次の食材”に思いを馳せる
「……よし、決めたわ」
真子がぱたりとノートを閉じた。その目はやけに真剣で、部屋の薄暗さをものともせず光っている。
「狩猟生活はもう限界。妖精を捕まえて食べるだけじゃ先細りよ。――だから今日から農耕生活に切り替える」
「農耕って……」
沙月はスコップ代わりにしていたフォークを見下ろし、げんなりとため息をついた。
「畑なんてどこに作るの? ここ四畳半よ?」
「大丈夫。ほら、そこに“畑そのもの”がいるじゃない」
真子は堂々と指を差す。そこには土の妖精が、もっさりした体型で不満げに腕を組んでいた。
「オラァ働かないぞぉ……」と、土の妖精。
「働かせるのよ。土があれば作物が育つ。安定供給が可能になるわ。理論上はね」
ノートをめくりながら、真子はすでに“作付け計画”まで殴り書きしている。
「……ほんとに理論だけじゃないの?」
兎子は眉をひそめる。「私、畑仕事とか汗かくの嫌いだし」
「サバイバルにオシャレなんかないの。あんたもやるのよ」
「えぇー」
「いいじゃねえか!」とサンジが口を挟む。炎をゆらめかせながら、妙にノリノリだ。
「作物が育てば安定的に“妖精料理”が楽しめるんだろ? 腹も心も満たされる! 最高じゃねえか!」
「そうよ。氷漬けにして保存すれば、長期保管も可能になるわ」
アスカまで冷静に同調する。
「……あんたたち、なんかすごく“食べ物目線”で賛成してない?」沙月が突っ込む。
「当然だろ!」とサンジ。「食べられない畑なんて意味ないぜ!」
「それは一理あるけど……」沙月が頭を抱える横で、兎子がこっそり耳打ちしてきた。
「ねえ、でも結局お姉ちゃんが全部頑張るんでしょ?」
「当たり前じゃない。真子が“農業担当”決定ね」
「なんでそうなるのよ!」真子が思わず素っ頓狂な声を上げる。
だがノートに並んだ“畑設計図”は、すでに冗談ではすまされない本気のものだった。
こうして――妖精食サバイバルは、新たに“農耕編”へと突入したのである。
「……さて、畑用の土は確保できた」
真子が腕を組んで宣言する。その横で土の妖精は、不貞腐れたようにうつむき、ボソボソと「働きたくねぇ……」と呟いていた。
「次は“種”だね!」
沙月が手を叩いた。
「種?」兎子が首をかしげる。「じゃあケーキが実る種とかがいいな」
「あるわけないでしょ!」真子がすかさずツッコミを入れる。「どうせ欲望まる出しのくだらない発想でしょ」
「くだらなくない! 毎日ケーキが実ったら最高じゃない!」
「……でも食べられるやつがいいなあ」沙月は夢見るように目を輝かせる。「お米とか小麦とか……お腹がふくれるやつ」
「そんなに都合よく来ないわよ」真子は冷静だ。「これまでは塩や紙やトイレ……食材っぽいのはむしろ例外だったでしょ」
「いやいや、お姉ちゃんなら大丈夫!」兎子が妙な信頼を押しつけてくる。
「何の根拠もないよ!」
「大丈夫! だってこの物語の主人公はお姉ちゃんだもん!」
「そんな理由で呼び込めるなら苦労しないってば!」
――その瞬間だった。
「クェェッケッケッケッ……!」
部屋に甲高い笑い声が響き渡った。
「な、なに!?」沙月がびくりと肩を跳ねさせる。
闇の隅から、ズルリと影がせり出す。異様に膨らんだ頭、傘のように広がった輪郭。
「お前らァ、種の心配なんざ無用ダァ!」
挑発的な声が響き渡る。
「だ、誰……?」
「この俺を見てまだ分からねぇかァ! ――キノコの妖精サマだヨォ!!」
期待していた“種の妖精”ではなく、毒々しい挑戦者の登場に、一同は一気に緊張感に包まれた。
「ケッケッケッ……! 愚かな人間どもヨォ!」
キノコの妖精が、土間の真ん中で両手を広げる。巨大な笠の影が壁に映り、まるで部屋ごと覆うかのように見えた。
「お前らァ、ここで終わりだァ! 妖精を喰らう無法者どもは、胞子に侵されてくたばれェ!」
「ちょ、ちょっと待って! ギャフンとか言わせる系じゃないの!?」兎子がツッコむ。
「ギャフンって死語だから!」沙月が返す。
キノコ妖精は二人の掛け合いを無視し、体を震わせた。
ぶわぁ――と粉が舞い上がる。
「うわっ! なにこれ!?」
「粉……? いや、胞子か!」真子が即座に察する。
淡く光る白い粉は、空気の流れに乗ってゆっくりと舞い落ちる。呼吸するのもためらわれるほどの濃密さで、床やベッド、そして先ほどの土の上へと降り注いだ。
「や、やばいんじゃないの!? 吸ったら体おかしくなるんじゃ!?」沙月が慌てて口元を押さえる。
静寂。
ただ胞子の粉が薄い霧のように漂う数秒間。
――そして。
「……見ろ!」兎子が叫んだ。
土の上に、むくむくと何かが盛り上がっていく。
白い綿のような塊が広がり、次の瞬間、にゅるりと赤い傘が突き出た。
一つ、二つ、三つ……。
「キノコ……生えた!?」
真新しい土の畑一面に、鮮烈な赤色のキノコがずらりと並んでいた。
