15-3 愛と死の誓い
「ねぇ、いい加減この縄を解きなさいよ!」
机に縛りつけられたままのアスカが、冷気を撒き散らしながら憤慨する。
「そうだ!俺たちを閉じ込めやがって!早く外に出せ!」
網の中で炎を揺らすサンジも、必死に怒鳴り声をあげる。
だが、その叫びは――完全に無視された。
「いやぁ、やっぱり冷房いらずって最高だね。エコだし!」
沙月は頬に当たる冷気を楽しみながら、幸せそうに伸びをする。
「水も確保できるし、当分はサバイバル問題なし……だよね」
兎子は氷片をコップに集め、じわじわ溶かして飲料水にする算段を立てている。
真子は腕を組んだまま、二人の文句など意に介さず淡々と結論を口にする。
「これで生活基盤は完成だな。次は食料確保の手段を整えるだけだ」
「ちょっと!私の話聞いてる!?」
「無視すんなぁぁぁ!!」
妖精カップルの抗議は虚しく部屋に響き渡り、三人は涼やかな顔で「快適生活」談義を続けていた。
「最高だね。もうこのままでいいかも!」
沙月はベッドに寝転がり、ひんやりとした空気を満喫しながら両手を広げた。
「良いわけないだろ」
真子はすぐさま冷ややかに突っ込み、淡々と現実を突きつける。
兎子は眉をひそめ、腕を組んでため息をついた。
「ていうか、お姉ちゃんの部屋にずっと居座るとか、絶対イヤなんだけど」
「そんなに嫌がらなくても……」と沙月が不満げに顔を上げる。
「だって、なんか臭うんだよ」
「ちょ、臭くないってば!」
部屋の隅では、網に捕まったサンジと、机に縛られたアスカが揃って叫んでいた。
「俺たちを無視するなーーっ!」
「こっちは人生かかってるのよー!」
しかし三人にとって、その声はもはや空気同然。
彼女たちの意識はすっかり「快適生活」の方へ向かっていた。
部屋の中は、アスカが放つ冷気で涼しく、水も十分に確保できるようになった。
「これで、真夏でも快適に暮らせるな」
真子が冷静に結論を下すと、沙月はベッドの上でバンザイをしながら笑う。
「水も涼しさもあるし、もうサバイバル完成だね!」
「……でも」
兎子は机の上に積もった氷片を見つめて、小さく呟いた。
「食料は? 氷と水だけじゃ、結局お腹は満たされないよ」
その一言に、場の空気が少しだけ重くなる。
沙月も笑顔を引っ込めて口を尖らせた。
「うっ……確かに……」
網の中でサンジが叫んだ。
「おい人間! だから俺たちを利用するなって言ってるだろ!」
アスカも縛られたまま必死に訴える。
「食べ物がないなら、せめて私たちを外に出しなさいよ!」
だが三人は視線を合わせ、静かに頷き合う。
「……食料問題、避けて通れないな」
真子の言葉が、新たな危機の予兆となって響いた。
部屋の涼しさの裏で――次の妖精との遭遇が、すぐそこまで迫っていた。
部屋の空気は、アスカの冷気のおかげで真夏とは思えないほど涼しかった。
机の上には霜が降り、窓の外から射し込む日差しさえもどこか遠い。水も確保できる――。
だが、その安堵の中に、致命的な現実が顔を出す。
「……やばい」
沙月が引き出しを漁り、手にした袋をひっくり返した。中から転がり落ちたのは、空っぽのお菓子袋。
「もうお菓子のストックが底をついた」
その声に、兎子の手も止まる。乾パンの袋を持ち上げ、しゅんとした表情を浮かべた。
「乾パンも残り数枚……これはマジでまずいよ」
沈黙が一瞬、部屋を包む。涼しく快適な空間であっても、腹の虫は誤魔化せない。
真子が腕を組み、冷静に言い切った。
「水があっても食料がなければ死ぬ。問題は先送りできない」
氷の冷気と炎の熱を手に入れた三人の生活拠点。だがそれだけでは生き延びられない。
生存戦略の次なる課題――それは「食料」だった。
冷気が漂う快適な部屋の中。だがその空腹感は、じわじわと三人の会話を不穏な方向へ押し流していく。
沙月が、ぽつりと呟いた。
「……妖精って、食べられるのかな?」
一瞬の静寂。すぐさま兎子が顔を赤らめ、気まずそうに頷いた。
「実は……昨日ちょっと試したんだけどさ。案外イケたんだよね」
「はぁ!?お前もう食ったのかよ!」
沙月が叫ぶが、その声には驚きと同じくらい希望の色も混じっていた。
真子は顎に手を添え、淡々と結論を下す。
「……栄養源としては十分だ。となれば、次の食料は――」
その言葉の途中で。
「なっ……!」
「えぇっ……!?」
網の中のサンジと、机に縛られたアスカが同時に目を見開いた。
炎の妖精と氷の妖精――その顔色は、一気に青ざめる(いや、サンジは真っ赤に燃え、アスカは逆に白く凍りつく)。
「お前らまさか……」
「わ、私たちを食べる気!?」
部屋に漂う涼しい冷気と、三人の腹の虫の音が、奇妙な緊迫感を作り出していた。
「えっ、ちょ、ちょっと!? 私たちを食べるって本気!?」
机に縛られたアスカが、氷の欠片をぱらぱら飛ばしながら声を張り上げた。
すかさずサンジも網の中で暴れだす。
「ふざけるな人間! 妖精を食うなんて野蛮だ! 俺たちは食料じゃねぇ!」
しかし――三人は顔を見合わせると、意外なほどあっさり無反応。
沙月は頬に指を当てて考え込む。
「うーん……でも、冷房と水は確保できてるし……次は食料だよね」
兎子は机の上の氷を掬いながら、淡々と続ける。
「うん。あの油っぽい妖精とかなら、調理すれば結構おいしそうだし」
「そうだな」
真子は冷静に結論を下す。
「氷と炎は生活資源として利用。食料は別の妖精で補う。……これでサイクルは成り立つ」
「おい、無視するなぁぁぁ!!!」
「人間って最低ぃぃ!!!」
サンジとアスカの悲痛な叫びは、まるで空気清浄機の低い唸り音のように、三人の生活設計会議のBGMと化していた。
「食うなら俺を食えぇぇ!!」
サンジが網の中で全力の咆哮をあげた。炎のオーラがぼうっと滲み、檻代わりの網がギシギシと軋む。
「アスカに指一本触れることは許さん! 俺の命で済むなら、喜んで差し出す!」
真夏の部屋に似つかわしくない熱血宣言。その場の空気が一瞬だけヒーロー物のクライマックスめいて重々しくなる。
「サンジ……!」
机に縛られたアスカが、うるんだ瞳で恋人を見つめる。氷の頬から雫が伝い落ち、それがまるで涙のように床へと弾けた。
――完全に昼ドラの様相。
沙月が呆然と指を差した。
「……え、これほんとにうちの部屋でやるやつ? 急に愛と死の誓いとか見せられてるんだけど」
兎子は氷のかけらを口に運びながら、ぼそり。
「ドラマチャンネルじゃなくて、サバイバル番組のはずなんだけどな……」
真子はため息をひとつ吐き、冷徹に結論する。
「……水源としての価値はあるが、やっぱり騒がしい資源だな」
サンジとアスカ、二人の恋愛劇場は止まる気配を見せず、むしろどんどん盛り上がっていくのだった。




