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奪うのなら、対価は払ってもらいます

某ガードルフと某ディーノの受難  (お遊び企画)

【 注意 (/・ω・)/ 】


 ●『処刑』され『100日後に生き返った』『悪役令嬢』の『嘘』と『真実』

 ●「お姉様はずるい」と奪うのなら、対価は払ってもらいます


 ……上記2作品とは無関係とは言い切れませんが、無関係なお遊び話ですイエーイ(笑)

 その旨、ご理解の上、お読みいただければ幸いです。



 豪雨は、すべてを押し流すほどに凄まじく、地面に叩きつけてくる。

 耳をふさぎたくなるほどの轟音。真っ黒な空を二つに切り裂くような光。

 雷だ。

 断崖絶壁でその雷を、凝視している一人の男と一人の女。

 もちろん、人外の生き物だ。

 男の背には黒い翼が、女の背には白い翼が生えている。

 その様子を、もしも人間が見れば、悪魔と天使が並んでいるかのように思うだろう。

「ふはははははははははっ!」

 男が、不意に嵐に向かって笑った。

「見ろっ! 我が妻よっ! あれこそが、これより起こりたる地上の災厄っ! 荒れ狂う神々の饗宴っ!」

 背に黒い翼をもつ男が、殴りつけてくるような暴風雨などまるで気にもせずに、叫んだ。

 その男に、妻と呼ばれた女のほうも笑った。まるでここが、嵐の中などではなく、春の暖かな日差しの中にいるかのように、柔らかく、優しく。

 そして、ゆっくりと手を伸ばし、男の頬に触れた。

「いいえ、違うわ。災厄は起こるものではないのよ」

 男が黒い瞳で女を見つめた。

 女は金色の瞳で男を見つめ返す。

「災厄は、あなたが起こすのよ。そして、このあたくしがね」

 女の言葉に、男もフッと笑った。

「そうだな。我らがこれから起こす災い。卑小なる者どもの苦痛に歪むその顔が楽しみだっ!」

 ふははははははは……と笑う男を、女は聖母のような清らかな目で見つめ続けた。

   

 ***


「あら……? 何かしら、これ……」

 観光を終え、ホテルの一室で休んでいたときのこと。

 ベッドの上でゴロゴロと転がっていたディーノに向けて、どこからともなく一枚の黒い羽根がひらひらと落ちてきた。

 オリヴィアは何気なしに、その羽根に手を伸ばそうとして……。「きゃっ!」


 いきなり飛び起きたディーノに驚いて声を上げた。

 ディーノはそれまでのまったりとした様子とは異なり、ばね人形のように飛び起きたかと思うと、黒い羽根を手に取り、そうして。

「ぐああああああっ!」

 いきなり叫び出したのだ。

 オリヴィアは何事かと思った。

「緊急連絡⁉ オリヴィア、急いで荷物をまとめてっ! 逃げるよっ! 災厄が来るっ!

