教室~入学式当日はみなテンションが高い
「僕は平成のジダン、よろしく!」
特になにが起きたというわけもなく、おそらく全国どこにでもあるような高校の入学式を終え、教室に戻り席に座った時のことだった。俺は前の席に座る、まだ名前も知らない長髪の男子に、開口一番、そう話しかけられた。
「……ルーレットが得意なのか、いいな」
「そうそう、こうやって親指と人差指でつまんで回して……ってそうじゃなくて!」
自分でもくだらないと思える冗談に、そいつは一度ノリながらもツッコミを入れる。まさかこのジョークが通じるとは思わなかった。
「分かっている、悪かった」
無駄な争いごとを生む気は毛頭なく、俺は自分の発した言葉を謝った。
「いや、まあいいんだけど……ああ、いい忘れた! 僕の名前は沖田鴇児! よろしくね木城くん!」
にゅるりと右手を差し出し、握手を求める沖田とやら。目が細く、何を考えているのかよくわからない顔だった。断るのも面倒なので、俺は握手に応じた。
「ねえ、木城くんってサッカーやってたの?」
沖田はそのまま、話を続けていこうとする。そこに、担任の男性教師が入ってきた。
「みんなーおはよう! 席について―!」
無駄にテンションが高い、若さあふれるエネルギッシュな教師だった。がっしりとした体つきを見るところ、何かスポーツをやっていたのだろう。
「あ、やば。じゃあまた後でね木城くん!」
そう言って沖田は体を前に向けた。どうやら高校に入ってすぐに、新しい友だちというものができそうだ。……ちょっと変な奴だけど。
「――それじゃみんなにも自己紹介をしてもらおうか……」
担任が自己紹介を終えたらしい。黒板にはでかでかと「来島道人」と書かれていた。
なるほど、次は生徒に自己紹介をさせるという算段か。俺はどう自己紹介をしようか一瞬迷うも、それは徒労に終わった。
「と思ったんだけどな、ちょっと今日、まだ一人来ていない奴がいるんだよなあ……」
来島先生は生徒によって埋められた席の中から一つぽっかりと空いた席を見ながら、残念そうな声を上げた。見るとそこは、沖田が先ほど座っていた、俺の真ん前の席だった。今さらと言われるかもしれないが、俺はここにきてやっとそれに気づいた。
「ということで、自己紹介はみんな揃ってからすることにした。悪いなみんな」
教室が少しざわめく。残念だというより、ほっとしたという感じの者が多いと感じた。にしても、入学式に遅刻ってのも、すごいな……。よほどのことがあったか、図太い神経の持ち主のどちらかであろう。
俺はまだ見ぬ、前の席に座るのが、どんな奴だろうと少しばかり思いをめぐらせた。
「ま、自己紹介はみんながそろってからということで。今後の日程について話すぞ。まず……」
来島先生は話を戻し、明日からの予定についてを伝えていく。おそらく、入学前に配られたプリントを見れば分かることなので、俺は適当に聞き流し、何かを考え事にふけるわけでもなく、目線を少し上に向けて、ぼーとすることにした。
「……じゃ、みんな! これから一年間よろしくな!」
突然の大声に、俺の意識はこちらに戻された。来島先生はにこやかな笑顔を見せながら、教室を出ていった。同時に、教室内は一気にざわめきだした。どうやら話は終わったらしい。
ある者はカバンを持ち、教室を出ていき、ある者は近くの者と仲睦まじく話し込んでいた。
――必要なことは全て終わった。今日俺が学校にいる必要性は無くなった。俺も生徒の流れに乗って、さっさと家に帰ろうと立ち上がった。
「ねね、木城くん、今から暇かい?」
だがそれは、一人の男子生徒によって阻まれた。沖田は立ち上がろうとした俺の前に立ち、友好的な表情を浮かべて、俺にそう訊いた。
「まあひ――」
「今からグラウンドでサッカー部の試合があるらしいんだけど、いっしょに行かない?」
俺の応えを聞くより前に、沖田は強引ともいえる誘いをした。
「サッカー?」
「うん、サッカー、興味あるでしょ?」
「……なんでそう思うんだ?」
「そりゃあ、さっきの返しを聞けばそう思うさ。もしかして、サッカーしてた?」
矢継ぎ早にどんどん訊いてくる沖田。俺はどう答えればいいのか迷った。
「――すまん、歯医者があるんだ」
少し考え、俺はよくわからないことを言っていた。かなり苦しい言い訳だった。
「そっかあ、残念だな」
と思ったら、沖田は疑いの余地なく、信じ込んでいた。思わず吹き出しかけた。。
「まあ、時間ができたら、サッカーしようよ。僕は一応、サッカー部に入るつもりだから」
「……ああ」
俺は曖昧な返事を沖田に送る。沖田には悪いが、俺はサッカー部に入るつもりはない。
「じゃ、また明日な木城!」
「おう、また明日」
玄関口までは帰る方向は確実に同じであるにも関わらず、沖田は教室内で別れを告げ、教室を出ていった。
すぐに俺が続けば、なんともいえない微妙な空気になりそうだった。俺は一分ほど待って教室を出た。
「――ねえ野々宮さん! ぜひとも陸上部に入ってくれない!?」
教室を出ると同時に、女子の大きな声が、俺の教室の右隣――B組の方から響いてきた。
反射的に首を向けると、そこには、ジャージ姿の女子数人が、B組の教室のドア付近に立つ、おそらく俺と同じ新入生に向かって、鬼気迫るといった表情を見せていた。
「……すいません先輩。無理です」
一年女子は、ジャージの女子に対し、一言そう言って断った。身長一七四の俺より、数センチばかり低いが、それでも女子にしては背丈のある、ショートカットで少年っぽい顔をした女子だった。
玄関へ向かうには、B組の前を通らなければならないのだが、どうにも通りづらい。それは俺だけではなく、後から教室から出てきた者たちも行きづらそうにしている。まあジャージであんな怖い顔した女子には、近寄りがたいだろうしな。
「そんな! どうしてウチみたいな学校に来たかは知らないけど、あなたが陸上をやらないなんて、もったいなさすぎるわ!」
ジャージ姿の女子は、明らかに断ったにも関わらず、まだ一年女子への勧誘? を辞めようとしなかった。
……なんだかよくわからないけど、いつまでも止まっているのも面倒だ。しびれを切らした俺は、廊下の端を通って、B組の教室を通り過ぎようとした。
「――やりたいことが、あるんです」
通りすぎようとした、まさにその時だった。俺は「野々宮」という女子の、真剣に自らの「意志」をしっかりと示している顔を見た。
「そういうわけで、先輩。失礼します」
そう言うと野々宮は、先輩方に頭を下げて、俺のいる方へと振り向いた。そして野々宮はそのまま俺のいる場所を通りすぎて、玄関口の方へと向かっていった。先輩方は野々宮の言葉に圧倒されたのか、呼び止めようと言葉を発しようとしなかった。
しばらくぼーっと立ち止まっていた俺だが、いつまでも立ち止まっているわけにもいかず、意識を戻し、玄関口へと足を向ける。
――にしても……。俺はさきほどの野々宮という女子の言動・態度を思い返す。
変な意味とかではなく、俺は純粋に「格好いい」と思った――。