茜
今日は花音さんに僕の秘密を打ち明ける日だ。昨日家に帰ってからなんて言おうか考えていたんだけど、うまくまとまっていない。というか、まず話を聞いてもらえる保証すらない。それほどまでに花音さんは怒っていると思う。
「おにぃ、いってらっしゃ~い!」
玄関を出た所で藍と分かれて駅に向かう。お気楽というか、深く考えることが無さそうな藍の性格が今はとても羨ましかった。兄の女装癖を受け入れてる時点で大物だよ。
電車に揺られている時間は三十分。いつもは時間を潰すのに苦労をする所だけど、今日の僕には三十分は短い物に感じた。
電車を降りて高校までの道を歩く。ここまで来ると辺りには僕と同じ制服の人がちらほら現れ始めるけど、花音さんに見つかる心配は無い。というか、なんだろう、学校が近くなるにつれて花音さんに会うのが怖くなる。
自然と歩くスピードを遅くしてしまったのか、時計を見るともう学校が始まってしまう時間になってしまっていた。
「うわ、来たぞ」
「信じらんねぇ、ホントにあの子が?」
校舎に入ると明らかにいつもと雰囲気が違っていた。皆僕の事を見て何か小声で囁き合っている。
あ、これは……。
僕はこの感覚を良く知っていた。中学の時にも経験した事だったから。
――僕の女装がバレたんだ。
どうしようどうしよう、なんでバレたんだ? 柏木さんが花音さんに言って、花音さんが学校で広めた? ううん、そんなはずは無い。……無いと思いたい。逃げ出したい気持ちを抑えつけて教室に向かう。今僕を動かすのは花音さんに謝りたい気持ち、それだけだ。
でも廊下でも向けられる好奇の目、トラウマが目を覚まして中学時代に戻ったかの様な感覚に襲われる。あぁ目が回る、何が何だか分からないよ。
『高城夕貴の正体は変態女装男子』
フラフラになって辿り着いた教室で見たのは、大きく僕の事が書かれた黒板の文字と、それを見上げている花音さんの姿だった。
「な、なんで……? ねぇ花音さん、何で?」
「知らん、私が書いたんじゃない!」
花音さんは僕を見るとすぐに目を逸らした。
「ねぇ高城さん、これって本当なの? なんか朝来たらもう黒板に書かれてて……面白がった男子達が学校中に広めちゃってるよ? 体育の時とか高城さんは皆と違う場所で着替えてたりしてたから、これは本当だって……」
委員長の宮城さんがそう言って僕を心配してくれた。
否定する言葉が出てこない。花音さんには秘密を告白しようと思っていたけど……学校中にバレてしまうなんて、心の準備が出来て無い。
「花音さん……違うんだ、僕はただ……謝りたかっただけなんだ……昨日の事、そして今まで騙していてごめんって……それでまた、友達にっ――」
どうしてだろう。どうにもならない状況が、僕の言いたかった事を浮き彫りにする。
「夕貴、すまないが今は君の話は聞きたく無い」
そう言って花音さんは黒板に書かれた文字を消した。嗚咽を漏らす僕を見るわけでも無く、ただただ黒板の文字を消していた。
「え~、本当だったの? 信じられない、私一緒にカラオケとか行っちゃたんだけどぉ」
「みんなの事騙してたんだね、サイテー」
「あぁ、あんなに可愛い子が女の子じゃ無い!? ふざけんな! 俺の純情返せ! この変態野郎!」
「デュフフ、男の娘が三次に存在していたなんて……フォオオオオオ!」
あぁ、クラスの皆が僕を嫌っていく。一緒に遊んでくれた女の子も、可愛いと褒めてくれた男子も、花音さんも……誰も本当の僕を受け入れてくれないんだ。
「夕貴ちゃん、保健室いこ? ここにいちゃ駄目だよ」
肩に手をかけてそう言ってくれたのは茜さんだった。
「ほら、早く!」
強引に引っ張られて教室から外に出る。廊下を進む彼女の腕に込められた力はとても強い。
「大丈夫?」
歩きながらも茜さんは僕の心配をしてくれる。
「大丈夫……とは言えないけど、少しだけ落ち着いてきた」
「そっか……ねぇ、今日はこのまま学校さぼっちゃおうか?」
「え?」
「だって、このまま学校にいるなんて考えられないでしょ? だからって一人にしておけないし。二人でどっか行っちゃおうよ! ほら!」
さらに力を込められて引っ張られると、僕に抵抗する力は残っていなかった。
「ね、どこに行こうか? またカラオケでも行っちゃう? でも二人だとすぐに歌う曲無くなっちゃうか。それじゃあゲームセンターとか? 夕貴ちゃんゲーム好き?」
「茜さん、もう無理に夕貴ちゃんって呼ばなくてもいいよ」
「えー、でももうそれで定着しちゃってるし、今さら変えにくいもん」
「茜さんがそう言うならいいけど……」
浮かない僕の様子に茜さんは無理をして明るくしているように見える。でも今はどこで遊ぶ気にもなれない。
「ふむ、こんな時に遊ぶも何もないか……じゃあ、私の秘密の場所に連れてってあげよう!」
「え?」
そう言って彼女は歩き出した。
もう手を引っ張ってはくれなかったけど、僕には彼女に着いて行くことくらいしかできることが無かった。
電車に揺られる事十分くらい。
着いたのは何のセールスポイントも無い普通の静かな町。まぁ学校の近くには大きなテーマパークも無いし、どこも同じようなもんだ。
でもこんな駅で降りて、彼女の秘密の場所とはどこなのだろうか。
「こっち!」
言われるままに彼女の後を追って、緩やかな坂を上る。辺りは閑静な住宅街で、こんな所に秘密の場所が本当にあるのかな。
「ここだよ」
歩いて二十分くらいして唐突に告げられたゴール地点は普通の一軒家だった。茜ちゃんが入って行ってしまうので僕も後に続く。
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