「え?」

 わからず、きょとんとしているうちに、オリヴィアの視界がぐらりと歪んだ。「あ、ら……?」

「オリヴィアっ!」

 ディーノが叫びながらオリヴィアに手を伸ばすが、遅かった。

 まるで煙のように、ふっと。ホテルの部屋からオリヴィアの姿が消えた。

「うあ……。どうすれば……」

 ガリガリと、ディーノは頭を掻いた。

 意味もなく部屋の中をぐるぐると歩き回っていると。

 いきなり部屋に黒い翼と長い黒髪を持つ男が現れた。

 人が想像する堕天使のような恐ろしいほどの美貌の持ち主だ。

「兄っ!」

「……久しいな、弟よ。その様子からすると私の忠告も遅かったようだが」

「……どういうことかな、兄よ」

「発端は、私の嫁が攫われたこと」

「はあ⁉」

「次に攫われるのは、弟よ。お前の嫁と予測した」

「で、的中した……と」

 兄と呼ばれた黒い翼の男は重々しく頷いた。

「つまり、兄の嫁とボクの嫁が居なくなったのは……」

「私たちの親が犯人と言うことだと推察される」

「……推察も何も、100パーセントそれしかないでしょ」

 兄と弟は、重々しく、溜息を吐いた。


   ***


 オリヴィアの視界がぐらりと歪み、そして暗くなった。

 貧血か立ち眩みか……と思い、背中から倒れこまないように、自分からしゃがんだ。

 しばらくの後、ゆっくりと目を開ければ……。

「どこなの、ここは……」

 ディーノと共にいたホテルの一室ではもちろんない。

 見えるのは、鬱蒼とした森。木々の間から、なにやら屋敷のようなものも見える……。

「えっと……」

 さすがのオリヴィアも、茫然とした。

 すると……。

「あの、大丈夫ですか?」

 後ろから、声を掛けられた。

 パッと振り返って見れば、紫がかった黒髪の女性が立っていた。

 オリヴィアを心配そうに見下ろしている。

「立ち上がれますか?」

「え、ええ……、もちろんよ。ありがとう」

 その女性の手を借りて、オリヴィアは立ち上がった。

 女性は「どういたしまして」と言って、微笑んだ。

 二十歳程度の年齢には見えたが、どうだろう。ディーノだってその程度の年代に見えるが実のところ何百年も生きているのだ。

「わたくし、オリヴィア・L・ヒューレットと申しますわ。あの……、貴女はこのあたりにお住まいの方? ここがどこなのか、お分かりになります?」

 相手が女性とあって、警戒心をやや薄めて、オリヴィアは聞いた。

 女性は困り顔になった。

「ウィスティリア・リードです。ええと、同じことをわたしもお尋ねしようと思ったのですが……」

「あら……」

「ここではない、別のところにおりまして。気がついたら、いきなりここにいた……。多分、強制転移させられた……と思うのですけれど」

「強制、転移……?」

 オリヴィアの問いには答えず、ウィスティリアは眉根を寄せた。

「誰が、どうやって……? わたしの傍にはガードルフ様が居たのに……」

 ガードルフとは誰の名だ……と、オリヴィアが問う前に、二人の前に一羽のカラスが舞い降りてきた。

「くくく……。よく来たな卑小なる者たちよ」

 カラスが人間の言葉を話すなんて……などと、オリヴィアもウィスティリアも尋ねることはしなかった。その程度の不思議には、慣れてきたつもりだ。

 それよりもわざわざやってきてくれたのだから、ありがたいとさえ、感じていた。

「あなたがわたくしたちをこの場所へ呼び寄せたのね。いったい何の用事?」

 一歩前に出たオリヴィアがカラスを睨みつける。

「くくく……。気の強い娘だ。気に入った。貴様らを我が深淵なる闇の中の闇、魔王の城へ招待してやろう。付いてくるがよい」

 カラスはそう言うと、木々の間から見えていた屋敷のほうへと飛んでいった。

「勝手に……」

 オリヴィアは不機嫌に言ったが。ウィスティリアは首を傾げた。

「この森、多少は鬱蒼としていますけど、闇の中の闇というほどの暗さはないですよね? それに、魔王の城? ゴシックな尖塔や城壁もありませんし、周辺には常に濃い暗雲が低く敷かれていて、とにかく陰気な雰囲気で、時々雷が落とされる……程度のおどろおどろしい様子もありませんけど。カラスが飛んでいったのは、ごく普通のお屋敷でしかありませんよね?」

 同意を求めるようにオリヴィアを見るウィスティリア。

「き、気にするところはソコなの⁉」

 思わず声を荒げたオリヴィアであった。


   ***


「あら、素敵なお庭……」

 ウィスティリアは目を輝かせた。

「深淵なる闇の中の闇? 魔王の城? これの、どこが?」

 オリヴィアは、眉根を寄せた。

 つる薔薇の絡まるアーチ、丁寧に剪定された樹木、生い茂るツタ、思わず腰かけたくなるベンチ、花や緑があふれる花壇と、その間を通る石畳の小道。

 どこからどうみても、都市の喧騒から離れた場所に建てられた貴族の別荘にしか見えなかった。

「魔王よりは妖精が似合いそうなお庭ですね。屋敷の中もそうなのかしら?」

 ウィスティリアは開けられていた玄関扉から、室内を覗く。

「きれい……」

 玄関ホールの窓には、薔薇がデザインされたステンドグラスがはめ込まれていた。

 自然光がステンドグラスを通って、ホール内に様々な色を添えている。

 ぐるりと見回せば、玄関ホールから近い場所にある部屋のドアが開かれていた。

「あそこに行けということかしら?」

「入ってみましょうか」中に入るとそこは、漆喰壁の白と木材部のブラウンが好対照な、落ち着いたドローイングルームだった。

 大きな丸いテーブルには紺色のテーブルクロス。その上に用意されているのは三段重ねのティースタンド。上から順番にサンドイッチ、スコーン、ケーキなどのティーフードが置かれている。


