ツンツンな幼馴染に恋をするのが疲れたから距離を置いたら放課後の教室で幼馴染が僕のリコーダーを舐めていた
僕、柚月には異性の幼馴染がいる。
名前を香織という。
香織はかなりの美少女で美人系というよりかは可愛い系。
身長は160cmくらいで胸は程よく目移りしてしまうほど。
髪型は黒のショートカットでさらさらとしている。触ったことはない。
周りの男子からは羨ましいと言われるくらいにモテているし、きっと僕も彼らと同じ立場であればそう思っていただろう。
そんな幼馴染の香織とは幼稚園からの仲だ。家が隣なのでずっと一緒に遊んできた。
つまり、思春期になった僕が彼女のことを好きにならないわけがないのである。
ただ、一つ、彼女には性格的な問題がある。
おかげで僕はいつも頭を悩ませている。
「あ、そうだ、昼間のことなんだけどさ」
「何?」
放課後、部活もない僕らはいつも通りに下校を共にしていた。
そんな時にふと、昼間に貸してくれた教科書の件を思い出して僕はお礼を言う。
「教科書、貸してくれてありがとう」
「うん、別に……お礼なんていちいち言わなくていいから」
「あ……ご、ごめん」
「謝らなくていいし。ていうか、その時の気分で貸しただけだから」
香織は僕の顔を一切見ようとせず、前を見たまま言い放つ。
表情も一切変えていない。
少しだけ、彼女の歩く速度が早まる。
僕がわざとゆっくり歩くと、彼女の歩く速度も少しだけ遅くなった。
もっと、彼女と長くいたい。
僕が香織の横顔を眺めていると、
「……何?」
と、彼女は訝しげな目をしながら、やっとこちらを向く。
「あの、さ……」
「何? 早く言ってよ。焦らされても困るんだけど。あんたってそういうところあるよね」
「香織って、好きな人とかいるのかなって」
「は、はあ? 好きな人?」
香織は戸惑った顔をしながらも、迷わずに答える。
「別にいないけど」
ちょっとショックだった。
この調子だと脈はあまりなさそうである。
「……そっか」
「そういうあんたは? 好きな人いるの?」
「僕は……」
「待って。当ててあげよっか? ゆいちゃん、とか?」
ゆいちゃん、というのは香織の友達で同級生の中で一番可愛いとされている人だ。
恋愛フィルターがかかっている僕にとっては香織の方が断然可愛いと思うが、ゆいちゃんを推す男子生徒は多い。
と、まあ、香織から自信満々に他の人の名前を出されたことで、僕の心はさらに抉られる。
「あ、あれ? もしかして当たり? 最近……ゆいちゃんと仲良いもんね」
「別に好きじゃないよ。仲良いのには理由が……っ!」
「でもあんたには絶対に無理だから諦めときなさい。いつもオドオドしてるし、陰キャっぽいし、自信なさげだし、無理でしょ。あんたを好いてくれる人なんて……」
いない、とでも言いたいのだろうか。
確かにそうだ。オドオドしていて、教室では静かで、友人がいないわけではないけどコミュニケーション能力が高いわけではない。
香織からの評価に納得できるほどには自分に対しての自信もない。
そこまで言うということは香織は僕のことを好いてはいないのだろう。
良くも悪くも、ただの幼馴染。
登下校しているのだって、きっと、何となくの習慣で続けているだけ。
香織が僕の好意を知ったり、香織自身が他の誰かを好きになったりしたら、この関係は崩れてしまうのだろう。
「じゃあ、私、こっちだから」
「うん……ばいばい」
もう、諦めようかな。
彼女の性格的な問題。
それは僕に対しての当たりが強いことである。
他の人に言わないようなことも僕になら平然と言ってくる。
***
「ゆいさん、僕、もう諦めようと思います」
休み時間、クラスメイトのゆいちゃんに僕は恋のアドバイスを貰いに行っていた。
ゆいちゃんは僕が香織のことを好きだということを知っている。
僕から言って、香織の友達であるゆいちゃんに協力してもらおうと思ったのだ。
昨日の帰り道で香織がゆいちゃんと僕の仲がいいと勘違いしたのはこのためである。
「諦める? 何かあった?」
「……別に、特段何かあったわけでもないよ。けど、もう無理かなって」
僕の心は折れかけている。
もう恋をしてからかれこれ半年。
恋愛的に意識させようと頑張ったが香織の好意は少しも垣間見えない。
