河川敷~おそらく正しい記憶
俺が小学五年に上がる年の、春休みのことだった。当時入っていた少年団の練習が無い日、俺は一人で、河川敷でサッカーの練習をしていた。
俺の入っていた少年団は、二年から六年にかけて、県内では強くも無ければ弱くもない、微妙な強さのサッカーチームであった。
今年は六年生チームが人数が足りないこともあり、県大会には五年生チーム、つまり俺のいるチームを主体でやることになった。
相手は一つ年上で、経験もある。そう思った俺はいてもたってもいられなくなり、もっと上手くならなければならないという、ある種の強迫観念に襲われ、友達と遊ぶことも忘れて、ひたすら橋の下の壁に向かって、ボールを蹴っていた。
ガキだった俺は、ただ力強くシュートを打てるようにと、ガムシャラに、壁に向かってボールを蹴っていた。
浮いたボールをダイレクトシュート、ドリブルしながらのシュート、フェイントを入れてからのシュートといった、試合中、あらゆる事態を想定したシュート練習を行った。
最初の頃は、チームメイトも付き合ってくれた。だが春休みということもあって、チームメイトは旅行に行ったり、遊びに行くなどで、春休み中、ずっと練習していたのは俺だけであった。
春休み最終日、いつものように自転車をこぎながら河川敷に行くと、先客がいた。少し髪の長い、薄汚れたジャージを着た、俺と同い年くらいの者だった。そいつは俺に気づくこと無く、ずっと壁に向かってボールを蹴っていた。
「……九十一……九十二……!」
小気味良い音が、壁からしてくる。そいつは壁に向かって、ノーバウンド、ワンタッチでポンポンとボールを蹴り続けていた。かなり、上手いボールタッチだった。
あんなに上手い奴、この近所にいたか? 壁打ちを見ている限りでは、そいつは俺のいる少年団チームの、誰よりも上手いのではと感じた。俺は気付かれないように、そいつに向かって歩いて行く。
「九十八……九十九……!」
そこまで言ったところで、そいつは今まで蹴っていたフォームを変化させた。ただ力強く蹴るということに特化した蹴り方――シュートフォームであった。
「ひゃ……くっ!」
右足を振り下ろしたかと思うと、「ドスン」とすぐさま大きな音が、壁からしてきた。力強く蹴られたボールは、壁に跳ね返り、俺のいる位置へと飛んできた。
――そのボールを、俺は無意識の内に体を倒しながら右足に当てた。運良くタイミングが合い、ボールは右足の甲に吸い込まれるように当たり、再度「ドスン」と音をたて、ボールは壁に向かって飛んでいった。
「うわ!」
体勢を崩し、俺はそのまま地面に倒れた。もう、ボールが壁に当たる音はしなくなっていた。
少しして、倒れた俺の目の前に、小さな手が現れた。俺は手を差し出した――壁打ちをしていた者の顔を見た。
「えっと、大丈夫……?」
髪の長い男の子だと思っていたそいつの声は、誰がどう聞いても、女の子の声だった。心臓が飛び上がる気持ちになりながらも、俺は一人で立ち上がった。
「さっきのキック、格好良かったね! 君もサッカーしているの?」
誕生日を間近に控えた小さな子供のように、女の子は目を輝かせわくわくした面持ちで俺にそう尋ねた。
――これが、俺と風藤朱鳥の、初めての出会いであった。
その後、風藤は俺のいるチームに入団し、短い間ながらも、一緒にボールを蹴ることになった。
四月から夏休みが終わるまでという、とても短い期間であったが、多分俺は、あの時ほどサッカーを楽しめることは、もうこの先訪れないと思っている。
それほど、あいつとのサッカーはすげえ楽しかった――。