公園~再会は突拍子もなく突然に
グラウンドのほうが騒がしい。玄関口で靴を履き替え、外に出た俺は、校門方向とは向かいにある、グラウンドの方に目を向けた。
白色と黒色の、二つのユニフォームを着た者たちの姿が見えた。遠いのと目が悪いこともあり、はっきりとは見えないが、ゴールを二つ挟んで、ボールを蹴り合っているところを見るところ、サッカーの試合であるということがわかった。さっき沖田が言っていたやつだろう。
グラウンドの外側では、男女入り混じった生徒たちが、コート内でボールを追いかける選手たちを観ていた。入学式に上級生が来るとは考えづらいので、みんな俺と同じ一年だろう。
「おい、こっちだ!」
「九番にマークつけ!」
「後ろから来てるぞ!」
両者譲らぬ声での指示が、けっこう離れた俺のとこまで聞こえてきた。気合、入っているな……。
「――っと、さっさと帰ろう」
一瞬、試合を観たいという気持ちに駆られた俺だったが、ギリギリのところで押しとどめた。俺は体の向きを校門に変え、今度こそ本当に家に帰ることにした。
「ナイッシュー!」
校門を出たところで、気持ちのよさそうな声と、点を決めたことを告げる笛の音が高らかに響き渡った。
家までの徒歩で二十分の距離。先ほどの試合に感化されたのか、俺は中学時代のことを思い出しながら帰っていた。
小学校高学年から中学三年まで、俺は沖田の言ったとおり、サッカーをしていた。ポジションはフォワード、馬鹿で単純な俺には「攻める」という行為しかできなかったからだ。
俺は無駄なことが嫌いだった。……というのは語弊があるが、とにかく自分が熱中すること以外には、無駄なエネルギーを使いたくなかったのだ。
だから、中学の時のチームメイトにはサッカーをしているときとしていないときがまるで「別人」みたいだとからかわれた。俺にはその自覚はなかったが、そうだったらしい。
とにかく、俺は下手くそなりにもその「貯金」したエネルギーを、サッカーに費やした。そのおかげで、三年に上がった頃には、そこまで強いチームではないが、レギュラーにもなることができ、フォワードとして、そこそこ点も取った。
――だが、三年の夏。最後の公式戦を終えて数日経った後、俺のサッカーに対する「熱」は、どこか遠くへと消え去ってしまった……。
「はは、どうした君たち! もう終わり!?」
柄にもなく感傷に浸ってた俺の耳に、陽気で元気な声が飛び込んできた。
その声のした方を見ると、そこには公園があった。小学校の頃、よく友達とサッカーをしていた、これといった遊具もない小さな公園だった。
公園の中には、五人ばかりの子供プラス一人の女子がいた。ここからでははっきりと顔は見えないが、その女子は後ろ髪をポニーテール状に束ね、俺の通う飛川高校の制服を着ていた。
その女子の足元には、ボールがある。残りの五人はそのボールめがけて女子に詰め寄っていっていた。
「くそぉ!」
「取ってやる!」
子供たちは女子を囲むようにして、四方八方から女子からボールを取り返そうと、必死になって足を伸ばす。
「あまいあまい!」
だが女子、足裏を使いボールを引きながら、体を半分回転させて、後ろから向かってくる少年を抜いた。
それこそ今朝、沖田に放ったジョークの根幹、元フランス代表、ジダンが得意としたフェイント「マルセイユルーレット」だった。
「抜かせるか!」
だがその少年の後ろに、あらかじめ待ち伏せしていたかのように、一際大きい少年が足を伸ばした。
「――っと!」
まさにボールが奪われそうになったとき、女子は右足で、ちょんとボールを宙に浮かせた。
「残念!」
女子が浮かせたボールは、ちょうど大柄な少年の膝が届かない絶妙なところを通り過ぎた。女子はそのまま、大柄な少年の横を通り過ぎ、再びボールをキープした。
