妖精食同盟
食卓――いや、油まみれの部屋の片隅で。
三人は満腹でぐったりと座り込んでいた。
沙月は腹をさすりながら、幸せそうに笑う。
「はぁ~……おいしかった。なんだかんだで結果オーライだよね」
兎子も口元を拭きながら、渋々頷く。
「……食料確保できたのは事実だし。まあ、ヨシとする?」
真子は冷静に総括した。
「水と涼しさに続いて、油とカロリーも手に入れた。環境は着実に整ってきている」
三人の間に漂うのは、奇妙な達成感と倦怠感。
まさか妖精を唐揚げにして生活を維持するとは――誰が予想しただろう。
そんな中、檻の中の二人は別世界にいた。
サンジが胸に手を当て、熱い眼差しをアスカに向ける。
「アスカ……俺の炎は、お前を守るためだけに燃えている」
アスカは縄に縛られながらも、潤んだ瞳で答えた。
「サンジ……!私も、あなたと一緒にいたい……たとえこの氷が溶けても!」
――再び始まる“愛の炎”劇場。
三人は完全にスルーしつつ、満腹の余韻に浸っていた。
「「「……まあ、食料も確保できたし。結果オーライ、だね」」」
部屋には、さっきまで油の妖精だったものの香ばしい匂いがまだ漂っていた。
唐揚げのような、スナック菓子のような、食欲をそそる匂い。
その空気の中で、檻に閉じ込められたサンジが顔を真っ赤にし、鉄格子を握りしめる。
「おまえら……!仲間を食いやがって……絶対に許さないからなぁぁ!!」
怒りと悔しさが混じった声は、部屋の壁に反響して鋭く突き刺さった。
その叫びに反応するように、机に縛られたアスカも肩を震わせる。
「そんな……妖精を食べるなんて……どうして……」
その瞳には涙がにじみ、サンジに向けられる視線は悲嘆に染まっていた。
人間たちが当たり前のように食べている現実と、妖精たちの価値観の乖離。
それはまるで、越えられない深い溝のように二人の前に広がっていた。
サンジとアスカの悲痛な叫びが、部屋の空気を一瞬だけ重くした。
……が、その重みを吹き飛ばすように、三人は腹をさすりながら、どこか幸せそうに息をついた。
沙月が唐揚げの余韻に浸りつつ、口の端をぬぐいながらケロッと。
「何言ってるの?ただの食事中に、あんたらが勝手にイチャイチャしてただけでしょ」
兎子は唐突にため息をつき、テーブルに突っ伏す。
「そうそう。しかもこっちは彼氏いないんだから……許さないのはむしろ私たちの方でしょ」
真子は腕を組み、淡々と頷く。
「……事実だな」
サンジとアスカの怒りと悲しみ、三人の軽口。
そこに生まれる空気の断絶は、あまりにも鮮やかだった。
檻の中で、サンジが怒りに震える。
「おまえらぁぁぁ!仲間を食べて……絶対に許さないからな!!」
隣で縛られたままのアスカも涙声を上げる。
「そんな……妖精を食べるなんて……最低よ、人間……!」
二人の声が響く部屋には、怒りと悲嘆と絶望――まさに最終回のクライマックスのような緊張感が漂った。
……はずだった。
「いやぁ~、衣がカリッとしてて中はジューシーだったねぇ」
沙月が唐揚げの感想を語り出す。
「サンジとアスカのイチャイチャより、唐揚げのほうがよっぽど愛せるね」
兎子が頬をふくらませて皮肉を飛ばす。
「……食後は静かにするものだ」
真子はあくまで冷静に、満腹の余韻に浸っている。
サンジとアスカの絶望の芝居と、三人の満腹雑談。
温度差は、もはやギャグの領域だった。
檻の中でサンジはなおも吠える。
「俺は決して許さない!おまえら人間は必ず報いを受けるんだ!」
その叫びは、ただの怒りにとどまらず、どこか不吉な“前触れ”のように響いていた。
アスカも涙で顔を濡らしながら訴える。
「そうよ……妖精たちは必ず立ち上がる。あなたたちの暴挙は、きっと……」
――まるで、この先に待ち受ける新たな戦いを予言するかのように。
だが、当の三人は……。
「ふぅー……満腹、満腹」
沙月がごろりと寝転がり、天井を見上げる。
「まあ、次に来る妖精も結局ご飯でしょ」
兎子があっさりと肩をすくめる。
「……油断こそ最大の敵だ」
そう言いながらも、真子は口の端に小さく満足げな笑みを浮かべていた。
サンジの憤怒と、三人の緊張感ゼロの油断。
そのギャップは、確かに次なる波乱への布石となっていた――。
鉄格子にしがみつきながら、サンジが声を張り上げた。
「アスカ!俺は絶対にこんな奴らに屈しない!必ず助ける!必ずだ!」
縛られたままのアスカも、潤んだ瞳で応える。