「あら」

「……まさかアフタヌーンティーにご招待?」

 室内を見回す。

 先ほどのカラスの姿は見えなかったが、代わりに何故だか真っ白なハトが居た。

「は、ハト?」

「白い羽が艶々で美しいですわね」

 ウィスティリアがそう言うと、ハトは羽を広げて一礼をした。

 その様子はまるで淑女が行うカーテシーのようで、実に優雅なしぐさだった。

「あたくしの羽をお褒めいただいて嬉しいわ。あたくしは、ティエンスー・マライカット・ナーンファーよ」

 ハトは続けて言った。

「ウィスティリア・リードさん。いつもガッちゃんがお世話になっておりますわ」

「え、ええと、ガッちゃん……?」

 ガの文字から始まる名前の持ち主としては、ガードルフがまずウィスティリアの頭に浮かびはした。

 が、「ガッちゃん」などと、あのガードルフを呼べるハト……。何と返答していいのかウィスティリアは戸惑ってしまった。

「それからオリヴィア・L・ヒューレットさん。いつもベッ君と仲良くしてくれてありがとう」

「ベ……、ベッ君⁉」

 誰だそれは……と尋ねる前に、先ほどのカラスが部屋に飛び込んできた。

「ふははははははっ! ようやく嫁姑の邂逅を果たしたかっ! ならば、卑小なる小娘どもに我が名を告げよう。我こそは、ディアヴォル・クィー・セタン‼ ティエンスー・マライカット・ナーンファーの最愛の夫にして、小娘どもの……ぐはっ!」


 カラスの言葉が言い終わらないうちに、どこからともなく出現した巨大なハンマーによって、カラスは床に叩きつけられた。


   ***


 だが、しかし。

「ふはははははははっ! 甘いなっ! 甘すぎるぞっ! 我がその程度の攻撃に屈すると思うのかな⁉」

 カラスが床にめり込んだ……と思いきや、黒々とした羽を広げ、紺色のテーブルクロスの敷いてあるテーブルの上へと降り立った。

「あら、あなた。不作法ですわよ」

 白いハト……ティエンスーが穏やかに言い、ディアヴォルと名乗ったカラスに、椅子へと移動するよう目線で促す。

「む、愛する妻よ、すまない!」

「いいえ。さて……いきなりハンマーで攻撃とはやるわねえ……」

「これはウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフ……。いや、ベラルディーノ・オルムフィアーノ・アヴェッリーノか……」

「そうねえ、いきなり前置きもなく殴ってくるあたりはガッちゃんっぽいけど。巨大ハンマーはベッ君っぽいわねえ」

 夫婦の会話によって、ティエンスーが言ったガッちゃんがガードルフであると、ウィスティリアには理解はできた。

 そして、ベッ君がディーノであることがオリヴィアには分かった。

 だが……。

「ガードルフ様を……と、お呼びいたしますか……」

「ディーノ様をベッ君⁉ どういうセンスよ……」

 ウィスティリアとオリヴィアは茫然とつぶやくしかできなかった。

「さて、来ているのだろう、姿を現せ!」

 ディアヴォルの叫びと共に姿を現したのは……背中に大きな黒い翼を持つガードルフと、天使のような純白の翼を持つディーノだった。

「ふはははははははっ! やはりかっ! 我が息子どもよっ!」

 ガードルフはじろりとディアヴォルを睨んだ。

「我が嫁であるウィスティリアを攫うとは……、貴様、覚悟はできているのだろうな……っ!」

 ガードルフの固めた拳が震えていた。ディアヴォルの返答如何では、即座に殴りつけてやるとばかりに。

 だが、しかし。

「ふははははは! この父を『貴様』などと呼ぶとは! 偉くなったものだな、ウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフ!」

「ほんとだわあ、ガッちゃんも、大きくなったわねえ。お母様は嬉しいわ」

 高笑いするディアヴォルと、どこかズレた反応のティエンスー。

 ガードルフは苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 そして、ディーノと言えば、ディアヴォルとティエンスーなど無視して、オリヴィアに駆け寄った。

