教室~日陰に隠れたような自己紹介
「それじゃね、風藤さん!」
「風藤さん、また明日!」
明日から本格的に始まる授業を前にした、身体測定やら教科書販売、そして部活オリエンテーションを済ませ、帰ることになった午後二時。クラスの女子の何人かが、風藤にさよならを告げて、教室を出ていった。
「うん! バイバイ!」
風藤もそれに元気よく対応して手を振った。昨日の入学式に欠席したにも関わらず、風藤はすでにクラスにおいて人気者になっていた。
昨日、来島先生が言ったとおり、生徒全員が揃ったことで三十分ほどの時間を使って生徒全員の自己紹介をすることになった。
男女交互に行なっていくやり方で、俺の順番は七番目だった。
みんな名前の他に、趣味やら高校生活に向けての抱負を語っていくものだろうと、俺もそういったことを言おうとした。できるだけ明るく、そう心がけてだ。
「――風藤朱鳥です! えっと、前の席の人に便乗するわけじゃないけど、三度の飯よりサッカーが大好きでーす! 将来は日本代表で世界一になることです!」
――と、考えていたが、前の席の奴が、インパクトのあることを言えば、そのすぐ後ろの俺がどんな自己紹介をしても、無意味だった。
「えっと……木城鷹也です。好きなものは……」
まだクラス内がざわつく中、俺は席から立ち上がり、淡々と自らについての紹介をしていく。
だが当然、俺の自己紹介はみんなには、風藤という太陽に当たらない日陰のように、まったく印象に残らなかっただろう。
代わりに、風藤のクラスでの立ち位置は、良い意味で決まった。
「それじゃ風藤さんと木城くん、また明日!」
「うん、じゃあねトッキー!」
会って一日も経たない内に、風藤は沖田をあだ名で呼んでいた。
自己紹介を終えた後、二人は同じもの、サッカーを好きという理由から、すぐに意気投合していた。ちなみに、風藤の前に自己紹介を行ったのは沖田で、風藤の席の一つ前である。
そういえばこいつは、誰とでもすぐに打ち解けるある意味、天性の才能を持っていた。
自己紹介を終えた後、風藤と沖田は、意気投合し、数分程度だが、好きなチームや好きな選手といった、サッカーの話題で盛り上がっていた。
沖田はやはりジダンが好きらしく、好きなチームはユベントスと答えた。
風藤はというと、特にサッカーチームには思い入れが無く、「観るよりもやる派」で、自分でボールを蹴るほうが好きだと言った。こういうところは、昔から変わっていない。
そして、沖田が教室を出ていったあと、教室内にどんどんと人が少なくなっていった。残ったのは俺と風藤のみになったというわけだ。
「はあ……にしても残念だったなあ……」
俺の席に向かい、あからさまなため息をつく風藤。さっきクラスメイトに見せていた笑顔はそこにはなかった。俺は、風藤の落ち込んだ理由はすぐにわかった。
「まあ、女子サッカー部なんて滅多にあるものじゃないからな。そう落ち込むな」
何の慰めにもなっていない言葉を俺は投げかける。そう、体育館での各部活においての部紹介。風藤はこの学校に「女子サッカー部」が無いことがはっきりとわかったのだった。
「そうなんだけどさー……。あーこんなことなら、もっと調べてから入学を決めるべきだったー!」
「いや、そこはちゃんと調べとけよ……! ていうかならなんでこの学校を選んだんだ?」
俺のいる県はそれなりにサッカーが強いことで知られている。サッカー人口も他のスポーツよりはるかに多いらしいと、どこかのサッカー好きの市長が言っていたのを思い出した。
つまり、だ。「女子サッカー部」のある高校だって、それなりにあるだろうということだった。
実際、飛川高校のとなり町の琴寺高校という女子校には、女子サッカー部があったはずだ。
「……ん、それは……まあ、いいじゃん! それにさ、こうしてタカっちと再会できたんだし!」
「お、おう……!」
こっ恥ずかしくなるようなことを、何の臆面もなく言ってくれる風藤。机から身を乗り出し顔が接近する。なぜか妙に緊張してしまった。
「――いっそ新しく『女子サッカー部』、創っちまえばいいんじゃねえのか?」
極度の緊張状態から、俺は、後ろにのけぞりながら、思いついたことをそのまま風藤に口にしていた。
「新しく……?」
俺の思いつきな言葉に、風藤は目を見開かせた。その隙に、俺はイスから立ち上がり、風藤から距離を取った。俺は風藤に続けて言う。
「あー……ほら、漫画とかでよくあるだろ。ゼロからのスタート的なシチュエーション。お前、そういうの好きそうじゃん」
なんとか頭を捻り、続きの言葉を口にする。笑って俺はそう言ってみたものの、実際のところ部活を新しく創ろうとするならば、かなりの労力がいるはずだった。そして、俺は自分の軽口を後悔した。
「風藤……?」
「そうか……そうだよね……」
風藤はブツブツと何かを呟いた。すると風藤、突然立ち上がり、大声で叫んだ。
「そうよね! 無ければ創ればいいんだ! ありがとう、タカっち!」
「あ、おい!」
俺に感謝の言葉を口にすると、風藤は物凄い勢いで、教室を出ていった。カバンを持つのを忘れて、だ。
「……どこの漫画の主人公だよ。……しょうがねえな」
できればこのまま家に帰りたかったが、こうなったのには自分の責任もある。
仕方なく、俺は自分のカバンと風藤のカバンを持って、風藤を追うことにした。
だが風藤、すでに俺の視界の内からは消え、遠くから激しい足音が響いてくるだけだった。
「あいつ、まさか――」
嫌な予感が確信へと変わる。なんていうか……このままあいつを放ってけば……。
ぞくっと背筋に寒気がさす。俺は急いで風藤のあとを追おうとした。
「あ!」
隣の教室の前を通り過ぎようとした時だった。教室のドアから出てきた女子生徒と、俺はぶつかってしまった。
「――っ! 悪い、大丈夫か!?」
寸前で勢いを殺したものの、結果的には女子を倒すかたちを取ってしまった。俺は謝りながら、その女子に手を伸ばし、起こそうとした。
「す、すいませんすいません! 私がトロいばっかりに……!」
だが倒れた女子は逆に謝ってきた。前髪がかけている眼鏡にかかった、こういっちゃなんだが、ちょっと暗そうな女子だった。女子は俺の手を取らず、ばっと立ち上がった。
「本当にすいませんでした!」
ペコペコとなんとも謝り続け、女子は逃げるように立ち去った。けっきょく、ちゃんと謝れなかった。
「――っと、そうだあいつを追わねえと」
仕方ないと気持ちを切り替え、俺は再び風藤を追うことにした。もう足音すら聞こえなかったが、あいつの行く場所は大体予想がついていた。
俺は、グラウンドへと向かった。