『問題は特にありませんでした(全会一致)』
この物語は、
世界を救った“その後”の話です。
剣も、魔法も、戦闘もありません。
あるのは、
きちんと議題を消化するための
ごく普通の会議だけです。
協定締結後・とある会議室にて
王城の会議室には、奇妙な沈黙が流れていた。
中央の長机には、すでに署名済みの協定書が置かれている。
戦争は回避された。
魔王と勇者は和解した。
世界は救われた――はずだった。
にもかかわらず、誰も席を立たない。
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「……で、本当にこれで良いのだな?」
王が、念のためという顔で口を開いた。
「はい」
勇者は即答した。
剣は最初から腰にない。
「俺は戦わないと決めましたし」
「決めましたし、じゃなくてだな……」
王は額を押さえた。
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「こちらとしても異論はありません」
魔王は書類を几帳面に揃えながら言った。
「侵攻はコストが高い。防衛は効率が悪い。研究の邪魔になります」
「研究?」
「植物です」
「……魔王城で?」
「日当たりが良いので」
会議室に沈黙が落ちる。
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民衆代表が、おそるおそる手を挙げた。
「あの……庶民的な感覚で言うとですね」
全員がそちらを見る。
「正直、今までとあまり変わらないんですが」
「変わらない?」
「はい。税も、治安も、日常も」
民衆代表は首を傾げた。
「強いて言えば、“勇者が来なかった”くらいで」
勇者が軽く会釈した。
「来なくてすみません」
「謝らなくていいです」
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王は深く息を吐いた。
「つまり……誰も困っていない?」
全員が頷いた。
「問題は……」
王が協定書を見る。
「……特に、ない?」
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その瞬間。
会議室の天井が、控えめに光った。
「お呼びでしょうか」
神だった。
誰も驚かない。
「確認です」
神は淡々と続ける。
「勇者は討伐しない。魔王は侵攻しない。王は統治を続ける。民衆は生活を続ける」
「はい」
「世界は存続します」
神は一拍置いた。
「仕様通りです」
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「……本当に?」
王が聞いた。
神は微笑んだ。
「“何も起きない”のが最も安定しています」
勇者がぽつりと言う。
「じゃあ、俺の役目は?」
神は即答した。
「ありません」
「……」
「それが、最善です」
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神の姿は消えた。
会議室には、再び沈黙。
魔王が咳払いをする。
「では……解散、でしょうか」
王はしばらく考え――
「……そうだな」
民衆代表が立ち上がる。
「じゃあ、畑に戻ります」
「俺も」
勇者も立つ。
「種まきの時期なので」
魔王も立ち上がった。
「良い品種があるんです」
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最後に、王だけが残った。
協定書を見つめ、呟く。
「世界は……」
一度、言葉を探し、
「……特に問題なかった」
誰も反論しなかった。
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会議室の外、廊下の掲示板には、新しい紙が貼られていた。
「次回会議:未定(問題発生時)」
その下に、誰かが小さく書き足していた。
※発生予定なし
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
問題が起きないことは、
本当に良いことなのか。
その答えについて、
会議では特に議論されませんでした。




