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六畳一間で妖精と戦う  作者: 南蛇井


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16 お前の炎で燃やせぇぇ! 

「……安心しろ」

真子が腕を組み、淡々とした声で場を切り裂いた。

「お前らを食べたりはしない。氷と炎――資源として利用価値があるからな」

その言葉はまるで企業のマネジメント発表。人命でも恋愛でもなく、ただの「資源管理」として告げられる。

「し、資源って……!」

アスカが青ざめた顔で目を見開き、氷の髪からぱらぱらと霜を落とす。

「俺たちは物じゃない! 心も誇りもあるんだ!」

サンジは網の中でジタバタ暴れるが、その必死ささえも冷徹な言葉にかき消されていく。

沙月は頬をひくつかせ、呟く。

「……いやぁ、真子っちゃん、ほんとに悪役っぽいなぁ」

兎子は苦笑しながら氷の破片をかき集める。

「お姉ちゃんよりよっぽど悪のボスっぽい……」

「事実を述べただけだ」

真子は一切表情を変えずに答える。まるで「氷と炎」という天然資源を目の前にした、冷徹な資源管理人そのものだった。

「いや真子っちゃん、その言い方だと完全に悪役だよ?」

沙月がジト目でツッコむ。

兎子も腕を組み、半ば呆れながら付け足した。

「というか私たち、囚われの妖精カップルを監禁してる悪の三人組にしか見えない……」

「事実だろう?」

真子は涼しい顔で即答。

「開き直ったーー!?」

沙月と兎子の声が見事にハモった。

その横で、サンジとアスカは唖然としたまま互いに顔を見合わせる。

「……あの人間たち、怖すぎない?」

「うん……私たち、完全に悪のアジトに捕まったヒロインと彼氏だよね……」

三人と二人の温度差が、部屋の冷気と炎以上に極端だった。

部屋の空気は冷気と熱気の奇妙な共存に支配され、サンジとアスカは縄と網に縛られたまま、不安げに互いを見つめ合っていた。

「……でも結局、食料の問題は解決してないんだよな」

真子が淡々と呟くと、室内の空気が一瞬だけ重くなる。

沙月はソファに倒れ込み、枕を抱えたまま呻いた。

「水と涼しさはあるのに、ご飯がないって……つらすぎる……」

兎子は拾った氷をガリガリかじりながら肩をすくめる。

「まあ、次に来る妖精をどうするかだよね。食材にするか、それとも資源として使うか」

その言葉に、サンジとアスカは同時にビクッと震えた。

「……な、なんか、すごい嫌な予感しかしないんだけど」

アスカが青ざめて呟く。

「俺たち……もう完全に“囚われの恋人”って役にされてるよな」

サンジは悔しそうに奥歯を噛みしめるが、アスカの手を握るのはやめない。

そんな二人を尻目に、三人は次の生存戦略に頭を巡らせていた。

――まだまだサバイバルは続く。

部屋の中には、ほんのり冷たい空気が満ちていた。

氷の妖精アスカの冷気と、サンジの炎による氷の融解――その組み合わせで水も涼しさも確保され、ひとまずの「生存環境」は完成している。

だが問題は、依然として食料だった。

「……やばい。もうチョコのストックも空っぽだし」

沙月が机を見て、うなだれる。

「乾パンも残り数枚しかない。これはマジで詰んだね」

兎子も顔をしかめ、腹の虫を押さえながらため息をついた。

「水があっても食料がなければ生きられない。そろそろ“次”を考えないとだな」

真子は冷静にそう言い放つ。その声音には、淡々とした現実の重さがあった。

――その言葉を聞いた妖精カップル、アスカとサンジはびくりと肩を震わせる。

人間たちの口から漏れるのは、次の食料の話ばかり。自分たちが「資源」扱いされていることを嫌というほど思い知らされる。

その不穏な空気を裂くように、突然、窓の外から大声が響いた。

「お前らぁ! 今、助けに来たぞおぉぉぉ!!」

ドンッ! と勢いよく飛び込んでくる影。

ベタベタと床を滑るようにして現れたのは――全身がテカテカと光を反射し、ヌルヌルとした液体を滴らせる、奇妙な妖精だった。

「なっ……仲間だ!」

檻の中のサンジが目を見開き、声を張り上げる。

「ふふん! 俺こそ油の妖精だぁ! 今ここでお前らをまとめてヌルヌルにしてやる!」

「……」

三人の少女は一瞬の沈黙を共有した。

そして沙月が、首をかしげて呟く。

「えっ、油の妖精? ……てっきり肥満の妖精かと」

「そんな妖精いるわけないでしょ!」