「オリヴィア! 無事⁉」

「ええ、ディーノ様。わたくしは大丈夫ですわ」

「よかったあ……」

 オリヴィアを抱き寄せて、ほっと一息つくディーノ。

「だけど、ごめん、オリヴィア。父と母が迷惑をかけて」

「あ、あのカラスとハト、本当にディーノ様のお父様とお母様なのですか⁉」

 カラスの、先ほどの「嫁姑の邂逅」という言葉や、今ガードルフに対して「父」や「お母様」などという言葉。

 そこから推測はしたが、もしやとも思っていた。

「うん……。迷惑かけてごめん。それから、そちらのお嬢さんも……。あーと、えっと。ボク、ガードルフ兄の弟で、ディーノです」

「まあ! ガードルフ様の! 初めまして、わたし、ウィスティリア・リードと申します」

 ディーノはオリヴィアを抱きしめたまま、ウィスティリアに軽く会釈をした。

 ディーノとオリヴィア、そしてウィスティリアが、互いの挨拶と簡単な自己紹介をしていると、ガードルフが怒鳴った。

「いつまでそんな姿でいるつもりですか⁉」

 ディアヴォルとティエンスーは、鳥の姿のまま顔を見合わせた。

「だってなあ……。元の姿に戻ると……」

「すぐにバレちゃうじゃないのよ~」

「まあ、しかし……」

「もうバレちゃったことだし……」

「戻るとするか……」

 カラスとハトの姿から、ディアヴォル・クィー・セタンとティエンスー・マライカット・ナーンファーは元の姿にすっと戻った。

 ディアヴォルの背には黒い翼が、ティエンスーの背には白い翼が生えている。

 その姿を人間が見れば、悪魔と天使が並んでいるかのように思うだろうが……、それだけではなく。

「まあ! ガードルフ様そっくり!」

「うっそ! ディーノ様に似ているわ……!」

 ウィスティリアとオリヴィアは同時に声を上げた。

 そう、ディアヴォルの顔はガードルフに、ティエンスーの顔はディーノにそっくりなのであった。

「元の姿でウィスティリアさんとオリヴィアさんの前にあたくしたちが現れたら、すぐにガッちゃんとベッ君の親だって、外見でわかっちゃうでしょ」

 ティエンスーは「てへっ☆」っと笑った。


   ***


「……父と母のお遊びに付き合っていられないので、ボクたちは帰ります」

 オリヴィアを抱き寄せたまま、ディーノは純白の翼を広げた。

「ああ、そうだな。私たちも帰ろう、ウィスティリア」

 ディーノに習って……というわけではないだろうが、ガードルフも漆黒の翼を広げ、ウィスティリアを抱き上げた。

 そのまま、飛び去ろうとした瞬間……、ディーノもガードルフも身動きが取れなくなっていることに気がついた。

「な……なんだこれ……」

「蜘蛛の……糸?」

 透明にも見える細い糸。それが、ディーノとガードルフの足や翼に幾重にも絡みついていたのだ。

「い、いつの間に……」

 その糸は、ティエンスーの指へと繋がっていた。

「ガッちゃん、ベッ君。お母様はお遊びであなたたちの嫁ちゃんを呼び寄せたのではなくってよ」

 ふっふっふ……と不敵に微笑むティエンスー。

 更に巻かれる糸が増え、ディーノはオリヴィアを抱き寄せたまま、ガードルフはウィスティリアを抱き上げたまま、ぐるぐると糸を巻かれ……、そして、繭玉のようになってしまった。

 その二つの繭玉から、それぞれの頭部だけが繭から出ている姿に、ディアヴォルは大笑いした。

「はっはっは。ウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフもベラルディーノ・オルムフィアーノ・アヴェッリーノも、なかなかに楽しい姿だなあ!」

 よくぞやった! と、ティエンスーを褒め称えるディアヴォル。

「ちょ……っ! 何するんですか、母!」

「ふっふっふ。ベッ君。お母様はあなたたちを逃がさなくてよ……」

「こんなことしなくてもいいでしょう!」

「逃げないと約束するなら拘束を解いてあげてもいいけれど……。お母様はあなたたちの嫁ちゃんにお話があるのよ」

「話……?」

 首を横に傾けたくても、糸に絡めとられ、それすらできないディーノ。

 かたやガードルフは、母と弟が話している間に、さっさと糸などは燃やしていた。

「余計な手間を……」

 ガードルフは吐き捨てるようにして言った。

 勿論、ガードルフもウィスティリアも火傷などは負っていない。

 糸だけを燃やしたのだ。

「あら、さすがねガッちゃん。まあ、でも逃げてもまたお嫁ちゃんは呼び寄せるわよ。無駄な抵抗は諦めて、お母様のお話を聞きなさいね」

 ガードルフはティエンスーを睨みつけた。

「……話があるなら初めから言えばいいだろう。いきなり攫わずとも」

「そうは言っても、あなたたち素直にお母様のところになんて来ないじゃない。ガッちゃんもベッ君も、いい加減に大人なのだから、大人としての対応をして頂戴」

 お前が言うか、という反論を、ガードルフは飲み込んだ。

 ここでなにかを言うようならば、ティエンスーからは百倍になって返ってくるし、その百倍になって返ってくる間にディアヴォルがなんだかんだと訳の分からないことをし出して収拾がつかなくなる……というのが経験則だ。

