丼に愛を。
丼と言われて何を連想するだろうか。
カツ丼、天丼、牛丼、豚丼……。
どれも国民的丼と言えるだろう。
カツ丼と言えば、刑事ドラマでお馴染みの一品だ。取り調べを受ける犯人に対し、刑事が「……腹、減ってないか? カツ丼食うか?」というシーンが思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。
実際には取り調べ室でカツ丼なんて出されないというのがもっぱらの噂だが、真偽のほどは不明だ。少なくとも俺は知らない。
現代社会におけるインターネットの普及率からして、真実を知ることはそう難しいことではないだろうが、夢やロマンを大事にしたい俺は、これ以上詮索しないようにしている。
この話題を友人に振ってみると、大体「そんなの嘘に決まってるだろ」とか、「カツ丼食べられるらしいけど、それって犯人の自腹らしいよ」だとか、回答はテンプレ通りだったりするから、もはやこの話題は都市伝説に認定しても良いのではないかと思う。
ちなみに、自ら真実を探りに行く気は毛頭ないし、これからそうする予定も無いことをあらかじめ宣言しておく。
さて、ここまでカツ丼について熱く語ったわけだが、今回の主役はこいつではない。
今回の主役はずばり、親子丼である。
なぜ親子丼かって?
理由は簡単だ。
俺が庶民だからである。
そして、親子丼こそが庶民の味方第一位の丼だと俺は思うね。
鶏肉と卵で構成されるこの丼。
「鶏」を「卵」でとじることから「親子丼」という、安直かつ分かりやすいネーミングセンスにも脱帽だ。
最初にネーミングを考えた奴は天才だと言わざるを得ない。
鶏肉なんてスーパーの特売日を狙えば、グラム六十円程度で購入できるし、卵はやや価格が高騰しているかもしれないが、それでも特売日には一パック百円で購入できる。
半熟卵でとじられた鶏肉と玉ねぎの絶妙なハーモニー。甘塩っぱい味付けがまた食欲をかき立てる。
シンプルな食材でご飯をいくらでも食べられる。財布にも腹にも優しいだなんて、庶民の味方以外の何物でもない。
そして、この庶民の丼が俺にとっては世界で一番素晴らしい丼だということも伝えておきたい。
特に、いま食そうとしているこの親子丼は特別なのだ。
俺の目の前に差し出された親子丼は、まず親子丼の魅力の一つとも言える半熟卵の要素が全くなく、卵焼き以上にガチガチに焼き上げられている。
その卵の隙間から顔を覗かせる玉ねぎは、形がばらばらで、明らかに生と判別できるものもちらほら。
メイン食材の鶏肉に至っては「これはから揚げ用の肉か?」と聞きたくなるほどの存在感をアピールしながら、丼の上にごろりと転がっている。
この見た目が残念な親子丼の先をちらりと見ると、今にも泣き出しそうな彼女の顔があった。
俺はそんな彼女に気付かないふりをして「いただきます」と、その親子丼を口にした。
味は甘すぎず、しょっぱすぎず。玉ねぎがたまにしゃきしゃきするが、玉ねぎサラダだと思えば問題ない。気になる鶏肉も火はしっかり通っている。見た目に反して普通に食すことができる親子丼だった。
「美味いよ」
俺は率直な感想を伝えたが、彼女は黙って俺から親子丼を取り上げようとした。俺はそれを制して親子丼を食べ続ける。
「見た目はともかく、普通に美味いよ。なんでそんなに泣きそうな顔してるんだ?」
「だって……こんなの、全然美味しそうじゃない。私全然だめだ」
そう言って彼女はぽろぽろと涙をこぼした。
そんな彼女を見て、俺は思わず苦笑する。
「いいじゃないか」
俺はさめざめと泣く彼女の頭をそっと撫でながら話を続けた。
「俺もお前も夫婦初心者だ。誰だって最初から上手くできる奴なんかいないだろ。これから練習して上達していけばいいんだよ。継続は力なりって言うだろ。俺はお前の作る飯が食えればそれだけで幸せなんだ。な? 奥さん」
彼女は一瞬目を丸くして、そして笑った。それにつられて俺も笑った。
下手くそだっていいじゃないか。一緒に失敗して、一緒に笑おう。そして毎日進んで行こう。
俺にとって彼女が作るこの親子丼が、世界一素晴らしい丼には変わらない。
読んでいただきありがとうございます。
執筆初心者です。
日々精進してまいります。