「情けないし、きっと僕なんかが香織とは釣り合わないんだろうな」
「そんなことはないと思うけど……そっか」
「ゆいさんから見てどう思う?」
「そうだねえ……何度か柚月くんのことどう思うって聞いても幼馴染としか言わないし、そういう素振りも見せようとしないから。正直なことを言うと、脈は無さそう、かな」
僕は俯いて拳を握りしめる。そんな行為に何の意味もないというのに。
わかっていたことだ。それでもはっきりと言われると胸が締め付けられる。
「……わかった。もう、香織のことは諦める。香織からも距離を取るよ」
「そ、そこまでしなくても……! 別に柚月くんのことが嫌いってわけではないと思うから」
「嫌いってわけじゃなくてもさ。最近、僕に対する当たりが強いし、もう僕といるのも飽きてきたんじゃないかなって……それに、僕がもう辛いから」
「っ……」
幼馴染に恋なんてするものではない。
今までの関係ごと破壊してしまう。
大きくなり過ぎてしまった恋だけではない。
幼馴染との思い出も巻き込んで、喪失感に変わる。
幼馴染に恋をしてしまった人の胸にはこんなにも穴が空くというのか。
「ごめんね。全く力になれなくて」
「ううん。むしろ今までありがとう。助かった」
「本当に……諦めちゃうの?」
「うん、前々から決めてたことだから」
僕はゆいちゃんに対して笑顔を見せる。
ちょうどよく授業開始のチャイムが鳴った。
僕は喪失感と解放感の両方を胸に抱えたまま、自分の席についた。
***
香織への恋を諦めると決めた日からどこかつまらない日常が続いた。
「柚月、今日も一緒に帰るでしょ?」
「ごめん、香織。先に帰ってて」
「え……あ、うん。何か用事?」
「……そんなところ」
香織からは徹底的に距離を取ることにした。
下校の時も何か理由をつけて一緒に帰らないようにした。
なるべく男友達と一緒に帰るようにしていると、香織の方も女友達と帰るようになった。
その方が香織の笑顔も多かった。
登校の時は香織よりも先に出た。
おかげで学校には一番に着いて、二番目に着くゆいちゃんと話すことが日課になっていた。
学校ですれ違っても、視線は合わさない。
前は挨拶くらいはしていたけど、それすらもしなくなった。
香織とは別クラスであることも幸いして一週間が経つ頃には全く話さなくなっていた。
「これで……いいんだよな」
昼休み、僕は自販機を前にして、突っ立っていた。
お金を握りしめたまま、目の前のジュースに悩むふりをして頭の中では香織のことを考えている。
まだ未練は残ったまま。
それでも諦めきれるまでは香織に接しようとは思わない。
僕がぼーっとしていると、横からいきなり人が現れてお金をいれる。
ゆいちゃんだった。
「本当に香織とは話していないんだね」
「ゆいさん……」
ゆいちゃんは自販機のボタンを押すと、中からコーラを取り出す。
流れるように彼女は僕にコーラを差し出した。
「いいの?」
「うん、力になれなかったお詫び」
「……ありがとう」
僕はゆいさんからもらったコーラをちびっと流し込む。
糖分を摂ったところで心が埋まる気もしない。
「香織、何か言ってた?」
「別に何も言ってなかったよ」
「……そう。まあ、そうだよね」
「次の恋愛探したほうがいいと思うな。そっちの方が香織のことも忘れられるでしょ」
「そう……だよね」
頭から中々、香織のことが離れない。
僕は今度は一気にコーラを流し込むと豪快にゲップをする。
それを見たゆいちゃんはクスッと笑う。
「ふふ、香織のことまだめっちゃ好きじゃん」
可愛い、そう思った。
ゆいちゃんの奥、僕の視線の先では香織が廊下を歩いていたから。
視線に気づいたゆいちゃんも後ろを向く。
僕がじっと香織を見ていると、香織と目が合った。
でも、僕はすぐに視線を逸らしてしまった。
「女の子、紹介して欲しい人いたらいつでも聞いて。彼氏欲しい人なんていっぱいいるからさ」
「……じゃあ、今度紹介してもらおうかな」
「ふふ、そこ乗るんだ。いいよ、柚月と合いそうな友達も何人かいるから」
香織に彼氏ができなかった原因が僕だとしたらすぐに香織にも彼氏ができるだろう。
なら、僕も香織に煽られないようにしないといけない。
「じゃあ、私はこれで」
ゆいちゃんは去っていった。