 話だけで済むのなら、さっさと済ませてやるしかない……。

 返事もせずに、無言で。ガードルフは自身の母を睨むに留めた。

「ガッちゃんもベッ君も、あなたたちのお嫁ちゃんに、我ら一族の体質を話してはいないでしょう。ベッ君はまだ猶予があるとしても、ガッちゃん、あなたはそろそろ『繁殖期』に入るわよね」

 ティエンスーからの、いきなりの爆弾発言だった。

「繁……?」

「……殖、期?」

 ウィスティリアとオリヴィアは、聞きなれない単語に目をしばたたかせる。

「ほーら、やっぱり。ベッ君もガッちゃんも、あなたたちの嫁ちゃんに、我が一族の生態を説明していないでしょう。これだから男は……」

 予想通りだと、溜息を吐き出しそうな表情のティエンスー。

「同族の嫁を貰うならともかく、あなたたちのお嫁ちゃんは元・人間。共に一緒に生きていくだけじゃ、ダメでしょ! きちんと色々お話ししなさい!」

 めっ! と、母親が幼い子にするかのように、ティエンスーは顔を顰めた。

 ガードルフとディーノは無言のまま。だが、どこかバツの悪そうな顔をしていた。

「どうせお嫁ちゃんとイチャイチャラブラブしていてそーんなこともうっかり忘れていたんでしょうけれど。女性にとっての産む・産まないの選択は、よーく考えないといけないんだから」

「ふははははは、我が息子とあろう者どもが、新婚に浮かれているとは!」

 ディアヴォルが笑うが……、そんなディアヴォルをティエンスーは白い目で見た。

「あなたもそうだったわよ?」

「うっ!……ダークドラゴンとの戦いで負った古傷が……痛む……」

 ワザとらしく胸を押さえて床に倒れるディアヴォル。

 ガードルフとディーノはそんなディアヴォルのことは完璧に無視をした。

「かつてのあたくしの苦労を、息子のお嫁ちゃんたちにはさせたくないの。……というわけで」

 ティエンスーは勢いよく、両手の掌を合わせた。「パンっ!」と掌が音を立てたのと同時に、恐ろしく巨大な壁が出現した。

 壁のこちら側にはティエンスー、ウィスティリア、オリヴィア。

 壁のあちら側にはディアヴォル、ガードルフ、ディーノ。

「さ、あたくしたちは女同士の話があるから。その間、あなたたちはそっちで遊んでいて」

 壁は、空に達するほどに高い。そして、広い。

 ウィスティリアとオリヴィアには見えないが、壁のあちら側からは、何やら複数の咆哮が聞こえてくる。

「あ、あの……。獣の叫び声のようなものが聞こえてくるのですが……っ!」

 ガードルフは大丈夫だろうかと、ウィスティリアはティエンスーに詰め寄った。

「あら、大丈夫よ。たかが闇黒の魔王ディアボロスに悪魔嬢リリスに大翼のバフォメット、幻獣王キマイラ、幻爪の王ガゼル、コーンフィールド コアトル、シャドウ・ディストピア、闇王プロメティス、ジョングルグールの幻術師、死王リッチーロード、影王デュークシェード、あ、あと何を召喚したかしら……? ドラゴンとヒュドラと……ガルムとクラーケン程度だから、半時くらいはウチの夫と息子たち、一緒に遊べるんじゃないかしら?」

「あ、遊ぶ……?」

 オリヴィアは、顔をひきつらせた。

「ふふふふふー、大丈夫よ、大丈夫。さ、お茶をしながらいろいろお話しましょうね」

 ティエンスーがそう言ったのと同時に、壁の向こうからはディアヴォルの「はははははは!」という高らかな笑い声が聞こえてきた。

「あなたー、がんばってねー」

 ティエンスーが言えば、ディアヴォルは妻からの声援に即座に応えた。

「我が愛しの妻よ!その話が終わるまで、我は愛しの息子たちと共に暗黒より現れし魔獣を倒しておこう! よいか、息子たちよ、闇の波動に飲み込まれるなよーっ!」

「さて、二人とも、座ってちょうだい」

 見れば、テーブルクロスの敷かれた円形のテーブルの上には3段式のアフタヌーンティースタンドに乗ったスコーンやケーキ、サンドイッチが用意されていた。

 い、いつの間に……。

 ウィスティリアとオリヴィアは驚いたが、表情には出さなかった。

「失礼いたします……、おか……、」

 お義母様……と呼んでいいのだろうか……? それともお名前のほうが……? 

