茜さんの嗜好
――放課後。
「レッツシャウト! レッツシングなのですよ~!」
「ひゃっほぉーう!」
「シャウトの優先度の方が高いんだね」
マイクを握り茜さんがシャウトする。盛り上がっているのはクラスの女の子達。
ソファに昇り手を突きあげる様子は教室の中では見せない野性味だ。男子の前では清楚な彼女達だけど果たして本性はどちらなのか。
「じゃあワタシ歌いまーす!」
茶髪にサイドロールのパーマをかけた子がマイクを握り、部屋の中はポップな邦楽なのか疑わしい曲で満たされる。
僕は手拍子をして空気に馴染む。
横に座った竜宮寺さんを見ると曲本を睨みつけて「どれだ、どの曲を選べば可愛いと思われるのだ!?」と目を血走らせている。うん、関わらないでおこう。
「ねぇーえ! 夕貴ちゃんは何歌う~?」
茜さんがタッチパネル式のリモコンを持ってきた。うぅ、顔が近いです。緊張します。
「ぼ、僕は下手だから聴いてるだけでいいよ」
「えぇ~つまらないなぁ。あっ! じゃあ二人で歌おうよ! ほら、これだったら夕貴ちゃんも知ってるでしょ?」
そう言って彼女が入れたのは最近流行っているアイドルグループの曲だった。確かに知っているけど、僕はまだ女声で歌う事が出来なかった。
しかし、雰囲気という物は非情なものでイントロは流れ出しマイクを持たされてしまった。どうしよう、歌えないよ。
「貸せ」
突然マイクが奪われ、室内に歌声が広がる。
竜宮寺さんだった。
「うわ、うまーい」
誰かが言った。
言われるまでも無く皆そう思っていて、僕が歌うかどうかなんてもう誰も気にしていない。
彼女はそのまま歌い切り場は盛り下がらずに済んだ。いや、むしろ盛り上がった? 男子には怖がられていた竜宮寺さんだけど、女子からはそんな様子は無い。むしろ竜宮寺さんの格好良さに目がトロンとなっているほどだ。
「あ、ありがとう」
「たまたま知っていたから歌っただけだ」
竜宮寺さんはそう言うけど、本当は僕が困ってると思って助けてくれたんだと思う。変な所もあるけど優しい人だ。
「夕貴ちゃん知らない歌だったかな? ごめんね、無理に歌わせようとして。怒っちゃった?」
「ううん! 全然大丈夫だよ。僕の方こそごめんね」
「いいのいいの! ほら、仲良くなりたいからちょっと焦っちゃった。私ってだめだなぁ」
茜ちゃんは謝ってくれていたけど、なんでだろうどこか作り物めいた感じがした。そして言葉とは反対にさらに僕との距離を詰めてくる。
「ねぇねぇ夕貴ちゃんは……彼氏とかいるの?」
茜さんは僕の耳元で囁いた。腕は組まれガッチリホールドされる。
カラオケの音が邪魔で聞こえにくいから囁くって大きさの声では無いけど、なんか秘密を話すようでドキドキした。
「いや! いないし、いたこともないよ!」
でも僕はドキドキよりも自分に彼氏がいたらと想像した気持ち悪さに強く否定してしまった。
「そうなんだ! じゃあ好きな人はいるの?」
茜さんは僕の様子なんかお構いなしで話を続ける。そしてすごく距離が近い。体はすでに面積の三分の一は触れ合っている。
極上のパンケーキのような甘い匂いが鼻を刺激する。
「いや、だからいないって!」
「そっかぁー、じゃあ私たち仲間だね!」
手を握り腕を絡ませる茜さん。柔らかいものが腕に当たっているんですけど!?
でもこんな事を意識する方が変に思われるのかな?
「そ、そうだね。仲間だね!」
慣れた振りをして手を握り返した。もしここがマンガの世界ならギュッという擬音が大きめに書かれているだろう。
「うれしい。私って可愛い子が好きなんだ」
「え!? 僕もだよ、可愛いは正義って本当だよね」
茜さんは僕と同じ嗜好だったのだ。
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