15-1 恋愛劇とサバイバル会議
机の上には、捕獲されて縄で縛られた氷の妖精アスカ。
彼女の周囲には白い霜がびっしりと張りつき、床にはぽろぽろと落ちた氷の欠片が散乱している。冷気がじわじわと部屋中に広がり、さっきまで灼熱の余韻にうだっていた空気が、嘘みたいに涼しさを取り戻していた。
一方、炎の妖精サンジはというと――。
「アスカァァァ!」
叫びながら網の中でじたばたと暴れているが、その網を握る真子の手際は完璧。網ごと押さえ込まれた彼は抜け出せず、ただ空回りの熱気を周囲にばらまいているにすぎない。
結果的に――。
この場は人間側が「水源確保」という最大の勝利条件を満たしていた。
沙月、真子、兎子の三人は、冷気に頬を撫でられながら、なんとも言えない安心感と、しかし奇妙にカオスな現状を同時に噛み締めていたのだった。
「アスカぁぁぁ!!離せぇぇ!!」
網の中で大騒ぎする炎の妖精サンジ。暴れるたびに火花のような熱気が散り、部屋の冷気とぶつかってちりちりと小さな霧を生んでいた。
その様子を見ていた沙月は、額に手を当てて大きくため息をつく。
「……なんか、うるさいなぁ。恋人がどうとか劇場開いてるけど、正直、頭痛くなってきた……」
そんな彼女をよそに、兎子は机の上に積もった氷を黙々と集めていた。両手に掬い上げた氷片がきらきら光り、朝の光に反射する。
「でも、これで当分は氷に困らないね。冷やせるし、溶かせば水だし……ふふ、ちょっとサバイバル感ある」
現実的すぎるその言葉に、氷の妖精アスカが「水源扱いすんなー!」と必死に抗議していたが、完全に無視された。
そして三人のまとめ役である真子は、網を片手でしっかりと押さえ込みながら、冷ややかに言い放った。
「……こうして文明の利器は、妖精によって代替されたわけだな。冷蔵庫もエアコンも不要だ。まさか妖精が新しいインフラになるとはな」
その淡々とした分析に、沙月と兎子は顔を見合わせ、同時に「そこ!? まとめ方それでいいの!?」とツッコむのだった。
「アスカぁぁぁ!!俺を離せぇぇ!今すぐお前を助けに行くからな!!」
網の中で暴れながら、炎の妖精サンジは必死に叫ぶ。熱気がじりじりと広がり、しかし網に阻まれて空回り。
机に縛られた氷の妖精アスカは、白い息を漏らしながら苦しげに顔を歪めた。
「サンジ……だめ……その距離じゃ……私は……溶けちゃう……」
「そんなことは関係ない!お前が苦しんでるなら、俺は何だってする!俺は絶対に諦めない!」
「サンジ……でも……あなたが近づくだけで私、消えちゃうのよ……」
「それでも俺は――君を愛してるんだぁぁぁ!!」
……いつの間にか、部屋の空気は完全に恋愛ドラマの舞台と化していた。
燃え上がる炎の精霊と、儚く溶けそうな氷の精霊。相反する二人の宿命的な恋。
そんな熱烈なやり取りを前にして、人間三人は完全に“観客”と化していた。
「……なんか、昼ドラみたいになってきたんだけど」沙月がポツリと呟く。
「っていうか、こっちは水源確保のために縛ってるんだよね?恋愛劇場に立ち会う予定なかったんだけど」兎子が困惑気味に首をかしげる。
真子は腕を組み、冷たい目で二人を見やりながら一言。
「……まあいい。勝手に盛り上がってろ。ただし氷は確保済みだ」
二人の熱愛が部屋の空気をさらに複雑にする中、三人は結局、半ば呆れ顔でこの“恋愛劇場”を眺め続けるのだった。
「ねぇ……これ、私の部屋なんだけど……」
沙月は両手を広げて、恋愛劇場を繰り広げる妖精カップルを指差した。
「急に昼ドラやられても困るんだけど!?私、視聴者じゃなくて住人だからね!?」
机に積もる氷を黙々と袋に詰めていた兎子が、振り返って肩をすくめる。
「まあまあ。氷がちゃんと出てるんだから、文句言えないよね」
口元はにやつきながらも、手は氷の回収に余念がない。すでに“水源担当”の顔になっていた。
その横で真子は腕を組み、炎のサンジと氷のアスカのやり取りを冷徹な視線で見下ろす。
「……水源確保に支障がなければ問題ない」
一言。その声は氷よりも冷たかった。
「いや、冷静すぎでしょ!」沙月が即座にツッコミ。
「っていうか真子っちゃん、その目つき……完全に悪役だよ?」兎子も苦笑いを浮かべながら続ける。
しかし真子は視線を逸らさず、淡々と総括した。
「どう見ても茶番だが……利用価値は高い。――それがすべてだ」
「茶番って言ったぁぁ!?」
恋愛劇を真っ最中の妖精カップルの抗議を、三人の人間は見事にスルーした。
氷の妖精アスカは机に縛られ、氷片をぽたりぽたりと滴らせている。
網の中では炎の妖精サンジが暴れ、叫び、泣き喚き――とにかく騒がしい。
「……さて」
真子が腕を組み、冷徹な視線をサンジに落とした。
「水源は確保できた。次の問題は、こいつをどうするかだ」
「え、どうするって……完全に捕まえるの?」
沙月が恐る恐る尋ねる。彼女の視線は自分の部屋で暴れるサンジに釘付けだ。
「いやいや、もうこれ以上家具が壊されたら私の生活が終わるんだけど!」
兎子は氷を袋詰めしながら、のんきに首をかしげる。
「でも、炎ってさ……もしかして調理とかに使えるんじゃない?」
「……利用価値の模索、か。悪くない」真子が小さく頷く。
そんな彼女らの冷静な会話をよそに、恋愛劇場は絶賛進行中だった。
「アスカぁぁ!待ってろ、必ず助けるからぁぁ!」
「サンジ……でも、この距離じゃ……!」
二人の声は熱と冷気を交えながら部屋に響き渡り、昼ドラさながらの空気を生み出していく。
「……あのさぁ」
沙月は額を押さえ、深いため息をついた。
「私たち、生存戦略の話してるのに……なんで同時に恋愛劇まで見せられてんの?」
「まあ、緊張感とコミカルさが両立してるって意味では……悪くない展開?」
兎子の微妙なフォローに、真子だけが一言で締めくくる。
「要するに――サンジをどう料理するか、だ」
「料理って言ったぁぁ!?」
サンジの悲鳴が、また部屋にこだました。
冷気の漂う部屋に、恋愛劇とサバイバル会議が同居していた。
机には氷の妖精アスカが縛られ、網の中では炎の妖精サンジが暴れ叫んでいる。
「水は確保できたな」
真子が静かに言葉を落とす。
その冷徹な声音は、まるで勝利宣言のようでもあった。