「ああ、サンジ……!私は信じてるわ!あなたならきっと……!」
二人の間だけ、まるで世界がスローモーションになったかのように熱を帯びていく。
檻越し、縄越し、だが視線は燃え盛る恋愛ドラマのクライマックス。
――その空気は完全に「二人だけの舞台」だった。
対して、三人は冷めきった顔でその様子を見守る。
沙月:「……また始まった」
兎子:「もうこれテンプレだよね」
真子:「状況を理解しろ。お前らを助けてやる義理はない」
だが、二人にはそんなツッコミなど一切届かない。
愛の言葉が飛び交うその空間は、完全に別次元だった――。
「ねぇお姉ちゃん、水作ってよー」
兎子が唐揚げを頬張りながら、当然のように言い放った。
「なんで私が……」沙月は露骨に嫌そうな顔をする。
「妖精係だから?」
「なにそれ!?そんな係ないから!」
「しらなーい。でも水欲しい」
押し問答の末、渋々沙月はアスカの方へ視線を向ける。
「……アスカ、氷ちょうだい」
すると、アスカはツンと顔を背けた。
「いやよ!人間になんか氷を渡すものですか!」
その瞬間、沙月の口元が悪戯っぽく歪む。
「ふーん……そんなこと言うんだ。じゃあさ――サンジと無理やりくっつけちゃおっかな?そしたら氷も溶けるし、二人も熱々でしょ?」
「なっ……なによそれ!卑怯よ!」アスカが耳まで真っ赤になって叫ぶ。
「水ぅ~」と兎子がニヤニヤしながら追い打ち。
「わ、わかったわよ!氷を渡せばいいんでしょ!」
結局アスカは観念し、カチンと氷を差し出す。
「はい、兎子。水できた」
「わーい!さっすがお姉ちゃん!悪の親玉の威圧感は格が違うね」
「違うもん!!」
沙月の必死のツッコミが部屋に響き渡った。
その時だった。
部屋の隅から、不気味な声が低く響き渡る。
「……おまえら……妖精を食う……鬼だ……!」
サンジとアスカがビクッと震え、空気が一瞬張り詰める。
だが三人は、もうすっかり慣れっこだった。
「なんか変なの来たよ」兎子が欠伸まじりに言う。
「変じゃないの来たことないでしょ」沙月が即座に返す。
「食料なら歓迎だ」真子は眉ひとつ動かさず断言した。
――再び、新たな妖精が舞台に上がろうとしていた。
声の主が、ついに姿を現した。
バッとカーテンをかき分け、威勢よく飛び込んでくる。
「仕方がない……俺の姿を見て、恐れおののけぇぇ!」
――現れたのは。
「……普通」沙月がぽつり。
「うん、普通のおじさん」兎子も冷めた目で追撃。
そこに真子が追い打ちをかける。
「まあ、沙月と同じくらい特徴がないな」
「ちょっと!? なんで私が引き合いに出されるのよ!」沙月が全力で抗議するが、時すでに遅し。
おじさん――いや、雨の妖精は真っ赤になって叫んだ。
「お、俺を侮るなぁ! 俺は雨の妖精! この部屋を延々に雨にしてやるんだ!」
だが三人の反応は、あまりにも温度差があった。
雨の妖精が腕を振り上げると、天井からじわじわと水滴が落ち始め、やがて室内に雨粒がざあざあと降り注ぐ。
「はっはっは! どうだ! この部屋を永遠に雨にしてやる!」
おじさんの顔に似合わぬドヤ顔で高笑い。
だが三人は、ずぶ濡れになりながらも驚くどころか冷静だった。
「……一歩遅かったな」真子がぼそり。
「そうそう」兎子が肩をすくめる。「だって氷と炎があるんだよ? 冷たい水からお湯まで自在に作れるのに、ただの常温の雨なんて、完全にグレードダウンじゃん」
沙月も手を叩いて納得顔。「あ、ほんとだ! ウォーターサーバーに劣る! ただの蛇口レベル!」
「な、なんだと!? 俺の雨は尊い自然の恵みだぞ!」雨の妖精が顔を真っ赤にする。
「野蛮な人間め! 妖精を便利な道具扱いするとは!」
しかし三人は、もう会話を切り上げたように視線を合わせ――。
「ねぇ、これ食料になるかな?」
「調理法次第?」
「水っぽいから、鍋にするか」
雨の妖精の必死の抗議は、もはや説得力ゼロだった。
雨の粒が室内に降り注ぎ、油の匂いを洗い流すように床を濡らしていく。だが、その雨はただの水滴ではなかった。
「……ぐっ……!」
檻の中のサンジが苦悶の声を漏らす。肩から赤い炎がふっと揺らめき、弱々しくしぼんでいく。
「サンジ!? どうしたの、サンジ!」
アスカが縛られたまま必死に身をよじる。氷の鎖がきしむほどに。
真子が冷静に状況を見抜く。
「……炎の妖精は雨に弱い。火が消されて、力が削がれている」