僕もコーラを飲み干した後、自販機の前から立ち去った。
***
香織と疎遠になってから二週間が経つ頃には心の状態も落ち着くようになっていた。
「コンビニでも寄ろっかな」
放課後、茜色の夕陽が後ろから照らす帰り道を一人で歩くのにも随分と慣れてしまった。
諦め切れたかと言われれば別にそうでもない。
ただ、この生活には慣れた。
友達と帰って、できない時には一人で帰る。
香織も香織で僕と離れられて楽しそうに見える。
男子と話しているところもたくさん見るようになった。
いい感じに距離を置けている。
とはいえ、なぜか最近になって香織が僕に話しかける頻度が増えている。
「ね、ねえねえ、今日一緒に帰らない?」
「え? いつも通りに先に帰ってていいよ。用事あるし」
「……最近、用事ばっかりじゃん。どうかしたの?」
「用事っていうか、友達と遊びに行くから」
「あ……そ、そっか」
「香織も他の友達と遊んできなよ」
もう僕と帰らなくて良くなったはずなのに向こうから誘ってくる時もある。
陰キャでぼっちだとでも思われているのだろうか。
幼馴染だからという理由で僕を心配しているのなら、余計な心配だ。
僕はそう思って、直接、香織に言ってしまった。
「……今日の放課後さ、一緒に遊ばない?」
「あー……そのさ、心配してくれてるんだったらもういいんだよ? 今日も友達とカラオケ行くし、もう大丈夫だから」
「心配?」
「オドオドしてて、自信なさげで、陰キャな僕を心配して、今まで一緒に帰ってくれてたんでしょ? けど、もう友達もいるし、香織は香織で遊んできなよ」
「ち、違っ……私はっ!」
「柚月、いっくんたち待ってるから早く行こ」
「ゆいちゃん……?」
「ごめんね、香織。話してた? 今日は私とか柚月とか入れて四人でカラオケ行くから」
昨日のことである。
ゆいちゃんのおかげで友達も出来始めてきた。
オドオドしていたり、自信なさげな部分は直っていなくても、香織の助けはもういらない。
今日は誘ってこなかったので、もう完全に距離を離せたと言ってもいいだろう。
別クラスの香織と会うのはせいぜい、選択授業の音楽くらいだ。
「……って、あ、そうじゃん。明日、リコーダーのテストあるから持って帰って練習しないと」
ふと、僕はそんなことを思い出す。
中学で卒業したはずのリコーダーは音楽を選択したことにより、今現在、僕を苦しめる理由の一つになっている。
音楽では度々リコーダーのテストがあるのだが、練習しないといい点が取れないのだ。
成績にも関わるので大事なことだ。
手間だが僕は踵を返して学校へと戻った。
学校では部活動のある生徒たちが熱心に練習に励んでいた。
声出しする運動部の声も聞こえてくる。
僕は校舎内に入って、教室を目指して歩いていく。
流石に夕方の校舎内は人気がない。
室内で活動している部の話し声が聞こえてくるくらいだ。
僕が階段を登って、教室の存在を視界に捉えた時だった。
変なリコーダーの音が聞こえてくる。
誰かが明日のテストの練習をしているのだろうかと最初は思ったが、それっきり聞こえてこない。
僕が歩いているともう一度鳴った。
近づいてわかったが僕の教室からだ。
しかしどうにも変な音である。
オカリナの穴を塞がずに体を揺らしながら吹いたような、なんとも無気力な音だ。
体がフニャりと曲がりそうである。
不器用な人が練習でもしているのだろうか。
一体誰だろう。
同じクラスメイトではあると思うので明日一緒に頑張ろうねくらいは言ってもいいかもしれない。
僕はそんなことを考えながら、教室へと入った。
「……え?」
「ゆ、柚月!?」
香織がいた。
リコーダーを咥えていた。
僕にびっくりしたのか香織はすぐにリコーダーを後ろに回す。
「香織……? どうしたの? クラス違うよね?」
「え、あ、えっと……」
「リコーダーの練習?」
「あ、あはは、まあ……」
香織の態度はどこか落ち着かない。
せっかく距離を離せたのだから今さら僕と話したくないのだろうか。
どうせ僕もリコーダーを取りに来ただけなので、すぐに帰る。
僕は自分のロッカーに行って、リコーダを探す。
けれどロッカーの中にリコーダーはない。
「柚月は、何しにきたの?」