艶やかで、瑞々しく、しかしどこか毒々しい。見ただけで「食べたら終わる」と直感させる異様さを放っている。
「これ……完全に毒じゃない?」
「絶対食べちゃダメな色だよね……」
「フッフッフ! 畑どころか、墓場ができたじゃねェか!」
キノコの妖精の高笑いが、胞子の舞う部屋に響き渡った。
「うわぁ……やっぱり毒っぽいよ、この赤。」
真子は腕を組み、ノートを小脇に抱えたままキノコを凝視した。艶やかな赤の笠に、白い斑点。見れば見るほど“危険マーク”だ。
「でもさぁ……食べてみなきゃわかんないじゃん?」
兎子が軽いノリで言い放つ。
「そうそう!」サンジが食欲全開の笑みを浮かべる。「案外うまいかもしれんぞ。焼いたら香ばしいとかさ!」
「いやいやいや!」真子は即座に首を振った。「あの色、絶対アウトだって! 見るからに毒でしょ! 体が拒否してるよ!」
沙月も小さく頷く。「あれは、食べたらアウトなやつ……」
しかし兎子は悪魔のような笑みで追撃する。
「じゃあさ、新入りに食べてもらえばよくない?」
全員の視線が、部屋の隅に座り込んでいた“土の妖精”へと集まった。
「な、なにぃ!? オラに食わせる気かぁ!?」
妖精は土まみれの腕をぶんぶん振り回し、必死に拒否する。
「合理的じゃん。」真子はあっさりと結論を出す。「土はすでに確保できてるし、余剰個体を使って安全性を確認する……科学的にも正しい方法だよ。」
「怖っ! 科学って名乗れば許されると思ってる!?」沙月が青ざめる。
「うむ、実に理にかなっている!」サンジはすでにニヤニヤと口を拭い始めている。
「ほら、口開けろ。はい、あーん。」兎子までノリノリだ。
「や、やめろぉ! オラは食いたくねぇ! キノコ嫌いだぁ!」
土の妖精は涙目で必死に抵抗するが、真子が冷たく告げた。
「働くか、食べられるか。選べる立場にあるだけ、感謝すべきだと思うけど?」
「ひ、ひでぇ……!」
赤いキノコが土の妖精の口に無理やり押し込まれた瞬間――。
静寂。
……次の瞬間、土の妖精はばたりと仰向けに倒れた。
「……死んだな。」真子が冷静に言う。
「死んだね。」沙月も顔を引きつらせる。
「完全に毒だな。残念だ。」サンジが肩をすくめると、兎子は小声で「やっぱギャフンって言わなかったね」と呟いた。
「はい、あーん♡」
兎子が無邪気に笑いながら、赤いキノコを土の妖精の口へと突っ込む。
「や、やめろぉ! オラは食いたくねぇ! キノコは嫌いなんだぁ!」
土の妖精は必死に抵抗するが、真子の冷たい視線がそれを押し潰す。
「好き嫌いは良くない。栄養バランスも考えなきゃね。」
「ひ、非道すぎるぞぉぉ!」
叫びもむなしく、赤い笠は喉へと押し込まれる。
数秒後。
「ぐ、ぐぉ……おぇ……」
土の妖精の体が痙攣し、目が白くひっくり返る。
泥のような吐息を最後に、ばたりと倒れた。
沈黙。
「……死んだな。」真子が無感情に告げる。
「死んだね。」沙月が顔を引きつらせる。
「完全に毒だな。間違いない。」サンジがあっさり結論を出す。
「ほら見ろ!」アスカが胸を張った。「だから最初から毒っぽいって言ったじゃない!」
「で、処理はどうする?」真子が尋ねると、サンジの目がぎらりと光った。
「決まってるだろ。焼く。」
次の瞬間、炎が部屋を包んだ。
赤いキノコも、キノコ妖精自身も、黒い灰へと変わっていく。
「わっ、容赦ないねサンジ!」兎子が目を丸くする。
「残念だ。もうちょっと味を見てみたかったのに。」サンジは舌打ちした。
「……やっぱり、野生のキノコは危ないね。」
真子の言葉に、部屋は妙に静かになった。
残されたのは、焼け焦げた匂いと、土だけの畑。
部屋の空気には、まだ焦げた匂いが残っていた。
黒い灰の山を見下ろしながら、真子が腕を組む。
「……やっぱり野生のキノコは危ない。二度とやるな。」
その言葉は冷徹だが、的確だった。
「うぅ……土の妖精、結局実験台で終わっちゃったね……」兎子がしょんぼり肩を落とす。
「仕方ないでしょ。あのまま誰かが食べてたら、今ごろ私たちが死んでたわよ。」沙月が現実的に言い返す。
「まあ、死ぬ前に美味しかったかどうかはわかったんじゃない?」兎子がふざける。
「わかったのは“死ぬ”ってことだけだよ!」アスカが即ツッコミを入れた。
サンジは焼け跡を名残惜しそうに見つめる。
「せっかくの食材を……惜しいことをした。」
「命より食欲優先しないでよ!」真子が冷ややかに返す。
一瞬だけ静かな間。
やがて真子はノートを開き、淡々と書き込んだ。
「これで畑は一歩後退だな。でも学習はした。次は“食べられる種の妖精”を探すべきだ。」
「そんな都合よく来る?」兎子が呟く。
「来るわよ。だって、これまでだって都合よく妖精が現れてるじゃない。」沙月がさらりと言う。
「……まあ、そういう流れよね。」アスカはため息をつきながらも、妙に納得していた。
焦げ跡だけが残った畑を前に、少女たちは早くも“次の食材”に思いを馳せるのだった。