「そんな……!」アスカの顔色が変わる。さっきまでの冷たい視線は跡形もなく、瞳には怒りの炎が宿っていた。
「雨の妖精……! よくも私のサンジにこんなことを……!」
「お、おい、なんだその目は……」雨の妖精は一歩引いた。
「許さない……! サンジを傷つける者は、たとえ同じ妖精でも、私の敵よ!」
「アスカ豹変した!」沙月が半分笑いながら絶叫。
兎子も苦笑い。「いやぁ……愛の力って怖いね」
雨の妖精が戸惑う中、アスカの怒りのオーラが檻の中でビリビリと震え始めた。
「サンジを苦しめる雨なんて――凍らせてやるわぁぁ!!」
アスカの叫びと同時に、檻の中から吹き荒れるような冷気が迸った。白い霜が床を這い、窓ガラスは瞬く間に真っ白に凍りついていく。
「ひぃぃ!? ちょっと待って、夏だよね今!?」
沙月が悲鳴を上げた瞬間、部屋の隅で雪がさらさらと降り積もり始める。
「さ、寒っ……!なにこれ!冷房どころじゃないじゃん!」
兎子が肩を抱えながら震える。歯の根も合わない声で叫んだ。
「夏なのに雪降ってるんだけど!? これ北海道の真冬より寒いよ!」
真子は吐く息が白くなる中で眉をひそめる。
「……このままじゃ本当に凍死するぞ」
それでもアスカは止まらない。
「雨の妖精ぃぃ! 私のサンジを苦しめるやつは、この氷で永遠に封じてやる!!」
床一面が一瞬でアイスリンクと化し、雨の妖精の足がガチンと凍りつく。
「ひっ!? ちょ、ちょっと待て!聞いてないぞぉぉ!」
一方、三人は真夏とは思えぬ震え声で――
「さ、沙月……なにか言って……」
「……言うけど……夏なのに寒いんだけどぉぉ!!」
「さ、寒い……でも……っ」
ガチン!と音を立てて、雨の妖精の足が完全に凍りついた。全身を白氷に覆われ、間抜けなポーズのままピクリとも動けない。
「……お姉ちゃん」
「わかってる」
沙月と兎子が同時に顔を見合わせ、にやりと笑った。
「今のうちに焼いて食べちゃおう!」
「凍ってるけど、解凍してから揚げにすれば大丈夫!」
二人の食欲むき出しの発言に、檻の中のサンジが真っ青になって叫ぶ。
「やめろぉぉ!!そんなことをしたら、妖精界の掟が――ぐふっ……!」
雨の冷気で弱りきった彼の炎は、今にも消えそうに揺らめくだけだった。
アスカは縛られたまま必死に抗議する。
「だ、だめよ!それじゃ共食いになるわ!妖精同士を……食べるなんて!」
兎子がわざとらしく首をかしげて、凍りついた雨妖精の腕に指を伸ばした。
「でもさ……ちょっとだけ、かじってみる?」
「ひぃっ!? な、なんて悪魔みたいな発想なのよ!」
アスカが青ざめて叫ぶ。
沙月は笑顔で一歩前へ。
「でもアスカ、前に油の妖精食べたときも意外と美味しかったし……試してみない?」
「こっ、これは罠よ!ぜ、絶対に堕落の第一歩だわ!」
アスカは必死に首を振るが、三人の腹の虫はぐぅぅと正直に鳴っていた。
「だ、だめ……でも……!」
アスカは震える唇を噛みしめていた。しかし凍りついた雨の妖精から漂う、ほんのりした清涼感と、妙にそそる香りに抗えなかった。
「ひと口だけ……!」
ガリッ。
その瞬間、室内に小さな音が響いた。
「ん……!? お、美味しい……!」
アスカの瞳が一瞬で輝きだす。
「すごい……体に力がみなぎってくる……!」
「アスカァァ!!」
檻の中でサンジが絶叫した。
「正気に戻れ! それは禁忌だ!妖精が妖精を食うなんて、絶対に許されない!」
だがアスカは頬をほんのり赤らめ、うっとりと囁いた。
「サンジ……あなたも食べてみて。わかるから、この力が……!」
「ば、バカ言え!俺は……」
サンジは必死に抗うが、アスカはずいと凍った妖精を差し出す。縄に縛られながらも、その執念はすさまじかった。
「……っぐ、仕方ねぇ……!」
ついにサンジは小さくかじった。
――その直後。
「……う、うまいな」
サンジの顔から、怒りと迷いがすっと消えた。
「……力が、戻ってくる……!」
アスカは涙を浮かべて笑った。
「ほらね、言ったでしょう! サンジと一緒なら、禁断の力だって受け入れられる!」
「おいおい……」
沙月が唐揚げをかじりながら苦笑する。
「なんか知らないけど、妖精食同盟が成立しちゃったんだけど」
兎子も半ば呆れながら拍手。
「おめでとう、妖精カップル。もう戻れないね」
真子は冷徹にまとめた。
「……戦力強化になるなら、それでいい」
こうして、禁断の「妖精食同盟」が誕生した――。