 と、オリヴィアは少々戸惑った。

 その気配を察したのか、ティエンスーはにこにこと笑った。

「ええ、もちろんよ! お義母様と呼んでもらえると嬉しいわ! ああ、女の子はいいわねー。ガッちゃんもベッ君も息子たちはそっけなくてツマラナイから」

 そのツマラナイと言われたガードルフとディーノのほうは、壁の向こうでどうなっているのかと言えば……。

 どうなっているのか全く分からない。

 ただ、ディアヴォルの、

「深淵よ、闇の翼よ、漆黒に漆黒を煮詰め、更なる闇を醸造せよダークトルネードオオオオオオオ」などと言う叫び声だけが聞こえてくる。

 ……聞かなかったことにしましょう。

 ウィスティリアとオリヴィアは、無言のまま、互いに目だけを合わせ、そして頷きあった。

 ティエンスーは、

「オリヴィアちゃん、オリヴィアちゃん……。オリーちゃん、リヴィアちゃん、ヴィアちゃん……。ううん、二人でそろえたほうがかわいいわよね。ウィスティリアちゃんは……リアちゃんと呼ぶとすると……やっぱりオリちゃんかしら……」

 と、呼び方を、ぶつぶつと、独り言のように呟いていた。

「申し訳ございません、お義母様。リアというのはガードルフ様だけに呼んでいただきたいので……、できればそのままウィスティリアと」

「んー、じゃあウィーちゃん! 決まりね! とすると、オリヴィアちゃんはオリーちゃんで!」

 ウィーちゃん、オリーちゃんと、何度か呼ばれ、何だろうこの人は……と、ウィスティリアもオリヴィアも引き攣った笑いを浮かべるしかない。

 が、ガッちゃんやベッ君と呼ばれるガードルフとディーノに比べれば、まだマシであるだおう。

 そうして、ウィーちゃん、オリーちゃん呼びされることを、無理やりに、紅茶と共に、飲み込んだ。

「で、ウィーちゃんとオリーちゃんを呼び出した目的はね、我が一族の繁殖期について教えないといけないなーって思ったからなの」

 呼び出し方も、呼び名に関しても、ふざけているとしか思えないのだが、呼び出した理由は真っ当だった。

「ウィーちゃんとオリーちゃんはもともと人間だからねえ。子の産み方はあたくしたちと異なるのから、知らないままだと驚いちゃうでしょ」

 産み方が、違う。

 十月十日を経て、出産するのと違うのか……。

 ウィスティリアもオリヴィアも少し不安になった。

 子を持つことを、考えなかった……と言えば噓になる。

 だけど、それは、そのうち自然に……と、考えていた。

 どうやらティエンスーの言葉からすると、人間の繁殖とは違うらしい。

 二人はこくりと頷いた。

「まずね、あたくしたちの一族には繁殖期というものがあるの。子どもを産めるのはその期間だけ」

「期間があるのですか……」

「そうなの。ベッ君はともかくガッちゃんはもうすぐ……、あと百年後くらいから、約五百年間が繁殖期になるの」

「ご、五百年間⁉」

「は、繁殖期が、五百年ですの⁉」 

 そんなに繁殖期というのは長期間に渡るのか。

 あまりの長さに、ウィスティリアとオリヴィアは、令嬢らしからぬ表情ではあるが、思わずあんぐりと口を開けてしまった。

 普段は人間と長命種の、その差を感じたことはあまりない。

 人間とほとんど同じで、ただその背に翼があり、更に長命である。違いは、その程度だとウィスティリアもオリヴィアも思っていた。

 だが、繁殖期が五百年。

 元・人間であるウィスティリアとオリヴィアは、五百年間ずっと子どもを産むのかと、うっかり想像してしまった。

「あ、あの……繁殖期が五百年ということは、ものすごく大勢の子を産むことになるのでしょうか……」

「一年に一度、毎年、出産を繰り返すわけではないですわよね……?」

 引き攣った顔で、聞いてきた二人に、ティエンスーはふるふると首を横に振った。

「産めるのはせいぜい三人とか四人かしらね。がんばれば、五人……イケるかしら?」

「は? 五百年も繁殖の期間があるのですわよね?」

「そうね。でも、わたしたちは子を卵で産むの」

「た、卵……⁉」

「あの、それは、鳥などのように、産んで、それから温める……という感じの……」

「あ、そうそう。だいたいそんな感じね。まず卵を産むでしょ、それで百年間温め続けるのよ」

「百年⁉」

「そ、そんなに長い期間、どうやって……」

 食事や睡眠や入浴はどうするのだ。まさか、寝ながら温め続ける……のだろうか? 

