#0
ステージ裏の薄暗い通路で、少女は泣いていた。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は驚いたように振り向いた。
目元が赤い。
ステージメイクの下に滲む涙。
さっきまでスポットライトに照らされていた子だとすぐに気付いた。
「あ……すみません……」
俺はポケットを探った。
ハンカチ――いや、マフラータオル。
以前、天音と別のライブに行った時に買わされたグッズだ。
確か『Starry@Prism』とかいうグループの。
「これ、使え」
タオルを差し出すと、少女はそれを見て――固まった。
目を見開き、まるで幽霊でも見たかのような表情。
「…………どうして」
小さく呟く声。
震えている。
「どうして、それを……持ってるんですか」
「ああ、これか。以前行ったライブで買った。今日の物販じゃなくて悪いな」
少女はゆっくりとタオルを受け取り、まるで宝物を扱うように胸に抱きしめた。
「……ありがとう。優しいんですね」
「違う。泣いてる人を見ると落ち着かないだけだ」
彼女は俺をじっと見つめた。
その瞳には、涙の跡と――何か、別の感情が宿っていた。
「……お名前、聞いてもいいですか」
「兎山類」
「……兎山、さん」
彼女はその名前を、何度も心の中で繰り返すように呟いた。
「わたし、ひめさきひまりって言います。あの……また、会えますか?」
俺は少しだけ考えて、答えた。
「生きていれば、どこかで」
それだけ言って、俺は踵を返した。
ステージの熱気の余韻が残る会場を後にする。
――なぜ、俺はあそこにいたんだっけ?
そう、全ては数時間前から始まっていた。




