長期滞在”の気配
「なんかもっさりしたのが来たよ」
兎子が眉をひそめて部屋の隅を指差した。そこには、でっぷりとした体躯で、ぬぼーっと歩いてくる妖精らしき存在。
「妖精なのに飛べそうにない感じだね」
沙月も首をかしげる。ふと隣の真子を見て、にやりと笑った。
「おなかの感じ、お姉ちゃんに近いよ」
「なっ……! あんなに太ってないし!」
真子は慌てて自分のお腹を押さえる。だが確かに最近ちょっと気になるラインが――。
「飛べなくたって問題ないぞぉ。オラァ歩くんだァ」
もっさり妖精は地響きを立てるようにのしのしと歩いてきた。
「でもサイズ大きめだし、食べ応えはありそうだぞ」
アスカがきらきらした目で評する。
「確かに……」
兎子も同意しながら、すでに捕獲後の食卓を想像していた。
「ねぇサンジ、あれ何?なんの妖精?」
真子が質問すると、サンジは苦々しい顔で答える。
「あれは土の妖精だな。あいつ、あんまり俺に近づけるなよ。土がかかったら火が消えちまうからな」
「なるほど……ってことは――」沙月が振り返る。「お姉ちゃんが頑張るしかないね」
「なんでよ!? たまには兎子が頑張りなさいよ」
「いやよ、私頑張るの嫌い」
「えぇ!? 良くないよそれ!」
まさかの「頑張りたくない宣言」に真子は頭を抱えた。そんなやり取りの最中でも、土の妖精はのっそり、のっそりと、こちらに迫ってくるのだった――。
「オラァ! お前らが妖精食ってるって聞いて、良くねぇなと思って来たんだぁ!」
土の妖精が地鳴りのような声を上げると同時に、腕を振り回した。ぶわっと土の塊が飛散し、部屋の壁も床も一瞬で泥だらけになる。
「うわぁ! また部屋が汚れる!」
真子が頭を抱える。
「せっかくコーヒー効果で消臭できたのに!」
「部屋の汚れはどうでもいいでしょ! 私が汚れるんだけど!」
沙月は泥を浴びないよう、慌てて身をかわして叫んだ。
「おらぁ! 食い意地張った人間ども、土まみれにしてやるぞぉ!」
土の妖精はますます勢いを増し、次々に泥の塊を投げつけてくる。
「ど、どうしよう……」真子は顔をしかめ、後退るばかり。
そのとき――。
「お前ら! ここは俺に任せろ!!」
紙の妖精ケントが前に出た。
「なに!? ケントお前、何を――」
「俺の紙であいつを包んでやる! 土なんか負けないようにして、動きを止めてやるぜぇ!」
ばさばさと音を立てながら、自分の身体から無数の紙片を広げて飛ばすケント。
「ぐおっ!? な、なんだぁ!? やめろぉ! 包むなぁ!」
土の妖精は抵抗するが、紙が次々にまとわりつき、どんどん包帯のように巻き付いていく。
「よし! 捕らえたぞ!!」
ケントが勝ち誇った声を上げる。
「すごい! ケント、さっそく役に立ってるわね!」
沙月が目を丸くする。
「お姉ちゃんとは大違いね!」兎子がさらりと毒を吐く。
「ちょっと!? 私だって頑張ってるんだから!」
真子は抗議したが、汚れた床を見てすぐに「はぁ……でも本当に汚れたなぁ」と小声で落ち込むのだった。
「ケント、役に立つじゃん!」
「ほんとほんと! お姉ちゃんより全然!」
兎子と沙月が、珍しく素直に拍手する。紙の妖精ケントは誇らしげに胸を張った。
「フフン、もっと褒めろ。俺の紙は無敵だからな! どんな妖精だろうと――」
――その瞬間だった。
ギィィンッ!!
鋭い金属音と共に、部屋の空気が張り詰める。
「待て! 正義の名において、そんなことは絶対に許さない!」
闇を切り裂くように現れたのは、両腕が巨大なハサミの刃となった妖精だった。
「な、何者だ……?」真子が目を見開く。
「俺はハサミの妖精――バサリ!! 紙ごとき、この俺の正義の前では無力だ!!」
次の瞬間、バサリのハサミが閃いた。
ザシュッ!!
「ぐわあぁぁぁぁっ!!」
ケントの身体が、あっけなく真っ二つに切り裂かれ、紙吹雪のように散っていく。
「ケントーーッ!? 早すぎる退場だよ!!」
兎子が叫ぶ。
「一瞬だけお姉ちゃんより役に立ったけど……ほんとに一瞬だったね」
沙月が冷静に呟く。
「そんな言い方ないでしょ! ケントだって頑張ったのに!」
真子が必死に反論するが、床一面に舞い落ちる紙片を見つめ、言葉を失う。
バサリは刃を光らせ、不敵に笑った。
「次はお前らだ――正義のハサミで、すべてを切り裂いてやる!!」
「ケント、すごい! ちゃんと役に立ってるじゃん!」
「ほんとほんと! お姉ちゃんより全然!」
兎子と沙月が、珍しく素直に手を叩いた。
紙の妖精ケントは、胸を張りドヤ顔でポーズを決める。
「フフン、もっと褒めろ! 俺の紙は最強なんだ! どんな妖精だって――」
――その瞬間。
ガキィン!!