兎子のツッコミが部屋に響いた。

真子は眉間に指を当てて、低く言う。

「……油、か。食料問題に対する答えが、勝手に転がり込んできたな」

「おい人間! 仲間を食材扱いするんじゃねぇぇ!」

サンジの怒声が、空しく響いた。

突如として窓をぶち破り、ずるりと床に滑り込んできた影。

――ギラリ。

部屋の灯りを反射するその体は、テカテカといやに艶めいている。

ぬめりを含んだ肌からは透明な液体が滴り落ち、床にベタベタとした足跡を残していった。

「うわっ……なにこれ、めっちゃヌルヌルしてる……」

沙月が思わず顔をしかめる。

次の瞬間、鼻をつく独特の匂いが立ちこめた。

油と焦げの混じったような重たい臭気が、冷気で澄んでいたはずの部屋を一気に濁らせていく。

「……あれは、油だな」

真子が眉間に皺を寄せ、冷静に呟いた。

「え、違うでしょ? ちょっと太ってるし……肥満の妖精じゃない?」

沙月が自信満々に爆弾を投下。

「そんな妖精いるわけないでしょ!」

兎子の全力ツッコミが、間髪入れずに炸裂した。

「ふっ……俺は油の妖精! 俺様のヌルヌルパワーでお前らをまとめて滑らせてやるぜぇぇ!」

本人は誇らしげに胸を張るが、その胸もテッカテカに反射していた。

檻の中のサンジが叫ぶ。

「おおっ! 仲間が来てくれた!」

だが少女たちの反応は、どうにも緊張感が足りなかった。

ドスン!と自らの胸を拳で叩き、テカテカに光る脂肪を震わせながら妖精は名乗りを上げた。

「聞けぇ! 俺こそが油の妖精! ヌルヌルパワーでお前ら人間どもをまとめて潰してやるんだぁぁ!」

ギラギラと照明を反射させるその体は、妙に眩しくて目に痛い。

さらに、ズルッ……ベチャッ……と歩くだけで床を油で染め、部屋中を滑り台のようにしていく。

「うわ、ちょっと待って! 床、もうベタベタになってんだけど!」

沙月が両手を広げて叫ぶ。

「……本当に油だな。あれでは戦うより掃除が大変そうだ」

真子が冷徹に分析する。

「でもなんか、ポーズ決めてるのに……滑ってない?」

兎子が呆れ気味に指差す。

実際、妖精は大げさに両腕を広げて突撃姿勢をとったが――

ズルッ! ガッ! と自分の油で空回りし、ピタリとその場で足踏みしているようにしか見えなかった。

「くっ……ちょっと……床が滑りすぎて……思ったより前に進めねぇぇ!」

威嚇のはずが、滑稽さの方が勝っていた。

「ちょっと!部屋がベタベタになっちゃうじゃん! やだぁぁ!」

沙月が足を上げて飛び跳ねる。床はすでにヌルヌルで、スリッパがペタペタ音を立てて剥がれそうだ。

「……まあ、でもさ」

兎子が油で光る床を眺めながらぽつりとつぶやく。

「調理用の油にはなるかも。保存できるし、揚げ物もできるし」

「確かに」

真子は顎に手を当て、冷静に分析する。

「油は重要なカロリー源だ。食料問題に光明が差したな」

その言葉に、檻の中のサンジがガタガタと網を揺らして叫んだ。

「おい!!やめろぉ!!仲間を食材扱いするんじゃねぇ!!」

「……いやでも、食材にしか見えなくない?」

沙月がじと目で油の妖精を指差すと――

「そういう問題じゃねぇぇ!!」

サンジの絶叫が響き、ますますコメディ調に空気が傾いていった。

「……なるほどな」

真子は油でテカる妖精をじっと見据え、冷徹に結論づける。

「油は食料になる。だが同時に――サンジの炎と組み合わされば、我々の居場所ごと燃え尽きる」

「えっ、それシャレになんないじゃん!」

沙月が素っ頓狂な声を上げる。

「部屋がベタベタな上に丸焼けとか、もう最悪でしょ!?」

兎子は額に手を当て、苦笑しながらも頷いた。

「でも、食料としてはかなり魅力的……ジレンマだね」

「お前らぁぁ!!人を油揚げにする気か!!」

檻の中でサンジが怒鳴り散らす。

「油の妖精と炎の妖精を同じ場所に閉じ込めるとか、火事になって死にてぇのか!」

アスカは縛られたまま震え声で呟く。

「サンジ……いやぁ、燃えたら……私、完全に蒸発しちゃう……」

場は一瞬にして緊張感に包まれる――だが同時に、油妖精のヌルヌルと滑稽な存在感がそれを台無しにし、奇妙な笑いを誘っていた。

こうして、三人の「食料確保」と「火災回避」をめぐる新たな戦いが、幕を開けるのであった。

「くらえぇぇ! 【油の雨ザーザー】だぁぁぁ!!」

油の妖精が両腕を天に突き上げ、腹の底から響くような声を張り上げる。その直後、部屋の空気が一気にねっとりとした嫌な湿気に変わった。

バシャァァ――ッ!

