……うん、これでいい。
「――おっと!」
「あっ、すみません石山先生!」
「いや、大丈夫だ。俺も不注意だったからな。でも、どうかしたのか高崎。顔が暗いぞ」
「……あっ、いえ何でも!」
それから、一週間ほど経て。
廊下にて、慌てて謝罪をする僕。と言うのも、考え事をしていて注意が疎かになっていたため、不意に担任の石山先生とぶつかりそうになって……しまった、気をつけなきゃ。
ところで、考え事はというと――もちろん、瀬那くんが野球部を辞めたという件についてで。……そして、もちろん分かってる。どういう理由であれ、瀬那くん自身が決めたことなら僕があれこれ悩んでも仕方が――
「……なあ、ちょっといいか高崎」
「…………へっ?」
沈思黙考の最中、不意に後方から届いた声。振り返り見ると、そこにはどこかで……いや、踊り場で見たあの野球部の男子生徒で。……でも、僕にいったい何の――
「――お前の、せいなんだろ?」
「…………へっ?」
「……瀬那が、野球部を辞めたことだよ。あいつ、辞めてからいっつもお前と帰ってるし、聞いた話だと随分とお前に入れ込んでるんだろ? だから……お前が、なんか吹き込んだんだろ? 瀬那が野球部を辞めるような何かを」
「……っ!! いや、そんなことしてない! 僕は……」
すると、すっと僕と距離を詰め鋭い視線でそう口にする男子生徒。いや、僕はなにも……と、言いたいところだけど……だけど、僕のせいじゃないかと問われれば迷いなく違うと言える自信もない。知らない内に、僕が瀬那くんの心境に何かしらの良からぬ影響を与えていた可能性は否定できないから。……ならば、僕のすべきことは――
「――なあ逢糸。今度、どっか遊びに行こうぜ。どこか行きたいとことかあるか?」
その日の放課後のこと。
帰り道にて、いつもの通り晴れやかな笑顔でそう問い掛ける瀬那くん。……遊びに、か。うん、僕にはたいそう勿体なく、そして本当にありがたい提案で。そんな彼に、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……ねえ、瀬那くん。お願いだから……もう、僕には構わないで?」
「……急に、どうしたんだよ逢糸。いったい、俺が何をし――」
「……俺が何をしたんだ、そう言いたいの? 胸に手を当てて考えてみてよ。承諾してもないのに、こうして帰り道までつき纏ってきて。僕が迷惑してるの分からないの?」
随分と唐突かつ不可解であろう僕の言葉に、呆然とした表情で尋ねる瀬那くん。……まあ、そうなるよね。だけど、僕としては唐突でも不可解でもなく、いつかは言わなければならないとずっと思っていたことで。……例え、今回の件がなくとも。
……うん、これでいい。僕に……僕みたいな穢れた人間にこれ以外構っていたら、大切な彼の人生が無駄になる。……まあ、これまでの分はもう諦めていただくしかないけど、せめてこれからの分は――
「……なあ、逢糸」
そんな思考の最中、不意に届いた柔らかな声。顔を上げると、そこには声音に違わぬ柔らかな微笑を浮かべる瀬那くんの姿が。そして――
「――気持ちが分かる、なんて言うつもりはない。そんなこと、簡単に言っていいことじゃないからな。……でもな、逢糸。これだけは、どうか覚えておいてくれ。例え、何があっても――俺は、絶対にお前を嫌いになったりしないし、絶対に離れたりしない」




