救世主
卒然、鼓膜を揺らす柔らかな声――もう、随分と聞き馴染みのある声。……えっと、どうしてここに? そもそも、どうやって――
「……なんで、ここに……あと、どうやって入ったのかって表情だな、逢糸」
すると、呆気に取られる僕の思考を読み切り告げる眉目秀麗な男の子。そして、
「……さっき、『偶然にも』お前の両親と会ってな。なんか、随分と派手な格好してたが……大方、パーティーにでも行く途中だったんだろ。それで、『ちょっとお願いして』鍵を貸してもらったんだ」
「……そ、そうなんだ」
そう、何とも朗らかな笑顔で告げる美少年。まあ、『どうお願いしたか』は何となく察せられるけど……うん、ほんとすごいね瀬那くん。
「……き、君は、この前の……」
すると、ややあってそう口にする晴香さん。その表情は、きっと僕以上に呆気に取られて……まあ、それはそうだろう。よもや、このタイミングに誰か来るなんて流石に想定外だろうし。
すると、ほどなく晴香さんへと視線を移す瀬那くん。そして、どこか不敵と思える笑みで言葉を紡ぐ。
「――ああ、ご無沙汰だな。それと、改めて自己紹介しとくわ。俺は朝川瀬那――今、そこでポカンとしてる男の恋人だよ、晴香さん?」
「……こい、びと……?」
そんな彼の自己紹介に、唖然とした表情で呟く晴香さん。……うん、僕もびっくりです。いつの間に、そんな申し訳ない設定が――
「……っ、わ、私は何もしてない! こいつがあたしを一方的に襲って……だから、あたしは被害者なのよ!」
「…………えっ?」
すると、弾かれたように叫ぶ晴香さん。そして、そんな彼女の言葉を受け――
「……そっか、そりゃ怖かったよな」
「……っ、そ、そうよ! 全く、危ないとこだったわよほんと!」
そう、淡く微笑み告げる瀬那くん。そして、甚く安堵したような笑顔で応じる晴香さん。……まあ、そうだよね。この状況なら、普通そう見え――
――――ゴオォンッ!
「…………へっ?」
刹那、思考が……いや、呼吸が止まる。……あれ、おかしいな。はっきり目にしたはずなのに、どうしてか錯覚としか思えない。……いや、だって――
「――ええええええええええええぇ!!」
なんと……瀬那くん渾身の右の拳が、晴香さんの頬を思いっきり捉えていたから。
しばし呆気に取られていると、しばし倒れていた晴香さんが徐に起き上がる。そして――
「――きゅ、急に何すんのよ!! マジで意味分か――」
「……被害者、ねぇ」
激昂するも、彼女の言葉を遮る形で呟く瀬那くん。それから、言葉を続けて――
「――なわけねえだろ。こっちは全部聞いてたんだよ。さっき、あんたが言ってた発言ここで全部復唱してやろうか?」
「……っ!? ……で、でもだからって女に手を上げるとか最低!! 今すぐ通報してやるから覚悟しなさいよ!!」
「ははっ、最低か。そりゃ最高の響きだ。ああ、通報しろよ。少なくとも、俺に対してはあんたは被害者――当然、その権利はあるからな。だから、そうだな――だったら、警察が来る前にその綺麗なお顔が見れねえくらいボッコボコにしてやるよ」
「……っ!? ひっ、ひいぃ!!」
すると、慌てて下着とスカートを穿き真っ青な顔で部屋を後にする晴香さん。……まあ、それも尤も。その言葉が嘘とは思えないほどに、瀬那くんが見たこともないほど怖い表情をしていたから。そして、未だ状況に理解が追いつかない僕は、一人ポカンとしたままで。
……いや、ポカンとしてる場合じゃない。何はさておき、今すべきは――
「……あの、ありが――」
「……服」
「……へっ?」
「……まあ、とりあえず穿けよ、下。外、出てるから」
「……あっ、ごめん!」
感謝を告げようとするも、僕の言葉を遮る形でそう口にする瀬那くん。……うん、今更ながら……ほんと、顔から火が出そう。……だけども、
「……あの、瀬那くん。その、外に出るなんてしなくていいから……その、後ろだけ向いていただけると……」
「……そっか、分かった」
扉の方へと向かっていく瀬那くんに、たどたどしくもそう伝える僕。そして、さっと下着、そしてズボンを上げもういいよと伝える。すると、ゆっくりと振り向きこちらへ近づいてくる瀬那くん。そして――
「……悪いな、遅くなって。大丈夫か?」
「……あ」
ついさっきとは打って変わって、穏やかな微笑で尋ねる瀬那くん。僕の良く知る、あの優しい微笑で。そんな彼に対し、僕は――
「……うっ、ゔっ、ゔあああああああああああああああああああぁ!!!!」
堰を切ったように、みっともなく瀬那くんへと縋り付く僕。ありがとう……そう言いたいのに、言わなきゃ駄目なのに……どうしても、今は言葉にならなくて。それでも……そんな情けない僕に何も言わず、瀬那くんはただただ優しく包んでくれていた。




