瀬那くんのお部屋にて
「いやーほんと助かるよ! 逢糸に教えてもらえるなんてな。でも、ほんとに迷惑じゃなかったか? 自分の勉強もあるのに」
「ううん、迷惑なんかじゃないよ。それに、人に教えることは自分の勉強にもなるし。……でも、僕の教えなんているの? 瀬那くん、成績もすごく良いし……」
「いやお前ほどじゃねえよ。それに、今回の範囲はほんと自信ないんだよ。仮定法とかほんと分かんなくてな」
「……まあ、そういうことなら」
それから、数十分後。
円卓を挟んだ向かいから、爽やかな笑顔で話す秀麗な少年。そして、今いるのは……なんと、瀬那くんのお部屋。隅々まで整理が行き届いた綺麗な空間の左手には柾目の美しい木製の本棚――そこには、学術書や漫画、小説など幅広い書籍がぎっしりと並んでいて。……忙しいはずなのに、こんなにも熱心に読書まで……うん、すごいなぁ瀬那くん。
さて、どうして地味で陰キャラでコミュ障の僕が、畏れ多くもクラスの中心的存在たる瀬那くんのお部屋にお邪魔しているのかと言うと……その、来る中間テストに向け、僕が瀬那くんに勉強を教えるという話になったからでして……うん、できるかな?
「それで、ここはif節のshouldが倒置していて前に来ているんだ。それで、ここにあったはずのifが消えちゃってるから分かりづらいくなってて……」
「……へえ、なるほどなぁ。いや、やっぱ分かりやすいわ、逢糸の説明」
「……そ、そうかな? あ、ありがとう」
「……いや、なんでお前が礼を言うんだよ。それはこっちの台詞だよ。ありがとな、逢糸」
「……あっ、その……ど、どういたしまして」
それから、数十分後。
そう、莞爾とした笑顔で告げてくれる瀬那くん。……そ、そうかな? うん、それなら良かった。人に教えたことがない――と言うか、教えるような間柄の人なんていなかったから自分では分からなくて。
……ただ、こんなふうに褒めてくれるのは嬉しいんだけど……すんなり伝わったのは僕の説明が上手かったから、というよりも瀬那くんの理解力が高いことが主な理由だと思う。……まあ、きっと言ったって否定されちゃうんだろうけど。
「……ふぅ、そろそろちょっと休むか」
「うん、そうだね。お疲れさま、瀬那くん」
「……いや、それはこっちの台詞だよ。ありがとな、ほんと」
「……ううん、こっちこそありがとう瀬那くん」
「……いや、だからなんで……いや、やっぱいいわ。それがお前なんだろうし」
それから、一時間ほど経て。
そっとシャーペンを置いた後、ぐっと身体を伸ばしつつそう口にする瀬那くん。最後は少し呆れたような――それでいて、春の陽のように暖かな微笑を浮かべる彼に思わずぐっと鼓動が跳ねる。……ほんと、ずるいなぁ。
「……うん、ほんとにすごいね。なんか今、頭が真っ白になっちゃってて……」
「だろ!? そうなんだよ、俺も聴き終えた後まさにそうなってな」
それから、少し経過して。
たどたどしく伝えた僕の感想に対し、嬉しそうに目を輝かせる瀬那くん。帰り道に言っていた、衝撃の曲をついさっきまで聴いていて。……うん、ほんとにびっくりした。こう、なんというか……うん、自分の語彙力のなさがもどかしい。でも、これはきっと帰ったらまた聴いてしま――
「「…………あ」」
ふと、声が重なる。と言うのも――ふと、円卓のお菓子へと伸ばした二人の手が重なって……うん、ほんとにあるんだ、こういうの。フィクションの中だけかと思ってた。
「……わ、わるい」
「……い、いえこちらこそ」
ほどなく、お互いぎこちなく謝りつつ手を引っ込める僕ら。そして、次は一人ずつ手を伸ばしそれぞれお菓子を……いや、もうお菓子どころじゃないんだけど……まあ、この流れで取らないのも不自然だし。
「……じゃあ、そろそろ再開するか、勉強」
「……うん、そうだね」
その後、ややあってそう口にする瀬那くん。やはりぎこちない口調の彼に、僕もぎこちなく答え徐にノートを開く。……うん、なんというか……うん、気まずい。