まるで天井に見えない油壺がひっくり返されたかのように、黄色く濁った液体が雨のように降り注ぐ。ドロリとした油滴が髪に、服に、床に、壁に、容赦なくへばりついていく。

「うわぁっ!? ヌルヌルする!!」

沙月が思わず叫び声を上げ、足を滑らせそうになりながら必死に机にしがみつく。

兎子も両手で頭を庇いながら顔をしかめた。

「ベタベタ……! やだ、床も滑るってば!」

真子は一歩後ろに下がり、冷静に状況を観察する。だが、その眉間には珍しく深いしわが寄っていた。

部屋の床はたちまち油膜に覆われ、光を反射してギラギラと輝く。足を踏み出すたびにツルンと滑り、全員がバランスを崩しかける。

「はっはっはぁ! どうだぁ! お前ら、このヌルヌルの海で立っていられるかぁ!」

油の妖精は得意げに高笑いし、滑る床をものともせずスルスルと自在に動き回る。

沙月は青ざめて叫んだ。

「や、やばい……! 私の部屋が油まみれにぃぃぃ!!」

「ぎゃあああああ!!!」

沙月の悲鳴が部屋中に響き渡った。

「私の部屋がぁぁ!! 油まみれになっちゃうじゃないのぉぉ!! ベタベタ最悪ぅぅぅ!!」

髪の毛はすでに油で束になり、べっとりと額に貼りついている。指先でつまんでみても、ヌルヌルして気持ち悪く、顔を歪めるしかなかった。

「やだやだやだぁ! 女子の髪に油ってどうなの!? これもうシャンプーじゃ落ちないやつじゃん!」

半泣きの声で叫びながら、両手をぶんぶん振って必死に払い落とそうとするが、油は逆に広がるだけ。

机も床も滑って立ちにくい中、沙月は涙目で足をバタつかせながら――ほとんどコントのように、ただ必死で「部屋が汚れた」ことに文句を言い続けていた。

兎子は頭上からぽたぽたと落ちてくる油の雫を指でつまみ、顔をしかめながらも冷静に言った。

「……まあ、これで調理用の油には一生困らなくなったね」

その落ち着き払った皮肉に、沙月が即座に振り返る。髪をベタベタにしながら涙目で絶叫。

「そんな前向きいらないからぁぁぁ!!!」

兎子は肩をすくめて、「現実的なこと言っただけなんだけどなぁ」とぼそり。

だがその冷めた態度が、逆にこの油まみれの状況を一層シュールにしていた。

真子は腕を組んだまま、ただ一歩も動じずに油まみれの光景を見渡した。

額にかかった髪先にまで油が滴っているのに、声色はいつも通り冷静そのもの。

「……油に火をつけられたら、私たちも、この部屋も、囚われの妖精カップルもろとも……一瞬で丸焼けだ」

その冷徹な一言に、沙月と兎子は息を呑む。

さっきまで「ベタベタ最悪!」と騒いでいた沙月も、頬を引きつらせながら小声で「……え、ガチでやばいじゃん……」と震える。

部屋にただよう油の匂いが、まるで導火線の先に火がともる寸前のように思えて、空気は一気に張り詰めた。

兎子はツルツルと滑る床に足を取られそうになりながら、半泣きで叫んだ。

「ちょっ、真子っちゃん何とかしてよ!このままじゃ私たち、油でカラッと揚がっちゃうってば!」

手をばたつかせる姿は、すでに揚げられる寸前のエビフライのよう。

すかさず沙月も髪にまとわりつく油を振り払いつつ、声を張り上げる。

「そうだよ!ここ、私の部屋だから!責任取ってよ真子!壁紙までベタベタになったらどうするの!?」

