#32 文化祭の喧騒の裏で、忘れたはずの過去が呼び起こされた件
天音が出てからしばらくして、占いコーナーには次々と客が訪れた。
「あの……占いお願いします」
「座って」
俺が言うと、客は緊張した様子で座った。
「何を占う?」
「恋愛運を……」
「手を出せ」
俺は客の手を取って、観察する。
手相を見ているように見せかけて、本当に観察すべきは相手のすべてだ。
表情、視線の動き、呼吸のリズム、筋肉の緊張。
異性に妙な警戒心がある。恋愛経験はないだろう。それなのに、恋愛運を占いたいということは最近、何かあったに違いない。
そういえば、この子は最近クラスで噂になっていた。
誰かに告白されたとか、そんな話だった。
「最近誰かに告白されたな」
「え!?なんで分かるんですか!?」
「だが、まだ返事をしていない」
「そ、そうなんです……」
「迷っている」
「はい……」
「しかし、お前の心は、もう決まっているはずだ」
「え……」
「ただ、言い出せないだけだ。そうだろう?」
「……」
客は俯いた。
少し間を置いて、客の気持ちの揺れを読んで、呼吸を合わせる。
「勇気を出せ。お前ならできる」
タイミングを読んでここぞという瞬間に俺が言うと、客は顔を上げた。
「ありがとうございます……!」
客は涙ぐみながら、ブースを出て行った。
適当におだてて気持ち良くさせて帰らせるとは、こんな感じだろうか。
確かに、客の恋の結末がわかる頃にはとっくに文化祭は終わっている。
ーーー
昼頃、占いコーナーに一人の少女が現れた。
飲食系が人気の時間で、喫茶店も賑わっている。
少女が占いコーナーに入って来るまで気付けなかったのは、外が騒がしいからだと思っていた。
しかし、フードの隙間から少女の姿を見て、それが違うと悟る。
足音も、衣擦れの音すらしない。
気配を完全に殺した、異様なまでに静かな身のこなしだった。
小柄な少女の顔を確認して、Re⭐︎LuMiNaのRINだとわかった。
「……」
ひまりに誘われて来たのか、と考える。
だとしたら、RINはここにいるのが前にお話し会で話した俺だと気付いているかもしれない。
現に、少女は黙ったままじっと俺を見ている。
「座れ」
俺が言うと、RINは無言のまま座った。
「何を占う」
「……あなた」
RINが小さく呟いた。
「……何?」
「あなたのことを、燐が占う」
フードの隙間からRINの顔を見ると、感情のこもらない目がじっと俺を見つめている。
その目には、明らかな敵意が込められていた。
「……」
俺は警戒を強める。
RINは、ゆっくりと口を開いた。
「あなたは、今は兎山類と名乗っている。今の家族は母親と妹一人、それから、あなたを引き取った父親。でも、名前も家族も全て偽物。あなたは組織内のコードは61」
61――それは、組織で俺に付けられた番号だ。
そこまで知っているのか。
RINはただの不愛想で無表情なアイドルではないらしい。
「お前は、誰だ?」
もう隠していても仕方ないと、俺はフードを脱いで尋ねた。
RINは俺の顔を確認して、無表情のまま答える。
「同じ、組織の人間だった」
組織の人間――つまり、RINも俺と同じように様々な訓練を受けて非合法に育てられた人間だということだ。
しかし、それほど警戒する必要はない。
鴉のようにあそこを出て生きている奴は大勢いる。俺もそうだし、RINもそうだというだけの話だ。
それに、俺はもう普通の高校生。何も後ろめたいことはない。
「お前は何番だ」
俺が尋ねると、初めてRINの視線が揺れた。
そして、初めて感情を見せて、嫌そうに答える。
「……150」
「なんだ、三桁か」
俺が答えると、RINから発せられる空気が不機嫌から殺気に変わった。
組織では期ごとに数百人いて、途中で死んで欠番が多いが番号が若いほど実力が高い。
二桁、ダブルと呼ばれる俺たちと、三桁では格が違う。仮にRINが襲ってきたとしても、俺なら簡単に倒せる。
ただ問題は、RINがひまりと関わっていることだ。
何が目的なのか。ひまりを狙っているのか。それとも、俺を通じて何かを企んでいるのか。
「……燐のこと、覚えてない?」
RINは隠しきれない殺意を込めて俺に尋ねて来る。
「覚えてない」
俺は正直に答えた。
最初は在籍していた期が違うのではないか、と思った。
例えば鴉も同じ組織の出身だが、俺と在籍していた期が違うから面識がなかった。