「リコーダーを探しにきたんだけど……知ら、な、い……?」
僕は振り向いて、香織の方を見た。
するとどうだろう。
よく見てみれば香織の背中からはみ出ているリコーダーの底部分に僕の名前シールが貼ってあった。
「え……それ、僕の……」
「っ……」
すぐにはみ出ていることに気づいた香織は完全にリコーダーを隠そうとする。
しかし今隠したところで過去を消せるわけでもない。
僕は固まる。
香織も固まる。
教室の中に長い沈黙が流れる。
「え、それ、僕のリコーダーだよね?」
「……」
香織は何も言わない。
むしろ泣きそうな顔になっている。
「……ごめん、ね」
結局、香織はそう言い切ると泣き出してしまった。
僕のリコーダーを持ちながら袖で何度も涙を拭っている。
すぐに僕は香織に近づいた。
泣いている幼馴染を見て見過ごせるわけがない。
「だ、大丈夫? ほら、僕のハンカチ使っていいから」
「んぐっ……う、うう……」
僕は香織からリコーダーを受け取ると代わりにハンカチを渡す。
泣き止むまで僕は右手で香織の背中をさすり続けた。
左手には、香織が咥えていた僕のリコーダーがあった。
「落ち着いた?」
「……うん、ごめん。ハンカチ、洗って返す」
「ハンカチぐらい別にいいんだけどさ。ど、どうしたの?」
「……怒らないの?」
「何に?」
「……柚月のリコーダー、咥えてたこと」
「いや……なんか、うん、え、なんで?」
正直、怒り以前に疑問の方が強い。
なぜわざわざ僕のリコーダーを香織が咥えているのか。
僕が生き方を間違えて香織のリコーダーを咥えることはあるかもしれないが、香織が僕のリコーダーを咥えるのはよくわからない。
「僕のリコーダーを舐めると何か特殊な効果でも得られるの?」
「ぷっ……ふふ、そんなわけないじゃん」
香織はようやく笑顔を見せる。
可愛い、そう思った。
「じゃあ、なんで……」
「……舐めたく、なったから」
「え?」
「ずっと好きだったから……柚月を、感じたくて、魔が刺した。ごめん」
「好きだった? 誰が?」
「わざわざ言わせないでよ……柚月のことに決まってるじゃん」
僕はポカンと口を開けたままだった。
香織の頬は少し赤い。
嘘をついているようにも思えない。
「……そりゃあ引くよね。こんなことしてたら」
「引くっていうか、驚いたっていうか……」
「ごめんね。嫌いな人にこんなことやられても、嫌に決まってる。なのに、私は……」
「ううん、大丈夫。それに、香織のことが嫌いなわけないから」
「だ、だって、嫌いなんじゃないの? 最近、ずっと私のこと避けてるし、私、ずっと柚月にひどいこと言ってたから……もう、嫌われたのかと思って」
僕は首を横に振る。
そして声が震え始めている香織を抱きしめる。
「っ……」
「嫌いじゃないよ。ただ、僕に対しては香織、厳しいから。ずっと嫌われてるんだって思ってそっちの方がいいかなって、距離置いてた」
「き、嫌うわけないじゃん! 言葉強いのはごめん……でも、こんなことするくらい変態だから自分が怖かったの。これ以上、好きになったら、柚月に迷惑かけちゃうんじゃないかって、思ったから……」
「そっか」
香織は僕から離れようとする。
けれど香織も僕のことが好きだとわかった今、僕は香織を離さなかった。
「……私、抱きしめられる資格なんてないよ?」
「そんなことない。だって、僕も香織のこと、好きだから」
「情けで言ってるんだったら……」
僕は抱きしめるのをやめて香織から離れる。
香織は胸の中でまた涙を流したのか、綺麗な前髪が台無しになっている。
僕はその前髪を整えた後、机の上に置いておいたリコーダーを手に取った。
そして、僕もそれを咥えた。
香織は目をぱちぱちさせている。
「情けに見える?」
香織は首を横に振る。
「……好きです。僕と、付き合ってください」
「私、愛重いよ? 変態だし、いっぱい迷惑かけちゃうかもしれない」
「いいよ。お互い様。そういうの全部ひっくるめて、僕も香織のことが好きだから」
「じゃあ……こちらこそ、よろしくお願いします」
僕と香織はもう一度抱き合う。
しばらく抱き合っていると、香織が上目遣いでこちらを見ていた。
僕は香織の頭を撫でる。
ゆっくりと自身の顔を近づけて、香織と何度も、本当の口付けを交わした。