上手いな……俺は素直に女子のプレーに感嘆した。相手が子供ということを除いても、見事な足さばきだ。
「よし、これでラスト!」
などと思っていると、女子は急にボールを膝で浮かし、右足を振り上げた。嫌な、予感がした。
「シュートッ!」
その掛け声とともに、女子は右足を振り下ろし、落ちてくるボールを蹴り込んだ。俺の立つ位置、公園の入口に向かってだ。
距離としては二十メートル。女子の蹴ったボールは、威力を落とすことなく、俺めがけて飛んでくる。
「――あぶねっ!」
意表を突かれ、避けるのが遅くなってしまった。俺はガードしようと、手を前に出そうとした。だが、利き腕にカバンを持っているということを忘れていた。
「くっ!」
ボールが迫ってくるまでの数秒間、俺はこの危機を脱するため、今自分ができる最善の方法を取ることにした。
「――ふっ!」
胸元あたりへと飛んできたボール、俺はそれを強く息を吐き、胸を使って威力を殺した。
「うわ、すげ!」
俺の胸トラップに、子供たちの中から感嘆の声が上がった。威力が弱まったボールは、俺の頭上に浮かぶ。
飛んできたボールを、胸でトラップ……。この一連の動作をしている内に、俺は何かを思い出しかけた。いつの間にか、俺は手に持っていたカバンを、地面に落としていた。
女が俺に向かってボールを蹴ったように、俺は無意識の内に、右目でボールに焦点を合わせ、左足を大きく振り上げていた。
(やめろ、そのままキャッチして普通に投げ返せ……!)
わずかに残った理性が、無意識下の内で俺がしようとしたことを、止めようとした。だが俺の足は止まらず、今まさにボールを……。
「ああああああぁあああっ!」
蹴ろうとした直前のことだった。鼓膜が破れんばかりの声が、脳内に響きわたってきた。
「――うわっ!」
その声に、俺はタイミングをずらし、すかっとボールを蹴り損ね、体勢を崩した。
どんと鈍い音とともに、俺は背中から思い切り倒れた。
「いってえ!」
地面のアスファルトの固さが痛みとなって体全体に広がってきた。想像以上の痛さに俺は目をつむった。激しい足音が、俺に向かって近づいてきた。
「ねえ! もしかして君って――!」
足音が止み、瞼の裏が暗くなった。俺はおそるおそると、目を開けてみた。
右目の前には、女の姿があった。女は俺の腰付近に両足をまたぐように置き、目を輝かせながら俺の顔を見ていた。
「お、おい……!」
どうやらかなり興奮しているらしく、自分がスカートを履いているということを忘れているようだ。ギリギリ見えないが、その……見えそうになっていた。
目のやり場に困り、俺は女から顔を逸らそうとした。だが女は、ぐいっと両手で俺の両頬をおさえ、自分と顔を合わせるように固定した。
さっきよりもさらに近い場所で女と目が合った。
「――やっぱり!」
女がうれしそうに声を上げた。ポニーテールに縛った後ろ髪が、俺の顔にかかる。くしゃみが出そうになった。
「久しぶり、タカっち!」
心臓が止まるかと思った。俺は目を見開き、ぼやかすことなくその女の顔を見た。
髪は伸びているものの、少し日に焼けた顔。にかっと見るものすべてをとりこにするような笑顔に、まん丸と見開かれた大きな目。そして、「タカっち」という小学校の頃、ただ一人によって呼ばれていた、俺のあだ名……。
「風……藤?」
いつの間にか俺はそう口にしていた。
「うん! 五年ぶりだねっ、タカっち!」
小学校の頃、一緒のサッカーチームに入っていた、唯一の女子であり、俺とともにダブルトップとしてコンビを組んできた、風藤朱鳥。
何の因果か、俺と風藤は初めて会ったときと同じように、サッカーを通じて再会した――。