しかし、三桁の人間だと俺が覚えていなくて当然だ。
二桁は顔と名前は一致していたが、三桁はその他の有象無象で覚える理由がない。
「……そう」
RINは、冷たく呟いた。
「三桁の人間は、誰も覚えていない。悪いな」
俺が一応謝っておくと、RINは立ち上がった。
「……もういい」
RINはそう言って、ブースを出ようとした。
「待て」
俺が声をかけると、RINは振り向いた。
「……何」
「お前は、何でアイドルなんてやってるんだ?」
普通の高校生をやっている俺が言えたことではないけれど、それは鴉の気まぐれのせいだ。
三桁でも150程度なら、暗殺は無理でもヤクザの護衛とか能力を生かした働き口があるだろう。
RINの目が、さらに鋭くなる。
「……それは、こちらの勝手」
「……」
「兎山類……いいえ、61」
RINは振り返って机を両手で叩いた。
「あなたが忘れても、燐は忘れない。絶対に」
その声は、恨みに満ちている。
そこで、俺はRINが机を叩いたのではなく、何かを置いたことに気付いた。
アイドルのブロマイドだ。
ひまりが映っているが、衣装の色がおかしい。
ひまりは緑担当のはずなのに、そのブロマイドには赤い衣装を着たひまりが映っている。
赤は、センターのきらりの衣装のはずだ。
「それは……」
俺がそのブロマイドに手を伸ばそうとすると、RINは俺の指が届く前にブロマイドを引っ込めた。
警戒した目で俺を睨みつけて、そのまま出て行く。
「……」
俺は、その背中を見送った。
RINは、組織の人間。
彼女は、明らかに俺に敵意を向けている。それも、ただの敵意ではなくて恨みと殺意だ。
なぜ、彼女は俺を恨んでいるんだ。
そして、なぜひまりの近くにいるんだ。
最後に俺にアイドルのブロマイドを見せつけて来た意味はなんだ。
(……まずいな)
何も分からないまま、嫌な予感だけが広がって行く。
俺は、スマホを取り出して鴉にメッセージを送る。
Re⭐︎LuMiNaの公式HPからRINの写真を添付して、「こいつ知らないか?」と尋ねてみる。
送信してから気づいたが、鴉はRe⭐︎LuMiNaの人気投票でひまりに投票している。
このRINの写真は何度も見ているはずだ。
RINが組織の人間だと気づいたら、俺に教えるだろう。
いや、教えない気もする。
あの男は、余計なことはしたがるのに、やるべきことはしない人間だ。
自炊はしたがるのに、経費の領収書は捨てるタイプだった。
鴉の既読はつかない。
こいつに頼るのがそもそも間違っている気がする。
俺は諦めてスマホをポケットに戻した。
ーーー
夕方。
文化祭の一日目が終わった。
「お疲れさまでした!」
春藤が元気よく声をかける。
「みんな、よく頑張ったね!明日もこの調子で!」
クラスメイトたちが、疲れた様子で片付けを始めた。
俺は、ひまりを探した。
「……ひまり」
俺が声をかけると、ひまりは振り向いた。
「類くん……お疲れさま!」
「お疲れさま」
ひまりは、疲れた様子で微笑んだ。
そして、他の人に聞こえないようにそっと俺に尋ねる。
「類くん、燐ちゃんに会った?わたしと同じメンバーの。文化祭に来たってさっき連絡が来たんだけど……」
「……会った」
「あ、会ったの?!大丈夫?嫌なこと言われなかった?!」
「……」
俺は何と説明したものかわからず黙った。
しかし、ひまりが不安そうな顔をしているから、俺はとりあえず答えた。
「大丈夫だ」
「な、何が?!」
「何かあったら、教えてくれ。俺がひまりを守るから」
俺が言うと、ひまりの頬が赤くなった。
「う、うん……!」
といっても、アイドル活動中に俺が張り付いていることもできない。
しかし、RINが加入して半年。俺に何も接触がなかったし、ひまりを傷付けることもなかった。
差し迫った危険はないと考えてもよいだろう。
「わ、わたしも!!類くんを守るから、何かあったら言ってね!!」
ひまりに言われて、俺の思考は中断した。
普通の人間のひまりが、どうやって俺を守るんだ。
そう思ったが、ひまりの言葉を聞いて俺は妙な気分になった。多分、嬉しいとかそういう種類だと思う。
「ありがとう」
俺が礼を言うと、ひまりの顔が更に赤くなる。
「う、うん!!明日も頑張るよ!!」
「ああ」
ひまりが照れ隠しのように大きな声で言って、俺は小さく頷いた。




