まだ完結ではないですが評価、お気に入りをお願いします(´;ω;`)
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