 卵を潰してしまうこともないのだろうか……?

「二人で交代して温めるの」

「ああ……なるほど……」

「それから、あたくしたちの種族の卵はね、卵の中にいるときから意識があるの。人間でも胎教って言葉があるでしょう? それと同じで百年間、卵に話しかけて、いろいろ教育を施したりもするわ。百年卵を温めて、卵が割れて、産まれた直後にはもう、羽を広げてどこまでも自由に飛んで行けるのよ。言葉も理解しているし、生まれたての赤ん坊というよりは……そうね、蛙で例えるなら、卵の中の百年間。卵から孵ってオタマジャクシになって……。だから、卵から出た時はもう自由に動けるの。あ、卵を産んだ直後は掌に乗る程度の大きさだけど、百年たつと、あたくしたちの身長の半分程度まで成長するわねえ」

 分かりやすいたとえではあるが、なぜ、蛙……。

 オリヴィアはとりあえず黙ったまま、ティエンスーの話を聞くにとどめた。

「とすると、生まれてすぐに……独り立ちする感じでしょうか?

 ウィスティリアは「真剣!」とばかりに、前のめりで聞いている。

 メモまで取りそうな勢いだ。

「そうね。ガッちゃんなんかは生まれて五分後には、どこか遠くに飛んでいったわね。全然帰ってこないから、心配になって、無理やり連れ帰ったけど……またすぐにどこかに行ってしまったわね……。せっかく色々、あたくしたちが考えたかっこいいセリフを教えてあげていたというのに……ワンフレーズすらも言ってくれないで」

 当時を思い出すかのように、ティエンスーは遠い目をした。

「かっこいいセリフ?」

 それは何だとウィスティリアもオリヴィアも首を横に傾げた。

「混沌の世界に現れし、我が魂の半身よ。そして、我が分身よ。嵐を纏い、その真なる力を解き放ち、虚無へと誘え。虚偽という幻想を砕き、真実を求めよ……とか。それから、狂気と絶望の深淵より、我が力を呼び覚ますのは、狂気と絶望。見よ! 世界よ!我が名はウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフ! 暗黒渦巻く空間を支配し、全てを蝕む者! とかも素敵よねーって。生まれた直後にたくさん教えてあげないとって、ディアヴォルと一緒に一生懸命考えたのよーうふふ」

 ティエンスーの口からすらすらと出てきた呪文のような言葉にウィスティリアとオリヴィアの目が点になった。

「あ、あの……出産後は、そのような文言を……唱えねばならないのでしょうか……?」

「そうよー」

 五百年もの繁殖期。

 卵を産み、百年温める。

 卵から子が孵った後、このような面妖な呪文を唱える……。

 荷が重い。

 元・人間であるウィスティリアとオリヴィアにとってはあまりにも異文化すぎて。

 いくらウィスティリアがガードルフを、オリヴィアがディーノを愛しているとはいえ。

 精神的な衝撃は大きかった。

「か、考えつきませんわ……。カッコイイセリフ……」

 呆然と、ウィスティリアが呟けば、

 オリヴィアも、

「よ、用例集ですとか、なんらか書物があれば……、もしくは家庭教師……。ま、学ぶのも、その……ふ、不可能では……」

 ぶつぶつと呟きだした。

 すると……

 巨大な壁の一部が、ドカッと蹴られ、そして大きな穴が開き。

 その穴の向こうから、ガードルフとディーノの叫び声が響いてきた。

「「嘘を言うな嘘を!」」


  ***


「それ嘘だから! 母の嘘だから!」

 蹴り開けられた壁の穴から、ディーノが飛び出してきて、オリヴィアの手をぐっと握りしめた。

「頼むから! 子どもを産んだ直後に父や母みたいな呪文を延々と唱えないで! トラウマになるから! 生まれた瞬間に、ここにいるのはマズい! 洗脳される! 即座に逃げる! なんて、逃亡計画を立てざるを得ない! いきなり苦難の人生なんて、ハードモードをボクとオリヴィアの子どもに与えないで‼」

