51 聖地復活
登場人物は作者のイメージです。
新たな領土の安定化が終わり、マルタ島の開発も一段落着いた頃、日本帝国皇帝はユダヤ教の代表とキリスト教の代表をマルタ島へ呼んだ。
その日、今はまだ弱小宗教でしかないが、未来においてはとんでもない権力を有するようになる2大宗教の代表がマルタ島の日本大使館に揃った。
ユダヤ教は既に放浪生活が始まり、信者達は各地に散らばっているのでエルサレムのユダヤ信者達の代表者。
キリスト教はまだ教皇という地位は無いが、カトリック教会の代表者のピウス1世だ。
両者は執務室の来客用の椅子に座り、このマルタ島の特命全権大使を待っていた。
視線を一切合わすこともなく、互いが互いへの嫌悪を隠してもいなかった。
何故ならユダヤ教にとってはキリスト教は裏切り者であり、唯一神ヤハウェではなく、イエスを信仰している。
キリスト教から見ればユダヤ教は救世主であるイエスキリストを殺した者達だから当然恨んでいる。
両者とも一言も話す事は無いので部屋は沈黙が支配する。
しばらく沈黙が続いた後、ようやく部屋に特使が入ってきた。
特使が来たので両者とも椅子から立ち、礼をする。
それを見て特使は頷き、椅子に座る。
そして特使が手を差し伸ばし、椅子に座るよう指示する。
それを見て両者とも自分の椅子に座る。
「待たせてしまってすまないな。
では早速本題に入るが、お前達はユダヤ教、キリスト教の代表者で間違い無いな?」
外交官とは思えない口の聞き方だが、弱小宗教に過ぎない両者は別に気にする事なく「はい」と返事をする。
「では次に、お前達どちらの宗教も我が国が新たに領有化したエルサレムの土地に聖地があるのは間違い無いか?」
「はい、そのとおりです」
両者とも返事をする。
「ではその聖地を何れかは奪還しようと考えているか?」
「…………」
この質問には答えられなかった。
何故なら答えはイエスだが、それを言えば死刑にされるからだ。
「……成る程、肯定か」
そう聞いて特使はカバンから紙を出してきた。
両者は不味いと感じていた。
両者ともヨーロッパにおいては迫害されている宗教だ。
ユダヤ教は放浪中に偶然日本支配下に入った者達が多いから今は迫害を受けていないが、もしかしたらこれから日本からも迫害を受けるかも知れない。
キリスト教は既にローマ帝国によって大迫害を受けている。
しかしここでもし日本がキリスト教は有害な宗教と断定した場合はローマ帝国により一層の迫害を要求するかも知れない。
戦争こそ講和で決着がついたが、ほとんどローマ側の降伏に近かったのでローマは日本に逆らえない。
日本が要求すればローマはそれを飲み、更なる迫害を受けるかも知れないのだ。
両者ともいつの間にか汗を流し、固まっていた。
そんな両者を見ても別に動じる事無く、特使は言う。
「エルサレムにはかつてユダヤ教の神殿があったが、ローマ帝国により滅ぼされ、現在では壁の一部のみを残している。違うか?」
特使の質問にユダヤ教の代表者は緊張しながらも「いいえ、そのとおりです」と答えた。
すると特使は今度はキリスト教に向かって
「お前達の救世主イエスがユダヤ教により処刑され、その遺体がエルサレムに埋葬された。違うか?」
同じような質問にキリスト教代表のピウス1世は「いいえ、そのとおりです」と同じように答えた。
その答えに「そうか」と確認したように答えた。
一体何が言いたいのだ? と両者は思った。
「皇帝陛下は宗教による争いは不毛で無意味だと憂慮されている。
だから宗教戦争は起きないようにしなくてはならない」
特使の話す内容に両者共にその通りと思っているので頷いた。
「そのため、慈悲深き皇帝陛下はお前達の宗教を最大限尊重すると仰られた」
今まで散々不安を煽られたが、もしかして良いニュースなのか? と両者とも前屈みになって聞き始めた。
「先ずはユダヤ教よ。
お前達の神殿を再建してやろう」
その言葉を聞いた瞬間、もしかして自分の耳がおかしくなったか? と思ったが、もしかしてという可能性にかけて聞いてみた。
「そ……それは…誠なのでしょうか?」
「無論だ。
しかし我が国には元々あった神殿の情報が不足している。
お前達信者は神殿の情報を詳しく知っているか?」
まさかの肯定に意識が飛びかけたが、ユダヤ教の長年の想いである神殿再建のために直ぐに意識を取り戻し、立ち上がり
「はい、勿論でございます!
