新しい仲間?
朝――。
私はいつものように、部屋の四隅に置いた塩をどかした。
これが合図。すると必ず妖精が現れて、朝ごはんの食材になってくれる。
「さあ、妖精を待って朝ごはんの準備……これが私の毎日」
そう呟いたところで、すかさず沙月が突っ込んできた。
「そんなわけないよ!お姉ちゃんしっかりして。妖精を捕まえて食べるのは手段でしょ? 本当の目的は、この部屋から出ることなんだから!」
「そ、そうだった……」私は思わずたじろぐ。
すぐ横で真子が腕を組み、淡々と現実を告げる。
「でも今のところ、その当てはない」
「えー……」沙月が項垂れる。
そのやり取りを見ながら、兎子が部屋をキョロキョロと見回した。
「でもさ、お姉ちゃん。今日、妖精来なくない?」
「……言われてみれば、そうね」
兎子はさらに畳みかける。
「お姉ちゃんの呼び込みが足りないんじゃない? 私もう朝ごはんの体勢に入って待ってるんだけど」
「いやいや!別に私が呼んでるわけじゃないから!」
思わず両手を振って否定した。
……とはいえ。
いつもなら塩をどけた瞬間、何かしら現れて騒ぎが始まるのに、今日は静かすぎる。
その違和感が、じわじわと胸を締めつけていくのだった。
「ねえ、アスカ。サンジ。なんで妖精来ないの?」
沙月が不安そうに振り返る。
「しらねぇな」
サンジが肩をすくめる。
「私も知らないわよ」
アスカも首を振るだけだった。
そのとき、机に縄で縛られた紙の妖精――ケントが不敵に笑った。
「フッ……妖精はもう来ないぜ」
「……は?」
全員が一斉に振り返る。
「ど、どういうことだよケント!」サンジが詰め寄る。
「俺が“緊急警報電波”を発したんだ。妖精たちは警戒して、ここには近づかない」
「緊急警報電波……?」
沙月はきょとんと目を丸くし、兎子も首を傾げる。
「……でも、私何も感じなかったよ?」
「俺もだ」アスカも同調。
「サンジ、アスカ。お前ら……妖精としての感覚を失いつつあるんじゃないか?」
ケントが意味深に言い放つ。
「はあぁ!?そんなことあるか!」サンジは怒りで拳を震わせた。
「だいたい妖精が来ないなんて、全然ダメだろ!妖精としての誇りはないのか!?
同胞を殺されたなら復讐のために、この部屋に突撃するのが筋じゃないのか!?」
ケントの額に青筋が浮かぶ。
「お前が言うなぁぁぁ!! 同胞を食ってるお前が言うなぁぁぁ!!」
「俺はただ……美味しかったから食っただけだ!」
「開き直ったぁぁぁぁ!?」
その場は、一瞬で口論の嵐と化した。
ケントはまだ憤慨していた。
「同胞を食ったお前らに言われたくはない!妖精には復讐の誇りが――」
だが、サンジが遮るように前に出た。
「ケント……復讐よりも大事なもんがあるだろう」
「なに……?」
「それは――美味しい食事だ」
サンジの目がぎらりと光る。
「復讐じゃ心は満たされねえ。でも、うまい食事は心も腹も満たすんだ」
アスカが続く。
「そうよ。食欲こそが正義。妖精だろうと人間だろうと、食べて生きる。それが真理よ」
「……っ」ケントの顔が引きつる。
「なんか……サンジとアスカ、めちゃくちゃ良いこと言ってるね」
沙月は思わず感心してしまった。
「そうだな」真子もうなずき、ケントへと冷ややかに言葉を投げる。
「妖精ってね――美味しいんだよ」
「……美味しい……だと?」
ケントの表情が揺らぐ。誇りと食欲の狭間で、心が大きく揺れ動いていた。
「騙されるなケント!人間のたわごとに惑わされるな!」
横から声を張り上げたのは、トイレの妖精アレクだった。
「くせに邪魔しないでよ」沙月が振り返る。
「おまるしか出せないし、正直もう要らないんじゃない?」
「なっ……なんだと!?」
アレクの顔が真っ青になる。
アスカが指をさし、にやりと笑った。
「ちょうどいいわね。お姉ちゃん、アレクを食べてみせて」
「えっ、私が?」
一瞬戸惑う真子。しかしすぐに肩をすくめた。
「……まあいいか。どうせおまるは余ってるし」
「や、やめろ!俺を食うなんてとんでもない!妖精にあるまじき――」
だがアスカとサンジは聞く耳を持たない。
「さっさと調理だ!」
「そうよ、焼いて香ばしくしてあげて!」
「ひぃぃぃっ!助けてぇぇぇぇ!!!」
アレクの悲鳴が部屋に響いたが、誰も止めなかった。
フライパンに油がはね、妖精の運命を決する調理が始まる。
「さあケント、まずはお前が食べてみろ」
アスカが皿を突き出した。そこにはこんがりと焼き上げられた――トイレの妖精アレク。
「や、やめろ!俺は絶対に食べないぞ!同胞を食うなんて――」
ケントは必死に首を振る。
だが、サンジが肩を叩き、低く囁いた。
「食わず嫌いは一番損するんだぜ。ほら、一口でいい」
「そうよ。百聞は一見に如かず、百見は一口に如かずよ」アスカも笑う。
「ぐぬぬ……俺は……俺は……!」
ケントの手が震え、皿に伸びる。
そして――パクリ。
……数秒の沈黙。
「――う、うまいっ!!」
ケントの目がカッと見開かれる。
「アレクはこんなにうまかったのか!なんでもっと早く食わなかったんだ俺は!」
「だろ?」サンジがにやりと笑う。
「復讐より食事だ。腹も心も満たされる」
「ああ……その通りだ!復讐なんてくだらねぇ!」
ケントは皿を抱え込み、夢中でかぶりつきながら叫んだ。
「俺も仲間になるぜ!これからは妖精を食って食って食いまくってやる!!」
こうして紙の妖精ケントは、完全に堕ちたのだった――。
「くくく……俺はもう迷わねぇ!」
ケントが皿を置き、ぎらついた目で拳を握りしめる。
「これからは妖精を誘い込んで、食って食って食いまくってやるぜ!!」
サンジが満足げに頷き、
「いい心意気だなケント。お前も立派な食欲派だ」
アスカも微笑んで手を差し伸べる。
「これで私たちの仲間ね。ようこそ、美味しい世界へ」
ケントはその手を勢いよく握り返した。
「任せろ!俺は紙の妖精、ケントだ!これからは全力でお前らと一緒に喰らってやる!」
――こうして私たちに新しい仲間?が加わった。
その名は――紙の妖精ケント。