 口から唾液を飛ばす勢いで、ディーノから告げられて。

 オリヴィアは「は、はあ……」と目を丸くした。

 そしてガードルフは。

 壁の穴から出た後、ディアヴォルが穴から出てこないうちに、素早く穴を塞ぎ、更に結界まで張った後、ウィスティリアに告げた。


「……とある動物の雛は、生まれて最初に見たものを親と思う」

「は、はい? ガードルフ様? いきなり何のお話を……?」

「同様に、卵から孵ってすぐに、延々とオカシナ呪文を告げられると、その呪文をまともに記憶してしまうのだ。魂に刷り込まれるほどに……! 嫌だと思いつつも、脳から離れないのだ……!」

 ガードルフの肩が、わなわなと震えていた。

「は、はあ?」

「故に、この私も。悔しいことに、おかしな文言を、無意識のうちに発してしまう病に侵されている」

「え、え、え⁉ 病、ですか⁉」

「病……、いや、呪いかもしれんが」

 そういえば……と、ウィスティリアは思い出した。

 初めてガードルフと会った時。

『漆黒の天使様』や『黒い翼の御使い様』とガードルフを呼ぼうとしたら、『俺は他の愚鈍な愚民たちとは違って、万能の、特別の存在なのだぞ』などと主張するような、そこはかとなく恥ずかしい名称は……と、言われ。

 更に、ウィスティリアが で、では『紅蓮の炎を身に纏う高貴なる魂の……』と続けたら。

『闇の深淵より現れし爆炎の御使い』

ことわりより外れし静謐なる魂』

『混沌より産まれし闇の世界の構築者』と、ガードルフはすらすらと答えてきた。

 なるほど、とウィスティリアは思った。

 生まれて直後の記憶は、その後の人生に多大なる影響を与えるのね……。

 しばらく考え込んでいたウィスティリアだったが。

 突然「ふふふ……っ」と微笑んだ。

「リア?」

 不思議そうに、ガードルフがウィスティリアを呼んだ。

「ああ、いえ。ごめんなさい。よかったと思いまして」

「はあ? よかった?」

 いきなり攫われて。

 ハトとカラスに出会って。

 わけのわからない状況で、オカシナ呪文やら何やらを告げられたのに。

「ええ。だって、ガードルフ様のお父様とお母様、それから弟様とオリヴィア様。皆様にお会いできたのですもの」

 にこにこと笑うウィスティリアが一同を見渡す。

「改めまして。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。特にお母様。出産準備や種族の特性など、知らないことを教えていただけると嬉しいです」

 素直に挨拶するウィスティリアに、ティエンスーは。

 思いっきり飛び上がるとウィスティリアに抱き着いた。

「あああああ……っ! かわいいわ~! 不愛想なガッちゃんのお嫁ちゃんがこんなにも素直でかわいいなんて~!」

 きゃいきゃいと喜び、そして、跳ね、駆けまわるティエンスー。

 その様子はまるで三歳児。

 ガードルフとディーノは呆れたが。

 オリヴィアが「あ、あの。お義母様! わたくしも、その、よろしくお願いいたしますわ……」と言って、ティエンスーを更に喜ばせた。

「オリーちゃんも大好きよおおおおおお!」

 犬は喜び庭駆けまわりなどというどこか遠い国の歌が、ガードルフたちの脳内に廻った。

 と、同時に、

「嫁たち! この義父とも愛の抱擁を……」

 ディアヴォルが壁向こうから叫んだ。

 が、阿吽の呼吸でガードルフとディーノが結界を張りなおす。しかも三重四重五重にもだ。

 その間に、ティエンスー、ウィスティリア、オリヴィアの三人は。

 三人一緒に手と手を合わせて、楽しそうなお遊戯会……ではなく。女子会モードできゃあきゃあと楽しそうに喋り出していた。

「…………兄よ」

「…………なんだ弟よ」

「嫁たちが仲良くなってよかったと言うべき? それとも……」

 ガードルフは無言だった。ただ、眉間の皺が深い。

 何にせよ。

 嫁たちと母が仲良くなってしまったこと。

 それが、ガードルフとディーノの最大の受難の始まりになったのだ……。




 終わり。



お遊び企画にお付き合いいただきましてありがとうございます。


元の作品のイメージがぶっ壊れたらすみません……。

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