ですからどうか我々も神殿再建に関わらせて下さい!」
大声で言った後に頭を下げる。
「よし分かった。
お前達の神殿だ。関わらせてやろう。
その代わりに詳細な情報を持ってくるのだ」
特使の言葉を聞いてあまりの嬉しさに頭を下げながら涙を流す。
ユダヤ王国が滅びて約100年。
ようやくこの日が来たのか。と泣いていた。
そして次はキリスト教の方を見て
「お前達は救世主の遺体が埋葬された場所は分かるのか?」
と聞いてきた。
ピウス1世はもしかして自分達にもか? と思いながら答える。
「はい…大体の位置ならば」
そう、今ではエルサレムはローマ帝国の侵攻によりメチャクチャにされ、遺体が埋葬された周囲はローマ風の街が建設されて詳細な場所は分からなくなってしまった。
「では特定しろ。
その場所に教会を建設してやろう。
そうだな……仮にその建てる教会を聖墳墓教会と名付けるとして、教会建設の際にはお前達キリスト教も建設に関わるか?」
そう聞かれ、ピウス1世もユダヤ教の代表者のように立ち上がり
「はい、是非ともお願いします!
埋葬場所は何としてでも特定します!」
頭を下げて涙を流す。
全く同じ事をしているが、こうなってしまうのだから仕方ない。
そして二人は少しの間、頭を下げながら大号泣していたのだった。
ようやく泣き止み、落ち着いたので特使はエルサレムの地図を机に広げた。
「大体の位置で構わん、互いの聖地の場所を指差せ」
そう言われたので互いに聖地の場所を指差す。
すると指の位置がかなり近かった。
「ふむ……場所が被るな。
このままではユダヤ教の神殿再建をするとキリスト教の聖地が埋もれるかも知れん」
それを聞いてユダヤ教とキリスト教は睨み合う。
キリスト教は自分達の聖地が潰れてしまうかも知れないのだ。
一方ユダヤ教はせっかくの神殿再建に邪魔な障害物が現れたのだ。
両者が睨み合っている中、特使は無視して考え、結論を出した。
「よし、では互いの聖地の間に境界線を決め、そこに壁を築き、分断する。
お前達を見ていたら顔を合わせない方が良いと理解した」
それを言われては仕方ないので互いに苦笑して誤魔化す。
それにお互い聖地には影響は無さそうなので別に不満は無い。
何せ長年の夢を叶えてくれるのだ。
文句などあるはずも無い。
「さて、では次の話だ」
特使は地図を片付け、椅子に座る。
それを見て二人も座る。
次の話とはなんだ? と二人共傾げる。
「知っての通り我が国は宗教の自由を法律で定めている。
だからお前達が日本帝国において布教しようが巡礼をしようが自由だ」
それを聞いて二人共安心した。
神殿再建や教会を建設出来たとしても巡礼が出来ないのでは無意味だ。
それに信者獲得に動いて良いと言われたのだから嬉しいに決まっている。
「しかし、一方で外国人の入国も禁じている。
だから本来は外国からの巡礼など認められないのだが、今回は皇帝陛下が特例をお認め下さった。
両者とも皇帝陛下の慈悲深さに感涙するが良い」
特使の言葉を聞いて思い出した。
確かに日本帝国は外国人、つまりヨーロッパ人の入国を禁じている。
だから巡礼は本来不可能だが、どうやら日本帝国の皇帝が特例を出してくれたらしい。
何と慈悲深きお方だ。と二人共本当に泣きそうになった。
「しかし、特例が認められるのは決まったルートのみだ。
我が国がお前達の聖地までの道を全て整備する。
だからお前達はその決められたルートを決して出ることなく聖地へ巡礼せよ。
そして更に、巡礼に来た者は決してエルサレムから外に出るな。
無許可でエルサレムを出た者やルートを外れた者は誰であろうと不法入国者と判断する。
…分かったか?」
静かだが、重みがある声で特使は聞く。
「「はい…分かりました」」
今日始めていた二人が同時に喋った。
それほど迄に迫力があったのだ。
「よし、分かれば良い。
良いか? 本来ならば外国人の入国は決して許さなかったのに、今回は特別に皇帝陛下が特例をお認め下さったからお前達の聖地再建や建設が実現したのだ。
その事を決して忘れるでないぞ?」
特使に念を押されるように聞かれ、二人共「「はい、勿論分かっております」」とまたしてもハモって答えた。
特使の言う通り、本来なら外国人の入国や神殿再建や教会の建設など夢のまた夢の話だったのに、日本帝国の皇帝が法を曲げて特例にしてくれたのだ。
それだけでも感謝しなくてはならない。
二人共そう思い、皇帝に心からの感謝をした。
二人はマルタ島から帰り、互いに聖地復活のための資料探しに奮闘していた。
ユダヤ教、キリスト教共に信者達は始めは半信半疑だったが、日本帝国からの迎えの使者が訪れ、マルタ島にて完成図の議論が行われるようになって始めて本当の事だと理解し、両者とも真剣にやり始めた。
自分達の宗教の聖地を築くのだ。
だから互いに真剣に議論し、情報を提示し合ったのだった。
ちなみに工事自体は全て日本人が請け負った。
何故ならこの時代に合わせて建てたら時間がかかり過ぎる。
各信者や俺が持っている情報を合わせて完成させた設計図を基に工事を開始。
材料はこの時代に合わせた建築材を使ったが、材料を運ぶ際にはトラックやクレーンを使い、彫刻などにはドリルを使用した。
だから一切信者達には見せる事なく工事は進んだ。




