通学路~会話しながらの登校は時間がかかる
まさかの風藤の来訪に、俺は困惑するもそれも少しのこと。俺は風藤に「少し待て」と残し、急いで朝食を済まし、テレビを消し、カバンを持って外へ出た。
「待たせたな……って、どこ行った?」
ドアの外には、風藤の姿は無かった。代わりに、家の裏庭の方から声がした。
「おーよしよし! ひっさしぶりだね、ヤタ!」
裏庭に回るとそこに風藤はいた。風藤は庭の端の方に繋がれた、我が家の飼い犬、雑種犬のヤタの頭とあごを同時に撫でていた。
「うーん、ほんとにおっきくなったなあお前は! まだご主人とはサッカーしているのか?」
一方的に風藤はヤタに語りかける。ヤタは普段、家族にも見せないくらい、ちぎれんばかりにしっぽを振って、「ハッハッハ」と息をしながら涎を流していた。
「おい、汚れんぞ」
風藤はヤタと制服姿のままじゃれあっていた。ゆえに、上から下にかけるまで、風藤の服装は毛だらけになりかけていた。
入学二日目でこれはいただけない。俺は風藤に近づき、ヤタから引き離そうとした。
「――ワンッ!」
その時、ヤタは白い歯をむき出しにして、噛み付くとまではいかないが、俺に吠えた。いきなりの飼い犬の態度に、俺は反射的に離れた。
「ダメだよヤタ、吠えちゃめっ!」
風藤はヤタの頭を、コツンと軽く叩く。するとヤタ、「くぅーん」と鳴くや、一気にしおらしくなり「伏せ」の体勢を取った。
「あ、タカっちゴメン、勝手に入っちゃって」
「あ、ああ別にいいんだけど……」
それより俺は、ヤタの態度が気になった。たしかに風藤は、引っ越す前はよくヤタとは遊んでいたけど、態度が露骨すぎねえか? 俺は少しばかりショックを浴びた。だが、風藤の発言からその理由を思い出し、納得した。
「もうあれから五年かあ。捨て犬だったヤタがこんなに大きくなるなんてねえ」
「……ああ、そうだな」
俺はもう一度ヤタの頭を撫でながら、ヤタが今こうしていられるのが、風藤のおかげだと思いだした。ヤタは今度はおとなしく、尻尾を振った。
「ねえ、ちょっとボール蹴らない? 久しぶりにさ!」
風藤は目ざとく、庭の片隅に置かれた、サッカーボールを指差し、そう誘った。
「……遅刻するぞ」
「あ、待ってよ!」
俺は風藤の誘いを一方的に無視し、庭を出て玄関へと向かうことにした。風藤もすぐに俺のあとをついてきた。そして俺と風藤は、ごく自然な流れから一緒に登校することになった。
「いやあ、昨日はホントまいったよ! 朝起きたらもう十時で、急いで家を出たと思ったら、公園で子供たちがサッカーしてるんだもん。学校行くのを忘れて、ついつい一緒にボールを蹴っちゃった」
風藤は昨日、公園でボールを蹴っていた理由についてを若干照れながら教えてくれた。
「……相変わらずだな、お前は」
もはや呆れを通り越して感心した。今、俺の隣を歩く風藤朱鳥は、五年前とまったく変わらない、「サッカー馬鹿」だった。
「それでさ! そのまま学校に着いたのはいいけど、もうみんな帰っちゃっているんだもん! はあ、無駄骨だったなあ……」
がっくりと肩を落とす風藤。あの時教えてやるべきだったなと、俺は少し後悔した。
「よく俺んち覚えていたな……」
ひとまず話題を変えてみることにした。すると風藤、すぐさま顔に生気を戻し、にかっと笑った。
「そりゃあよく遊びに行っていたもん! ねえ、すずちゃん元気?」
風藤は俺の妹、雀の現状を訊いてきた。
「……ああ、元気に中学生してるよ。朝練が忙しいらしくて朝は早いけどな」
少し迷いながらも、俺は正直に風藤に伝えた。
「そうなんだ、ってことはサッカーまだやっているんだね!」
――この話題になるから、嫌だった。俺は無言でうなずいた。
「へえ! ってことは将来あたしといっしょのユニフォームを着ることになるかもしれないんだね。楽しみだなあ!」
「そうだな……」
一刻も早く、この話題を終わらせようと、俺は何かべつの話題を切りだそうと考えた。
「タカっち、飛川高校のサッカー部はどんな感じ? 楽しくやれそう?」
だが、遅かった……。風藤は無邪気にそう尋ねてきた。
「あー、その……」
――仕方ない、正直に告げるか。俺は一呼吸置き、風藤に……。
「あ、そっか! よく考えたら、昨日入学したばっかりで、すぐに入部はできないか。ごめんごめん!」
伝える前に、風藤は自ら自分の問いを否定した。出かかった言葉を俺は口の中に閉まった。
「……あ、ああ。そうなんだ。入部できんのは多分、明後日ぐらいになるんじゃねえかな?」
ひとまず、助かった。俺は胸をなでおろした。
「そっかー。……あ、ねえ飛川高校って女子サッカー部ってあるのかな?」
「……どうだろうな」
それから俺は風藤との会話を適当に相槌を打って学校までやって来た。
「あ、そうそう! あたしたち、いっしょのクラスだよタカっち!」
玄関口へ入ったところで、風藤は嬉しそうにそう言ってきた。どうやら俺の前の席は、風藤であったみたいだ。
「これからよろしくね、タカっち!」
にっこりと、こっちが恥ずかしくなるような笑顔だった。
――こんな顔を見せられると、俺は風藤にあのことを伝えるのが気が引けた。
(もうサッカーは辞めたなんて、言いだしにくいよなあ……)