鋭い金属音と共に、部屋の隅から新たな影が飛び出した。
「待てぇぇぇぇ!! 正義の名において、それ以上の蛮行は許さん!!」
現れたのは、両腕が巨大なハサミの刃になった妖精。
その切っ先が、ぎらりと鈍い光を放つ。
「な、なにアイツ……?」真子が呟く。
「俺はハサミの妖精――バサリ!!」
鋭い声が響いた。
「紙ごときが調子に乗るなァ!!」
シュバッ!!
次の瞬間、ケントの体が――
ザシュッ!!!
「ぎゃああああああ!!!」
真っ二つに切り裂かれ、紙吹雪のように散り散りになった。
「ケントーーーッ!? 退場はやっ!!」
兎子が悲鳴をあげる。
「……一瞬だけお姉ちゃんより役に立ったけど、ほんとに一瞬だったね」
沙月が冷静に総括する。
「そんなこと言わないで! ケントだって頑張ったんだから!!」
真子が涙目で叫ぶが、床に散らばる紙片はもう動かない。
バサリはそのハサミをカチカチと鳴らし、不敵に笑った。
「次はお前たちだ……正義のハサミで、すべてを切り刻んでやる!!」
「話は終わったかァ!? 次はお前たちだ!」
ハサミの妖精バサリが、カチリと刃を鳴らしながら突進してきた。
「うわっ来た来た来た!!」
兎子が慌てて構え、拳を握りしめる。
「相手がハサミなら……こっちはグーだよね!!」
ドゴォン!!
兎子の渾身のグーパンチが妖精の胴を直撃――しかし。
「ぐ、ぎゃああああ!! 切れた!! 指が切れた!!」
拳の方がスパッと裂け、鮮血が飛び散った。
「バカなの!? ハサミに素手で挑んだら切れるに決まってるでしょ!!」
沙月がツッコむ。
「だ、だってチョキにはグーだと思ったんだもん……!」
涙目で兎子が手を押さえる。
真子は慌てて網を構えた。
「よ、よし! ここは私が――!」
ザシュッ!!
「ぎゃああっ!!」
網は一瞬でバラバラに切り裂かれ、床に布切れが散った。
「網まで斬られた!? どうするのよお姉ちゃん!!」
「ど、どうにかって言われても……!」
バサリは不気味に笑う。
「フハハハハ! 俺の正義の刃に抗えるものなどない!!」
部屋に緊張が走る。
網も拳も通じない――真子たちは完全に劣勢に追い込まれていた。
「フハハハ! お前らの小細工など、すべてこの刃が断ち切る!!」
バサリがカチカチと刃を鳴らしながら迫る。
「もうダメだぁぁぁ!!」
沙月が絶望しかけたその時――。
「待て!!」
サンジが炎をまといながら叫んだ。
「ハサミの弱点は岩だ!! つまり土だ! 土をぎゅっと固めて投げつけろ!!」
「土……?」
真子の視線が、封じ込めていた土の妖精へと向かう。
「な、なにすんだオラァ!?」
土の妖精がぶるぶる震えるが、容赦なくその体から土がこねくり出される。
「いけっ! 握りつぶして投げろ!!」
「うおおおおおっ!」
兎子と沙月が力いっぱい土を固め、巨大な土塊を作り上げる。
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
バサリへ一直線に投げつけた!
ガキィィィィィン!!!
鋭い破砕音が響き、ハサミの妖精の体が粉々に砕け散った。
刃は折れ、床に無惨な鉄くずのように転がる。
「や、やった……倒した!!」
沙月がその場にへたり込み、真子も大きく息をついた。
サンジは炎を鎮めながら、不敵に笑う。
「言っただろ? ハサミには岩、そして土だってな」
バサリはもう動かない。
部屋には勝利の余韻と、土埃だけが漂っていた。
床には、戦いの残骸が転がっていた。
無惨に真っ二つにされたケント、粉々に砕かれたハサミの妖精バサリ、そして縄でぐるぐる巻きにされてうずくまる土の妖精。
「……ケントはもう食材だな」
真子が冷静に言い放つ。
「ひどい言い方するねぇ。まあ事実だけど」
兎子が肩をすくめる。
「ハサミも壊れたし、後で調理して食材行きだ」
サンジがすでに舌なめずりしている。
「うわぁ……戦った直後なのに、よくそんな気になれるね」
沙月は引き気味だが、もう慣れかけている自分が怖かった。
真子は残った土の妖精をじっと見下ろす。
「……こいつは生かしておこう」
「は? なんでよ」
兎子が眉をひそめる。
「土があれば作物が育てられるだろう? 狩猟採集から農耕生活に切り替えれば、安定的に食料を確保できる」
「えぇ!? 長期滞在する気!? そんなの嫌だよ!」
沙月が悲鳴を上げる。
「そうだよ! さっさと脱出を考えようよ!」
兎子も珍しく沙月に同調。
だが真子は微動だにせず、腕を組んで言い切った。
「先の見えない脱出計画より、まずは腹を満たすことだ」
その場の空気に、じわりと「この部屋で暮らす未来」が漂い始める。
「……ねぇ、ほんとにここから出るんだよね?」
沙月の小さな問いかけに、誰も即答できなかった。
こうして、奇妙な“長期滞在”の気配を残しながら、三日目の戦いは幕を閉じた。