二人の必死の便乗に、真子は油まみれの床を睨みながら深いため息をついた。

「……お前らな。こんな状況でも部屋の心配かよ」

だがその冷静さが、逆に場の緊迫感を一層際立たせていた。

油妖精は、テカテカとした身体をくねらせながら、ヌルヌルと笑みを浮かべた。

油が滴り落ちるたび、床にまだらなシミが広がり、さらに不快な光沢を増していく。

「へっへっへぇ! どうだ、ビビってるだろぉ? この部屋ごと油まみれにしてやったんだ! あとは炎の力を借りて……おまえら全員、カリッとジューシーなから揚げにしてやるぅ!」

勝ち誇ったその声と共に、部屋の空気が一層ギラついていく。

サンジが思わず檻の中で叫ぶ。

「やめろぉぉぉ!! 俺の炎を利用するんじゃねえぇぇぇ!!」

だが油妖精は聞く耳を持たず、ベタベタと床を滑りながら得意げに胸を張り続けていた。

ベタベタと音を立てて、油の妖精が胸をドンと叩いた。

その手の跡がべったりと床に残り、ぎらりと反射する光がいやに不快だ。

「サンジぃぃ! お前の炎で燃やせぇぇ! この油はお前のために撒いたんだぞぉ!」

豪快な叫びとともに両腕を広げ、部屋中をヌルヌルの舞台に変えたことを誇らしげにアピールする。

その声はやたらと自信に満ちていたが、部屋に漂う匂いは食欲を削ぐほどの濃厚な油臭さ。

壁、床、机、カーテン──すべてがヌルヌルと照り返し、もし火がつけば瞬時に業火へと変わる。

「……やば、これ一発で火の海じゃん」

沙月が顔を引きつらせながら小声で呟く。

油の甘ったるい臭気が鼻をつき、緊張感と不快感が同時に押し寄せる中、妖精の挑発だけが場違いなほどに元気よく響き渡っていた。

檻の中で、サンジが鉄格子に掴まりながら顔を真っ赤にして吠えた。

「バカ言えぇ! そんなことしたらアスカが……アスカが溶けちまうだろうがッ!」

その声は怒号というよりも必死の叫びだった。

背後では、机に縛りつけられた氷の妖精アスカが震える唇を噛み、潤んだ瞳でサンジを見つめる。

「……サンジ……」

その一言に、サンジの全身はさらに熱を帯び、檻の中で燃え盛るかのように拳を握りしめた。

だが鉄格子は揺れるだけで壊れる気配はない。

氷と炎、交わればどちらかが消えてしまう──そんな危うい距離感のまま、二人の視線だけが強く絡み合っていた。

檻の中でサンジが鉄格子に額を押しつけ、声を張り上げた。

「俺はアスカを守る! たとえこの身が燃え尽きても構わねぇ!」

その瞳は燃えるように真っ直ぐで、油臭い空間すら吹き飛ばすほどの熱を帯びていた。

机に縛られたままのアスカは必死に首を振り、涙を滲ませながら叫ぶ。

「ダメよサンジ! あなたがいなきゃ……私、どうやって生きていけばいいの……!」

檻越し、縄越し──物理的には絶望的に遠い。

だが二人の視線だけはまるで世界を閉じ込めたように、熱く絡み合っていた。

背景でヌルヌルと油が滴る音が響くのに、二人の間だけは完全に恋愛ドラマのクライマックス。

油臭い部屋の真ん中で、サンジとアスカが視線を交わして燃え上がるような言葉を吐き合っている。

しかし、その光景を見ている三人の表情は──限界まで冷めきっていた。

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